【7話・前編】泳ぐたこさんウインナー
「おはよー心結ちゃん!」
柚月が大きな声で手を振って駆け寄ってくる。
「柚月、おはよう」
私は控えめに手を振り返した。柚月は自分の机にかばんを置くなり、勢いよく私に抱き着いてきた。
「今日も心結ちゃん、かわいいね~」
彼女は私の椅子に半分座りながら顔を胸にうずめてくる。長い髪が私の首筋をくすぐり、甘い香りが鼻をくすぐった。
「ちょ、ちょっと、くすぐったいよ」
私はくすぐったさに身をよじる。けれども、その瞬間、心の中が温かく満たされるのを感じた。柚月の抱擁は、私の心の奥にある孤独と不安を溶かしてくれる。
柚月はきっと私が元気を取り戻せるように、大げさに明るく接してくれているのかもしれない。
いや、もとからなのかも。
でも、今の私にとってはそれがとてもうれしかった。あのトラウマによって、人とかかわるのが怖くなっていた私。しかし、同時に孤独感に寂しさも感じていた私。柚月はそんな私に寄り添ってくれた。
柚月の切れ長な目を見つめてみる。柚月の心を見るのはもう怖くない。
『心結ちゃんともっと話したいなー』
快晴の空の下、花畑に寝転んでいるかのような居心地の良さを感じた。
とても嬉しかった。思わず私は柚月に抱き着き返した。
「もー心結ちゃん、どうしたのー」
柚月が私の耳元で囁きながら、優しく頭を撫でてくれる。シトラスの香りが心地よく、私の心をさらに落ち着かせた。
ふと顔を朝霞くんの方に向けてみた。朝霞くんは、不安に押しつぶされていた私を救ってくれた大事な人。朝霞くんの目を見つめると、彼の心の声が聞こえた。
『愛月さん楽しそう、よかった』
静かな森の中、木漏れ日を体で感じるような温かさと優しさが伝わってくる。私は朝霞くんに微笑み返した。
朝霞くんは、私たちのやり取りを見ながら少し恥ずかしそうに顔を赤らめている。それでも、私が楽しそうにしている様子に心の中で喜んでいるのが伝わってくる。
今日も図書館で会えたらいいな。
☂ ☂ ☂ ☂ ☂
教室は昼食を取るために席を立つ生徒や、友達と談笑する生徒たちで賑わっている。
柚月がいつものグループに手を振ってから、私のところにやってきた。
「心結ちゃん!一緒に食べよ!」
柚月が明るい声で言う。
「嬉しいけど……いいの?」
私は少し不安そうに答えた。窓際にいる女子のグループをちらりと見る。
「いいの!今日は心結ちゃんと食べたいの!」
柚月は私の机に自分の机をくっつけてきた。
「あ、そうだ。」
柚月が思いついたかのように後ろを振り返った。
「ねえ、朝霞くん。朝霞くんも私たちと一緒に食べない?」
私は驚きのあまり固まってしまった。朝霞くんを誘うなんて、心の準備が全然できていない。教室内ではちゃんと話せたこともなかったのに。
私は慌てて朝霞くんを見た。朝霞くんも同じように驚いているようだった。彼の顔が一瞬真っ赤になり、目を逸らすのが見えた。
柚月は空気を読まないまま、朝霞くんの机の上に自分のお弁当を乗っけた。
「ほら、心結ちゃんも食べよ」
朝霞くんが何も言っていないのに、柚月は勝手に話を進めていた。私は朝霞くんの目を見てみた。
『き、緊張する。愛月さんとお弁当食べるなんて、どうしよう。嫌だって思われないかな』
朝霞くんも同じ気持ちでいてくれたんだ。
「朝霞くん、一緒に食べよ」
私は勇気を出して声をかけた。私の声は少し震えていたが、それでも伝えたい気持ちがあった。
朝霞くんは嬉しそうに頷きながら答えた。
「お、おれなんかでよければ……」
彼の顔はまだ赤く、緊張が伝わってくる。
私たちのやり取りを見て、柚月は満足げに笑った。
柚月のおかげで、私は少しずつ勇気を持てるようになってきた。
☂後編に続く☂




