7恋 真山凪沙は見据えます
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7恋
真山凪沙は見据えます
恋神が通う高校は、あと2週間ほどで夏休みを迎える。多くの生徒は、夏休みに何をするか。どこへ遊びに行くかなどの計画を立て始めている。恋神の居る教室も、やや浮き足だった雰囲気が漂っていた……。
「なぁなぁ恋田! 夏休みどっか遊び行こうぜ‼︎」
中島が朝から元気良く、恋神を遊びに誘う。後ろにはお調子者の松田と、真面目な性格の杉八木も居る。どうやらこの4名で遊びたいらしい。
恋神は夏休みにこれといった予定はない。強いて悩ましいことがあるとすれば、あと2週間で真山の恋愛をどこまで進められるかである。恋愛の成就が夏休み前なのか、夏休み中なのか、夏休みを終えた新学期なのか。それによってかなり変わる。
「んーー、来週あたりには夏休みの予定が固まるだろうから、もう少し待ってもらえるか?」
「おっ、恋田忙しいのかよ。バイトか?」
「まぁそんなところだよ。悪いな」
話を済ませると、恋神はすぐに席をたった。向かう先は3年生の階層。高峰のスペックを、『恋愛開示の左眼』で確認しに行くのだ。登校時刻よりもわずかに早い時間だが、登校している確率の方が高い。何度かこの時間帯に高峰を見に行っているが、高確率で見かけられているからだ。
高峰にスキルを使い終え、脳裏に最初から消えることなくかかる靄を無視して教室に戻った。ここからは、普段通りの学生生活だ……。
放課後、恋神がこの学校に転校する前に、恋神と同学年の生徒は提出していた書類をまとめて高橋先生に渡した。そのため、いつもより少し図書室に到着するのが遅くなった。
「悪い。遅くなった!」
ここ最近わかったことだが、放課後に居る図書委員の生徒は緩く、大声を出してもなんとも言われない。生徒もほとんど居ないため、本当に2人にとっては自由な空間だ。
「大丈夫です。幸いここは、暇になるような所ではないですから」
真山は自分で本を出版するほど、本が好きだ。そしてそれは、制作意欲のみならず、単純に他者の本を読むのも好きなようだ。
「ホントに本が好きなんだな。どれくらいのペースで読むんだ?」
「ペース自体はそこまで多くありませんよ。書くことの方が本業ですから……。年に100冊は読みます」
普通に多い。一見3日に1冊程度なので無理ではなさそうだが、別に真山はそれだけをするわけではない。1日のうちで読書ができる時間は限られてくる。学生生活の傍ら、作家として活動しているのなら尚更だ。
つまり、読むことがそもそも得意なのだ。
「すげーや。俺も一時期かなり読んでいたが、それでも50いくかどうかくらいだったと思う」
「恋田君は私と根本から違いますから、当然かもしれませんよ? それに私の読書は、より良い執筆をするための勉強でもありますから」
レミニアラの力あってのこととはいえ、それなりに売れ始めているライトノベル作家なのに謙虚な発言だ。
「そうかもな……。さて、じゃあいつも通り話し合い始めようか」
そう言いながら、恋神はひとつの長い机に、横並びに3席あるうちの真ん中の席に着いた。真山は端の席に着いているにも拘らずだ。
「お前のかくれんぼ対策は完了してる。姿を現せレミニアラ」
目線もくれてやることなく、恋神が名指しすると、レミニアラがゆっくり恋神の隣の席、真山の正面の席に座った状態で姿を現した。
以前は透明な状態から急に姿が見え、真山がしばらく意識を飛ばしていたが、今回はそれが見られない。そのことを軽く確認すると、合点がいった。
「俺にだけ『幻覚のスキル』使ってまでして見えないようにする意味あったのか?」
「真山さんの正面の席でそうして居れば、きっと気づかずに私の膝の上に乗ると思ったんですよ。で、それをしっかり記録して、何かあったらセクハラで訴えようかなって。失敗に終わりましたが……」
「俺を目の敵にする意味が余計にわからねぇよ!」
「よく気づきましたね。誰かに化けるのなら察する可能性があるかもしれませんが、全く姿が見えないとなれば簡単にはいかないでしょう。気配も殺してましたし」
レミニアラが達人みたいなこと言い出した。そして、そこまでしてセクハラの証拠を押さえたかったのだろうか。
「この前知ったんだが、『恋愛開示の左眼』と『強制意識の右眼』を使う時のみ、人間に近しい今の俺じゃ感知できないお前の『幻覚のスキル』も見破れるらしいんだわ。多分スキル使用時は神に近くなるからだろう」
「じゃあ、私が何か仕掛けてくると踏んで、わざわざ入室した際に『恋愛開示の左眼』を使ったと?」
「うん。お前いたずらっ子だもん」
レミニアラがだいぶ悔しそうだ。因みにこの場で話し合う際、大体この流れからスタートするため、真山はそれを、いつも黙って笑いながら聞いている。これが3名の恒例行事なのだ。
「仕切り直すが、真山に聞いておきたいことがある」
「は、はい!」
これもいつものことだが、急に話が正規ルートに合流するため真山はその瞬間だけはいまだに慣れず驚く。
「先日の『強制意識の右眼』のスキル使用から、高峰とお前の相性は普通の友達くらいにまで引き上がった。まだ一度も話したことないのにここまでの成果が出るとは驚きだ」
