4恋 恋愛の神様は尽力します
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4恋
恋愛の神様は尽力します
土曜日だというのに、レミニアラがいつも通り、恋神を起こしに人間界での恋神の住まい(ボロアパート)に舞い降りた。
しかし、僅かに軋む床に足をつけた時、着替えを済ませて茶を飲んでいる恋神の姿がレミニアラの目に映った。
「ん、おはようレミニアラ。こっちじゃ土曜なんだから、別に起こしにくる必要なかったのに」
「ハーーァ。土日だからと言って気の抜けたお顔で寝ている恋神様を叩き起こそうと考えていたのですが、残念です……」
「お前俺の秘書だよな?」
思わず疑ってしまうような言動と行動をレミニアラは恋神相手にするが、仕事は完璧にこなす。また、人間に関する知識は恋神のレベルを遥かに超えている。
「私の立場まで忘れてしまったのですか恋神様。少し勉強を詰め込み過ぎたでしょうか……」
「あーはいはい何でもございませんよ」
適当に流すと、レミニアラのコップにも茶を注ぎ、渡した。
「素晴らしいですね。流石人間の女を昨日堕としただけあって気遣いが行き届いてます」
恋神が口に含んでいた茶を吹いて焦る。
「おいおい言い方おかしくねーか?」
「ふっ。流石恋愛の神(笑)」
「恋愛の神ってそういう意味じゃねーから! あと、(笑)って口で言うな。てか、何処かで覗き見してたのかよ趣味が悪いな」
吹き出した茶を手際よく拭き取る。ここだけ切り取って見れば、とても神ポテチ美味いとか言ってダラダラしていた神とは思えない。
「私は恋神様の秘書ですから。それで、どうして今日は早起きなのですか? 何か用事がお有りで?」
「まぁな。早速仕事だ。その女子生徒の恋路を手助けするため、今日は異性の好む服を選びに行くんだ」
「………その女子生徒とですか?」
「他に誰が居る」
至極当然のことを恋神が聞き返すと、レミニアラは少しだけ何とも言えない表情をしたが、すぐにいつもの調子で会話を続けた。
「因みに、ここまででどれほどスキルを?」
「まず『宣言のスキル』だろ? あと、それに伴って勝手に『口止めのスキル』も発動したし。あと、『恋愛開示の左眼』も使ったな」
「なるほど。では、おそらく人間の状態だと、使えるスキルは右眼のスキルだけということですね」
「そうなるな。どんなに踏ん張っても、この状態じゃ念力は使えねーし」
恋神が恋愛を司る神といっても、今は人間に近しい状態。本来の状態でできることも劣化しているし、やれないことも生まれている。
「ついでに言えば、左眼もかなり劣化してる」
「ならば、今のうちに右眼の劣化具合も確認しておいた方がよろしいのでは?」
「おお! 流石俺の秘書‼︎ 確かにそうだな使う時になって想定外のアクシデントに見舞われるのはゴメンだし。ただ、右眼のスキルは簡単に確かめられるような代物じゃねーしなぁ」
恋神の右眼には、『強制意識の右眼』と呼ばれるスキルが宿っている。このスキルは、視界に収めた人間を強制的に意識するように仕向けると言うもの。つまり、ただの背景でしかない他人同士ですら、このスキルの対象になれば知り合いを見かけたような感覚に陥り必ず意識する。まさに、恋のきっかけを与えるスキルだ。
「とりあえず、今日は恋を発展させると言うより下準備の段階なのでしょう? なら、何度か試せばよろしいかと」
「それもそうだな。よっしゃ! そろそろ出るわ。じゃあなレミニアラ」
恋神は最低限の持ち物をズボンのポッケに突っ込んで足早に家を出た。
1人ポツンと残されたレミニアラは一言。
「財布忘れたの、いつ頃気づくでしょうか」
恋神宅から2駅。そこの改札前で真山と待ち合わせをしていた。時刻はたった今、待ち合わせ時刻を10分ほど過ぎたくらい。
「ハーァ、ハーァ、ハーァ。悪い待たせた」
階段を駆け下り、改札を通った恋神は、開口最初に真山に謝罪した。
「だ、大丈夫です。私、人を待つの好きなので」
