6恋 真山凪沙は意識し合えます
少しでも読んでいただけると幸いです!
6恋
真山凪沙は意識し合えます
これは厄介なことになった。なんと現在恋愛が実るようにアシストしている真山に、恋をする者が現れたのだ。しかもそれは、高校において恋神と距離が近い男子生徒の中島。
眼鏡を外したことにより、総合点が2点上昇し、53点になっている。見た目に関して言えば、申し分ないレベルにまで真山は来ているが、まだまだ一目惚れを誘うのは珍しいとも言える。
『恋愛開示の左眼』で中島を見ると、確かに今の真山を好む傾向にあることが開示された情報からわかる。何より、真山が恋する高峰よりも、中島と真山の方が相性その他諸々もいい。アシストはこちらの方が簡単そうな気がする。
「ハーーァー」
朝からこんな大きなため息を吐くとは、恋神も思わなかっただろう。とりあえずは様子見することになりそうだ。
昼休み。いつもの面々。つまり中島も含めた男子生徒数名と、恋神は昼食をとっていた。
「なぁなぁ、真山さん見たかよ」
タイムリーな話題が、中島本人から出る。
「見た。なんかイメチェンしてたなー」
「根暗で関わりないだろうって思ってたけど、案外普通なんだな」
中島の始めた話に、他の男子生徒2人、松田と杉八木が乗る。真山の総合点は53のため、2人ともそれなりの反応。だが、1名は違った。
「俺、結構タイプかもしれんわ……ヤバい」
「えっ、お前もしかして好きになったの?」
「んぐば、バカ! 声デケーよ!」
まぁ焦ったところで、恋神は中島が、真山に対して言い逃れできないほどの恋心を抱いたことを知っている。
「でも、いいなって思ったのは……ホントだ」
横に顔を向け、物凄く顔を赤くしながら自分の素直な思いを中島は告白した。
「あの子、恋愛とかあんまりしたことなさそうだし、そういう純粋そうなところとかも……」
「あー、そういう恋愛下手な女の子を都合よく扱いたいわけだぁ〜。中島のエッチ〜」
お調子者の松田がイジる。
「ちげーよ! それ言うなら、俺だってほとんど恋愛したことねーしさ」
高校2年生。まだそういった経験がないのはそこまで珍しくない年齢だろう。
「そ、そういえば恋田。お前真山さんと同じ美化委員だったよな?」
「うん」
「何か真山さんについて知らないか? 何でもいいんだ!」
この時、恋神は考えていた。
恋神は恋愛を司る神だ。そして仕事内容は、人間の恋愛を成就させること。つまり恋神は、中島の恋路も上手い具合にキープしておけないだろうかと考えていた。
「彼氏は……居ないようだった。なんか文化祭を楽しみにしてる印象はあった……かな」
後半の文化祭のくだりは嘘だ。真山と文化祭の話なんてしたことない。ただ、そう言っておく事で文化祭まで中島にはなりを潜めてもらえるだろう。
「なるほど。じゃあ文化祭で真山さんに好印象をもたせられれば大チャンスってことだな!」
バカだから恋神の思惑に上手いこと引っかかってくれたようだ。
「そうなるな。それに、イメチェンした瞬間にアタックしたら、下心丸出しっていうか、真山みたいな女子は逆に嫌がるかも……」
恋神が追い討ちのアドバイスという、矛盾だらけの言葉を投げると、中島は燃え上がった!