恋神は当然、『強制意識の右眼』の効果をちゃんと理解している。が、身近な人間がこのスキルで変わる経験はなかったため、効果が自分の想像以上に絶大であることに驚いたようだ。
「本当に、ありがとうございます」
「礼はまだいい。ただ、当然高峰はお前を、“知りもしないのになんか悪くない奴”って曖昧な存在として脳に刻んでいるだろう。このまま告白しても、流石に知らなさ過ぎるって理由で断られるかもしれない。だから聞いておきたいことってのは……」
少し長めの瞬き1回分の間を空ける。
「あと2週間くらいで始まる夏休み。その前に告白するかしないか。それを聞きたい。夏休み前に告白するのなら、より濃い内容で作戦を進める他ない。逆に夏休み中や新学期からでもいいって考えなら、もう少しゆっくり距離を縮める。真山はどっちがいいんだ?」
どちらにも利点はある。夏休み前なら、『強制意識の右眼』の効果が大きいうちにアタックできるということ。意識させるスキル故、時間が経てば効果は薄れる。今が最も心理的には近しいのだ。また、高峰を他の誰かに奪われるリスクも減らせる。夏休み中はともかく、新学期に告白するとなると、他の誰かと高峰が付き合ってしまったなんてケースも考えられる。
ただ、夏休み中や新学期に告白することも決して悪手というわけじゃない。場を整え、より万全な状態で臨む。それができるのは総合的に見れば夏休み中と新学期の方だ。
つまり、外的要因による失敗を避けたいのなら夏休み前。内的要因による失敗を避けたいのなら夏休み中と新学期になる。
「…………時期も時期ですし、そろそろ決めなきゃと私も思ってました。ですので、今悩むことはありません」
真山の目には確かな力が乗っていた。前まで着用していた眼鏡を外し、コンタクトにしたからではない。
「夏休み前に告白します! 後回しにしたら、逃げてしまうかもしれないからです」
「よっしゃ! じゃあまずは、高峰に連絡先を交換してもらおう。相性からして、交換してもらえたらそのままの流れでデートにも誘えるはずだ」
「い、いきなりですか⁉︎」
「確かにそう思うかもしれない。が、お前と高峰の相性は友達程度。ここまでくると、デートに関して言えば断られる方が確率低いと俺は見ている。ただ、その時デートに誘うまでの具体的な内容。例えば話す内容とか誘い文句とかは、やっぱり本人中心に決めてもらいたい」
作り物の言葉じゃ、心にはきっと響かない。恋愛を知らない恋愛の神、恋神は、現状で知り得る人間の恋心等をフルに活用して、真山の恋愛成就に尽力している。
「と、それが理想論だが……そういう事を今まで考えたことがなかった真山に、1から考えろは流石に無茶振りかもな」
「す、すみません」
「レミニアラ。何かいい案あるか? 要素だけでもいい。全部考えるのは流石に真山の言葉とは離れるからな」
そう振られたレミニアラは顎に手を当て、少し考え込む。何を言うのが最善なのか。どんな考え方をするのが最善なのかを。
「真山さんは、デートに誘う際、高峰という男のことを自分が好いていると、その前提で話を進めるべきか。それとも、ただ遊びに誘う程度の感覚で誘うか。どちらが良いとお考えなのですか?」
「………………私は、、正直にいきたいです」
他人と言葉どころか、目を合わせることすらできなかった真山凪沙の瞳は、もう揺らいでなどいなかった。
「そのお考えがあるのなら、あとは迷うことなどありません」
レミニアラが立ち上がると、直後体が発光し始める。どうやら人間界から神の住まう世界に戻るようだ。
「あとはお2人で。最高神様から、あまり助力し過ぎるなと叱られてしまいましたので」
「あー。流石にこの前の『強制意識の右眼』の作戦は、レミニアラのスキルを頼り過ぎたからなぁ。悪い」
「構いません。それではご武運を」
短めに会話を終わらせ、レミニアラは消えてしまった。だが、お陰で真山の中で何かが固まったようだ。
「どうなるかはわかりませんが、私が伝えるべきことはなんとなくまとまりました!」
「よし。じゃあ土日を挟んだ次の月曜日、早速動こう。高峰と連絡する手段がまだないから、手紙で呼び出すしかないな。呼び出すくらいならちゃんとした手紙というよりかは、メモ用紙に書いて綺麗に折りたたんで上履きにでも入れておけばいいんじゃないか?」
「そ、そうですね。次の月曜日、少しだけ早く登校してメモを入れておきます!」
と、ここで恋神が話の方向を少し変える。
「そういえば、高峰と連絡先を交換するのもそうだが、俺と真山も連絡先を交換してなかったな……」
「あっ、すみません自分から言い出すのがなかなか難儀で」
「そうだよな。悪い気が利かなかった」
恋神がすぐに、最高神から貸し与えられている携帯電話を取り出すと、2次元コードを向けた。それを真山が携帯電話で読み取り、無事2名は連絡先を交換することに成功する。
「これで図書室以外の場所でも要件を伝えられるな。ようやくこっちの生活も一巡したっていうか、慣れてきたからちょうどいい機会かもしれない。ありがとう真山」
「は、はい。私もより心強くなりましたので、ありがとうございます!」
作戦が決まった。この作戦で、真山の恋路もいよいよ大詰め。そして、恋神の仕事が完遂するかどうかも、もう間もなく決まる。
読んでいただき、ありがとうございました!