「『レミニアラの野郎、わかってて財布忘れを黙ってやがったな……。なんならレミニアラの座ってる目の前に財布置いてあったし』」
因みに、恋神の所持金の出所はもちろん最高神。絶対困らない程度の量は支給しているようだ。
「それじゃあ、早速服選びだな」
恋神は無意識のうちに真山の顔から視線を下の方に映す。普段は見ない、真山の私服姿。仲のいい者同士しか、制服以外を見る機会がない高校生の反応。それを恋愛の神がやっているのだから少し面白い。
「へ、変ですかねこの服」
恥ずかしそうに自分の服を撫でる真山に対して、恋神は少し考えてから右眼を閉じた。
「いや、『恋愛開示の左眼』には、総合点が制服の時より2点くらい増化してるからいい傾向にあると思うぞ」
「そ、それはよかったです」
2点増した。と言うことは、真山は総合51点でちょうど半分を超えたあたり。つまり、恋愛における総合力は普通を超えたと言うこと。ここから性格などを考慮に入れると、実は真山の容姿は目立たないだけでそれなりに優れていることがわかる。
「ち、因みに、この服じゃ高峰先輩には振り向いてもらえないのでしょうか……」
「無理ではない。アイツの許容範囲から見ても、今のままで十分だろう。但し、それは総合力のみで判断した場合だ。相性。要は自分のそばに置いておきたいと思える人間性かどうかはまた別の話になってくる。真山と高峰の相性は13%だ。だから、アイツの趣味嗜好をもっと理解して落とし込まないと話にならない」
わかりやすく言えば、総合点は全ての人間を対象にした恋愛の偏差値。一方で相性は恋愛の対象のみ。
現状の真山は全体的に見れば悪くないが、高峰向きかと聞かれればそうじゃないということになる。
「そ、そうですよね。頑張らないと……!」
また真山がメモをとった。チラッと恋神の目に映った文字は、『先輩を理解する!』である。
駅から徒歩3分。駅に隣接するデパートの中に、目的の服屋がある。
向かう途中で、何度か『強制意識の右眼』を使用したが、予想通り機能低下が確認できた。
本来の性能ならば視界に収めた人間から自由に意識させる者同士を選別することができたのだが、人間に近しい今の状態だと、視界に収めた人間全てが意識するようになってしまう。つまり、大勢が居る中ではその効力をあまり発揮できないということだ。
使いどころがかなり限定されてしまうが、これも上手く使わなければならない。何せ恋のきっかけを与えるスキルだ。恋の形を成す左眼のスキルと上手く掛け合わせなければ、せっかくの効力も意味がなくなってしまう。
服屋に到着すると、恋神は入り口の前で立ち止まった。
「ん、どうしましたか? 恋田君」
「いや、この服屋女物しか売ってない店だろ? なんつーか入りにくい」
人間界に来た当初の恋神なら、もしかしたら気にしなかったかもしれない人間の性別。しかし、今はそう考えていない。人間の性別も尊重すべきものだと考えている。
「だ、大丈夫です! わ、私の彼氏だという体で行けば入れると思います‼︎」
「なんて無茶振りを言うんだお前は……! けどまぁ、直接俺が入って指示した方がより最善の服選びができるか……」
「そ、それに、恋田君は神様なんですから!」
そう言われてしまうと、恋神は引くに引けなくなる。ここで引いたら自分が神じゃない。もっと言えば、大した神じゃないと認めてしまうようなものだからである。
「んんー、わかった。その代わり離れるなよ?」
「はい!」
ある程度、それっぽく恋神と真山は密着しながら店内を歩き回る。店員や客も、恋神単体を見た瞬間はちょっと異物を見るような目をするが、真山の姿も重ねて見たらそれも晴れる。
しばらく歩き回って、何着か高峰の好みに近い色合いと形の服を見つけた。
「よし、試着してみろ。あらかじめ聞いた予算的に全部は買えないだろうから……いや、俺が払えばいいんじゃね?」
「そ、それはよくありません!」
恋神のひらめきは、一瞬で真山に却下された。
