プロローグ
きいいっ――……と、レールが軋む甲高い音が響く。
開閉ドアの大きな窓越しに、無理矢理に押し込まれたみたいな細々とした家々がせわしなく流れていく。
空を突くようなビル群のその向こう側には、青い空を背景に夏の雲がのんきに浮かんでいる。
手すりを握りしめ揺れる体を支えながら、ふう、と何度目かのため息を吐く。
†
お昼下がりの車内はゆったりとしていて、穏やかな雰囲気。
所々の座席が空いていて……赤ちゃんを抱いたお母さんがゆっくりとその身体を揺すっていたり……その対面には同じ制服を着た三人の女の子達が、座席に集まって話し込んでいたり。
楽器のソフトケースを傍らに、熱心にスマホを操作している黄色のTシャツを着たお兄さん。スポーツサンダルにカーキ色のカーゴパンツ、擦り切れたリュックサックを背負った外国の男性――。
みんな落ち着いていて、楽しげで、ほんわりと温かい。
そんな車内の空気とは裏腹に……
私の心はわくわく、ソワソワ、ぐるぐると――ハムスターの回すホイールのように沸き立っていた。
加速とともに、大きく唸るモーターの音。見慣れた景色が流れるように通り過ぎて行って……一駅、一駅と、私の降りる駅が近づいてくる。
……まだかなぁ。
駅と駅の間って、こんなに長かったっけ?
学校からたった数駅のその区間が、いつもの何倍も長く感じてしまって……。
スカートのプリーツを意味もなく撫でながら、もう一度小さなため息を吐く。
†
今日は……私が待ちに待っていた、とある重要な日で……
数年前、学校生活を疎かにしつつもハマり込んでいたMMORPG――『イルファリア・クロニクル』が、フルダイブ型VRへと進化を遂げ続編としてリリースされる、その当日だった。
ちなみに、MMORPGとは――マルチプレイヤー・オンライン…………あれ。ええと、……なんだっけ。
……とにかく、何かの略称で。たくさんの――千人から万人単位のプレイヤーが、同時にネットを介してプレイできる巨大なRPGを指す。
その続編の名前は……――『イルファリア・リバース』。
私がそのリリースの日時を知ったのは……実は、たった半月ほど前のことだったりする。
受験だったり、始まったばかりの高校生活が忙しかったりで一年とちょっとの間ゲームから離れていた私は、その反動か――……胸の中で燻っていた『RPGがプレイしたい!』欲が抑えきれないほどに膨らみつつあった。
そんな時に、ふと目に入ったのが……電車の中の広告板にちらりと表示された『イルファリア・リバース』の映像。
それがあのイルファリア・クロニクルの続編だとすぐに気付いて……その瞬間に、今まで抑えていたものが破裂してしまったみたいに、胸が高鳴った。
それから、スマホを使って頑張って情報を収集したのだけど……、調べれば調べるほどに興味が湧いてしまって。
私はすぐに『イルファリア・リバース』の虜になってしまった。
居ても立っても居られなくなって……とうとう、ずっと貯金していたお小遣いの殆どを叩いて、フルダイブ型VRに対応した最新型ゲーム機を購入して……
更に、この数日で頑張って説明書に目を通して、それから『イルファリア・リバース』の事前予約購入も済ませて……
後は、このまま帰宅をしてゲームを起動するだけという、我ながら完璧な計画なのだ 。
†
アナウンスが流れ、ブレーキが掛かり――流れる景色がぴたりと止まる。
扉が開いて外へと躍り出ると……炙られるような夏の熱気に包まれる。
色とりどりの人々が入り乱れるホームに、電車の到着を告げるアナウンスが響く。
エスカレーターを降り改札を出て、それから人の波を縫うようにして駅前の通りを抜けると……紫陽花がぽつぽつと咲き残る、民家の裏の狭ーい近道を使って家路を急ぐ。
踊り出したい気持ちを抑えきれないままに、軽やかな足取りで。
はじめまして。ここまで読んでくださってありがとうございます。
拙いながらにマイペースで続けていけたら嬉しいです。
よろしければこれからもよろしくお願いします。