「ウォォォォォォ! 文化祭早く来ないかなぁ‼︎ 俺があの子のヒーローになってやるぅぅ」
「因みに、この高校の文化祭には誰かがヒーローになれるイベントってのはあるのか?」
と、恋神が杉八木に耳打ちして聞く。
「ない。ただクラスごとに店を出したりとかしかしないからな。ただ、今は使われていない旧生徒通用門。そこの目の前にまぁまぁ大きな金木犀の木があるんだが、そこで文化祭の日に告白すると必ずそのペアは結ばれるらしいぞ」
また随分ベタな展開が来た。と、恋神は目を細めて思った。ただ、使われなくなった生徒通用門の目の前にある大きな木。話からしておそらく学校の敷地内にあるのだろうが、それを切り落としたりしないで通用門ごと放置するのは、ほんの少し不思議な感じがする。
改築工事が行われた際、他の部分は跡形もなく新しい物に変わり、不要なものは撤去されている。にも拘らず通用門だけは放置。何かありそうな……気がしなくもない。
放課後。いつもの様に図書室で真山と合流すると、いつもより遥かに疲弊した顔で真山は恋神を出迎えた。
「予想はしてたが、やっぱり疲れてるなー」
「は、はぃ疲れましたァ」
言葉にも力が篭っていない。メガネからコンタクトに変え、印象が変わった。しかも、それによって容姿は完全に平均超えの域に到達し、今まで話しかけられることがなかった生徒からもかなり話しかけられたため、コミュニケーションが苦手な真山にとっては辛い1日だっただろう。
が、それと昨晩に恋神がレミニアラと練った作戦を実行しないのとは、また別の話だ。
「早速だが真山。今日は昨日まで滞ってた『強制意識の右眼』の使い方について、いい案を思いついたからそれを実行したい。心の準備はいいな?」
そう問うと、先ほどまでの脱力具合からは信じられないほど、凛とした態度に変化した。
「いつも任せてばかりで申し訳ありません。いつでも大丈夫ですっ」
「よし。じゃあ早速だが、ここで新メンバーを紹介する」
恋神が謎の展開にその場を持っていったところで、先ほどまで『幻覚のスキル』で姿をくらませていたレミニアラが突如として2名の前に姿を現す。
「どうも」
「かっ…………………………」
驚き過ぎて、真山が一言残して意識を数秒置き去りにした。
「………恋神様。一度仕切り直しましょうか?」
「いや、多分それやったらまたこうなるから回復待とうか」
少し待つと、徐々に真山の瞳が色を取り戻していき、やがて元通りになった。
「あっ、すみません。驚き過ぎて色々と飛びました」
「よし、じゃあ改めて」
恋神がレミニアラに話を振る。
「レミニアラです。恋神様。ここでは恋田神大の秘書をしております。以後お見知り置きを」
淡々と、簡潔にレミニアラが自己紹介を済ませると、真山もそれに続いた。
「ま、真山凪沙です。よ、よろしくお願いします!」
「レミニアラには、本作戦の主軸として働いてもらうことになったんだ。別に紹介する必要はなかったが、一応な」
すると、レミニアラがジッと真山の顔を見つめる。それにより、真山は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまう。
「ん、おいレミニアラ。真山は人見知りなんだからあんま見つめたりしてやるなよ」
「そうでしたね。どんな方なのか、少し気になりましたので。失礼しました」
「ぃ、いえ」
「それより作戦の確認だ。前にチラッと話したと思うが、今の俺は人間に近い状態。だから使えるスキルも限られてくるし、使えるスキルの性能もかなり抑えられる。そこで、俺が現状使えないスキルを使えるレミニアラに協力してもらうって訳だ」
「な、なるほど!」
前にも少し触れていたので、真山の理解がここで躓くことはなかった。
「要は主人がポンコツなので、優秀な秘書が手を貸すと言うことです」
「主人の株下げてどうすんだよ。人間居る時くらい少しは上げとけ!」
真山の前だろうと、平常運転で恋神をイジるレミニアラに、こちらも平常運転でツッコミを入れる恋神。そしてその2名を、少し面白そうに見つめる真山。
「話を続けるが、レミニアラにはスキルで人間からはこの学校の教師に見えるようにしてもらう。そして、職員室の放送機器から、今現在サッカー部で活動している高峰を呼び出す」
「声も変えられるのですか?」
「『幻聴のスキル』で変えられる」
「真似る先生がその瞬間だけは2人いることになりますが、辻褄は合わせられるんですか?」
真山の疑問も頷ける。放課後に高峰を呼ぶ教師など限られてくる。せいぜい担任か部活の顧問くらいなものだろう。そして、その2名はまだ学校に居る。レミニアラが放送で呼び出した時、そのどちらかがその放送を聞けば、誰かが仕組んだと怪しみ大問題になるだろう。
「大丈夫です。化ける教師は既に決めてありますが、その教師にはしばらく寝てもらうことにしますので。後ほど高峰という生徒並びにサッカー部の面々も上手いことやっておきます」
「洗脳……的なこともできるんですね」
「はい。辻褄合わせ程度の小規模なものですが、可能です」
「よし! 固まったところでさっそく作戦実行だ。俺は校庭と昇降口の間の通り道を2階の教室から見てるから、真山は放送がかかったタイミングでそこを歩くなり立ち止まるなりしてくれ!」
本作戦は、まずレミニアラが放送で高峰を呼び出す。それに伴い、真山は昇降口から校庭の方へ移動開始。同時に、高峰は呼ばれたため、学校に入るべく昇降口に向かうだろう。そこで2人がすれ違った瞬間、上から見ている恋神が、『強制意識の右眼』を使って、高峰に真山凪沙という存在を深く印象付けさせる。
この時間帯ならば、下校する生徒はほぼ居らず、部活中の生徒は逆に帰る時間ではない。よって、最も昇降口に人気がない時間帯故、恋神の『強制意識の右眼』には2人以外を入れずに済める。
「わかりました! よろしくお願いします」
3名がそれぞれ位置についた。恋神は昇降口と校庭を繋ぐ通路が見下ろせる教室。真山は昇降口付近。レミニアラは職員室内にある放送機器の前だ。
作戦は、レミニアラの放送によって始まりを告げる。
『生徒の呼び出しをします。サッカー部3年高峰。サッカー部3年高峰。至急、職員室前まで』
高峰が放送で呼ばれた! 声は渋い男性の声だが、レミニアラのものだ。
様子を伺いつつ、ゆっくり真山が歩き始めたのを上から恋神が確認すると、左眼を片手で押さえ、『強制意識の右眼』を発動するための構えを取る。
数十秒後、1人の男子生徒が小走りで昇降口に向かって行く。そう、狙い通り高峰だ!