「なんでだ? 俺は神だぞ。ただの同級生ならまだしも立場的に……」
「そ、そういう問題じゃありません。自分のことはなるべく、自分でやらないと!」
真面目で頑張り屋。まさに真山の性格を物語る言動だ。
「………ハーァ、わかったよ。じゃあ尚更慎重に選ばないとな」
「はいっ」
高峰の好みに沿って、試着を繰り返した。良いと思ったが、サイズが合わなかったり、形が良くても色がなかったりを繰り返した。
結局3時間かけて3着選んだ。服選びに汗をかくとは思わなかったが、まぁこれで恋が進展するのなら悪くないだろう。
服選びを終えると、恋神と真山は服屋を出て駅の方に歩き出した。
「あ、あの、私と高峰先輩との相性。あの服を着たらどれくらい上昇しましたか?」
「いやそれがな、『恋愛開示の左眼』が想像通りの機能をしてくれなかったんだ。本来の性能なら、一度見さえすれば情報を更新できるんだが、人間の状態じゃそれすらできないらしい。ゴメンな」
「いえいえとんでもないです! 恋田君が居なきゃ、そもそもこの状況にすらなっていないんですから!」
正確には人間に近しい状態だが、恋神はそのせいでそれなりのハンデを背負っている。本来の『人間の恋愛を司る神』の状態なら、もっと早く人間の恋愛を進展させられるだろうが、今は地道にやっていかなければならないことも多い。
「来週もう一度高峰を見ておく。だが、心配することはない。アイツの好みから外れてないからな、相性も少なからず上昇しているはずだ」
「そ、そうですよね!」
恋神の言葉が、上手く真山の自信に繋げられたようだ。真山はここ数日で、まだ周りの同学年と比べれば大したことないが、少しずつ自分に自信がもてるようになってきている。恋愛において、自分にある程度の自信をもって突き進むことは重要な要素だ。
そう言った意味では、恋神のアシストはただ単純に恋愛を進めるだけではなく、真山という人間の成長にも繋がっていると見ていい。
「あ、あの、恋田君。この後少し、お時間よろしいですか?」
「ん。いいけど」
恋神と真山は、駅を少し通り過ぎた先の喫茶店に入った。
「ハーァ良かったぁ。ここの喫茶店、一度行ってみたかったんですが、1人じゃ入る勇気がなくて……」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんです……」
なんか少し悲しそうな顔を真山がしたところで、恋神がメニュー表に目を通す。
飲み物は珈琲を始めとして、それなりの種類がある。また、食事はピザやパスタ系がメインで、デザートはパンケーキやパフェなどがある。
「ちょうど昼時か。ここで昼食にするか」
「は、はい!」
「俺はコレと、コレと、コレと……」
「そ、そんなに食べるんですか⁉︎」
既に恋神の高校での友人、中島などは恋神の大食いを理解しているため、毎度驚くことはないが、真山は恋神の大食いを見るのは初めて故、当然ツッコミを入れる。
「こっちの食事はどれも美味いからな。特に見たことがないものは必ず食べるようにしている。ここの店のメニュー表は写真が載ってないから、余計に好奇心がくすぐられる。そういう作戦なのか?」
絶対そういう作戦ではないと思ったが、真山はそれ以上何も言わずに自分の注文も決め、店員を呼んだ。
30分程度でそれぞれ頼んだメニューを平らげ、お互い向き合った。
「ここの喫茶店に来たがっていたようだが、ここのクリームスパゲッティが食べたかったのか?」
「いいえ。私が気になっていたのはパンケーキです。もうすぐ来ますよ。恋田君の分も頼んでおきましたので、是非」
「おお! この店を選んでまで真山が食べたいパンケーキとは、かなり気になるな」
5人分くらい食べたくせに、パンケーキが来るという報告で再び食事の構えを取り直す恋神に、真山が新たな話を持ちかける。
「あ、あの……これ」
「ん? お、おおおおお‼︎ これ、最新刊!」
真山が恋神に見せたのは、真山が執筆していて、恋神が絶賛どハマりしているライトノベルの最新第3巻である。