既に真山は校庭の方に向かい始めている。恋神の視界には、今まさに真山と高峰のみが映り込んだ!
「今だ……!」
右眼に力を込め、『強制意識の右眼』を発動。刹那、先ほどまで真山に目線のひとつもよこさなかった高峰がその足を目線ごと止めた。そう、真山の所で……。
「っ……………」
「…………………………………」
高峰は不思議そうに真山を見つめる。で、真山は人見知りのためレミニアラの時と同様かそれ以上に見つめられて硬直する。
とにかく、ようやくたった今、2人は出会った。
「……………」
高峰自身、何故見たことがない女子生徒に目を止めているかよくわかっていない。ただ、知り合いと遭遇したような不思議な感覚。それだけが脳を支配し続けた。
一方で、真山はずっと動けずじまい。
そんな両者の沈黙を破ったのは………。
「あら真山さん」
「ん、、た、高橋先生」
たまたま昇降口から校庭の方へ向かおうとしていた、クラス担任の高橋先生の呼びかけだった。
ただこれはラッキーな展開だ。恋神の『強制意識の右眼』は、意識させるだけであって知らない人間の情報を知らない人間に伝達する機能は備わっていない。つまり、他人を知り合いのように認識させられるが、知り合いにはならないということ。あくまで恋愛のきっかけを与えるスキルだ。
「で、そっちは……サッカー部の子か。呼ばれてたのは君?」
「ええ」
「じゃあ、早く行きなさい」
高峰はそう言われてからも、2秒ほど真山の方に目をやったが、すぐにその場を去って行った。これで、ミッションコンプリートだ。
「そうだ真山さん。少し話があるの。来てもらえる?」
「は、はい」
高峰が去ってすぐ、高橋先生に呼ばれた真山が昇降口から学校内入る。すると、恋神がこのタイミングではやや不自然な形で合流した。
「よし、作戦成功だな。ナイスアドリブだ! レミニアラ」
と、恋神は真山の斜め後ろに居る高橋先生に声をかけた。
「ええっ⁉︎」
「よく気づきましたね。『幻覚のスキル』の質は落としてませんので、今の恋神様では気付けないはずですが……」
姿を高橋先生から、元のレミニアラの姿に戻しながら恋神を讃える。
「流石にな。雰囲気でわかる」
「流石私が秘書をやってるだけありますね。褒めてあげますよ」
「そういうの、どちらかと言うと俺の立場が言う台詞なんだよ。それより、よかったな真山。これで、意識し合う程度の仲になりつつ、名前も覚えてもらえただろう。これに関してはレミニアラに感謝してくれ。高橋先生に化けて顔を出し、真山の名前を高峰の聞こえる所で呼ぶ案は、俺の知恵じゃないからな」
「あ、ありがとうございました。レミニアラさん!」
「いえいえ。おでこを地面に15秒ほどつけて感謝してくれれば大丈夫ですよ」
「あ、はい! わかりました‼︎」
恋神が2名のやり取りを聞き終えると、2名の頭を同時にチョップする。
「レミニアラ、真山は真面目過ぎて冗談通じないからそういうのやめろ。あと、真山も少しは疑え」
「す、すみません」
「私は案外本気でしたが……」
こうして、真山の恋愛はまた一歩ゴールへと近づいた。
そして、ゴールに近づくにつれて、恋神の頭にはより濃い靄がかかる。最初の時も。この前の時も。恋神が『恋愛開示の左眼』を高峰に使うたびに、靄は濃くなる。
ただ、そんな靄がかかった状態でも、恋神はそれを無理やりかき分けてゴールを目指した。もはやその歩みは、止まることを知らない。止まることを忘れている。止まることを……忘れたフリをしている。
読んでいただき、ありがとうございました!