「だが、2巻の最後のページには確か、2週間後くらいに発売と表記されていたが」
「最初に私が読みたいので、発売日よりも少し早く出来上がるようにしてもらっているんです」
以前恋神が真山のことを、完璧主義と称したことが思い出される。
「これ、是非恋田君に一番最初に読んで欲しいんです」
「いやいいよ。俺はちゃんと正規ルートで購入するから」
が、変なところで頑固なのか。前に突き出した最新刊を真山が下げることはない。どうしても恋神に読んで欲しいようだ。
「今日は……いや、これからもしばらくお世話になりますので、どうか受け取ってください」
少し力が籠ったせいで、本の表紙が若干指の形に変わりつつあったのを見逃さなかった恋神は、仕方なくそれを受け取った。
「わかったよ。じゃあせめて、パンケーキ代は俺が持つ。流石にタダで貰うのは気が引けるから頼むぞ」
「はいっ!」
昼過ぎに2人は、待ち合わせ場所に指定した駅に戻って来た。
「今日はありがとうございました」
「ああ。俺こそ最新刊ありがとうな。帰ったら読むよ。じゃ、また月曜日」
「はい! また来週」
2人は改札を抜けて、それぞれ別の方向に続く通路を進んで行った。
恋神が帰宅すると、レミニアラが朝と全く変わらない姿勢で茶を飲んでいた。
「まだ居たのか」
「失礼な言い方ですね。仕事を済ませて戻って来たんですよ。それで、どうでした? 人間との初デートは」
「いやだから、変な言い方するなって」
手に持っていた真山作のライトノベル最新刊をテーブルに置いて、手洗いうがいを済ませた恋神は、すぐに本を再び手に取って読書の姿勢に入った。
「それ、私が以前に渡した売れ残りの本の続きですよね?」
「ああ。結構面白いぞ」
「…………人間に近くなったことで、趣味も以前より悪くなったということですね。わかりました次は幼児向けの絵本でも買ってくることにします」
「ジャンル違い過ぎだろ。てか、幼児向けの絵本も最近は結構凝ってるものが多いらしいから、馬鹿にしない方がいいぞー」
人間界に来てまだまだ日が浅いが、幼児向け絵本が最近色んな仕掛けを施すなどして進化していることを恋神はたまたま耳にしていた。なので、それを武器にレミニアラの口撃を迎撃する。
帰って来て早々、読書の姿勢に入った恋神を見て、レミニアラは僅かにつまらなそうにしながら恋神の茶を淹れた。
「そのような本を好む人間の神経も、そのような本を好む神(1名)の神経も、私には分かりかねます」
「その戸棚に1巻と2巻があるから、お前も読んでみるといい」
別に自分の趣味嗜好をどう言われようと、恋神は何も感じない。
「……付け加えると、
そんなつまらない本を書き続けられる人間の神経は、更に理解できません」
「ん」
但し、自分が認めた者を不当に貶されるのはまた別の話だ。
恋神が活字を追うのをやめ、本を一度テーブルに置いた。
短い付き合いではない。レミニアラは恋神の雰囲気が変わったことをすぐに悟り、姿勢を正す。
「お前、次この本馬鹿にしたら秘書を辞めてもらうからそのつもりでいろ。わかったか」
少しの間も空けず、レミニアラは頭を畳につけて謝罪した。
「申し訳ありませんでした」
謝るくらいなら最初から馬鹿にするなという話だが、恋神がレミニアラをこうして叱ったのはこれが初めてだった。
レミニアラは仕事を完璧にこなす。そして、恋神とのコミュニケーションのひとつとして、からかう。この形は、もう長いこと続けられてきた、2名の友情の形。
「…………もういい。今日は帰れ」
「…………はい、」
レミニアラが居なくなった室内。換気扇の音だけが寂しげに音を立てる中、恋神は大きなため息をひとつ。
「ハーーーァー、俺としたことがついイラついて言い過ぎちまった……。ちゃんと謝らないとな」
真山との交友関係。真山の恋愛模様。レミニアラとのちょっとしたすれ違い。恋神の周りには今、色々な関わりがあってにぎやかだ。
読んでいただき、ありがとうございました!