3恋 恋愛の神様は仕事を始めます
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3恋
恋愛の神様は仕事を始めます
人間と共生し始めて早くも1週間。高校でもよく話すメンツが数名固まり始め、恋神は比較安定した生活を送れていた。
この1週間は人間の生活について勉強をした。細かいルール。神と人間の価値観の違い。因みにその勉強において、教官を務めたのはレミニアラだった。
「レミニアラの奴……でたらめなペースで勉強を詰め込みやがって。お陰でこっちは寝不足だ」
「お? 恋田。眠そうだな。勉強疲れか?」
学校案内からかなり仲良くなった男子生徒。中島に疲労を気にされる。
「転校の準備とかで、ここ最近勉強してなかったからその分詰めてるんだ。もうすぐ落ち着くとは思うけど」
「お前勉強めちゃできるもんな。昨日の小テストもクラスで唯一満点だったし……」
恋神は竹とんぼを知らない程度に、人間側が有する知識に関してはまだ浅いが、学校でやる勉学はほとんど問題ない。歴史などは勉強しなければ点を稼げないだろうが、理系科目は神の住まう世界でも学んでいるため網羅している。何より優秀な神であるため、貰った教科書から勉強さえしていればまず確実にテスト等でも間違えることはないだろう。
「あの小テストは、前日に範囲が軽く説明されていたから誰でも何とかなったはずだ」
「ゔゔ……」
中島は勉強が苦手な傾向にあるため、恋神のその言葉が全く理解できないようだ。
放課後。その日は委員会活動があった。恋神は美化委員に所属している。恋神にとっては初めての委員会活動。若干楽しみにしていたが、やることは学校の清掃の分担を決めるのと、清掃が行き届いていなかった範囲を今後どうするかなどの反省会が行われた。つまり面白いことはなかった。
委員会活動は1時間弱で終わったので、帰ろうと思ったが、なんとなく気になったため同じクラスのもう1人の美化委員。真山凪沙に声をかけた。
「今日も図書室に居るのか?」
「あ、はい。居ます。そ、その……2巻読みましたか?」
「悪い。最近忙してくてまだ読めてない。明日までに読んでくる」
「ゆっくりで大丈夫です」
「ありがとう。だが気になってるのは俺自身だ。だから読んでくるよ。じゃあ明日。また図書室で会おう。2巻まで読んでくるから」
恋神は真山に、気遣いは無用の旨を伝えると、少し駆け足で下校した。
帰宅すると、レミニアラが正座しながらお茶を飲んで恋神の帰りを待っていた。
「5分遅刻ですね」
今日もレミニアラと人間の歴史や常識を勉強する予定だったのだ。
「悪い。委員会があったんだ」
「美化委員でしたよね? 少しは掃除の術を学んできましたか?」
と、言いながらレミニアラはテーブルの表面を人差し指でなぞってホコリの有無を確認した。
「いや掃除学びに行ってるわけじゃねーし。はいこれ、」
恋神がウェットティッシュをレミニアラに手渡すと、少し不思議そうな顔をしながら、それで指先を拭いた。
「そんな気遣い、どこで学んでこられたのですか?」
「ん。教室に置いてあったからウチにも用意しておいたんだ」
自炊まではできないが、恋神はこの1週間で生活力を僅かにもちつつあった。戸棚の中も自分が扱いやすい様に整理しているし、家の掃除もできる限り行っている。
「褒めてくれても良いんだぜ。レミニアラ」
「わー凄い凄いパチパチパチパチ〜」
「やっぱ馬鹿にしてんなお前……」
その後レミニアラの教えの元、人間について学び、あと2時間ほどで日を跨ぐ時刻になった頃、レミニアラの帰りを見送ってから真山とハマっているライトノベルを読み始めた。
あらかじめ真山に話を聞いていたこともあってか、深夜1時には2巻とも読み終えられた。
と、ここで恋神にひとつの疑問が浮かんだ。
「………どういうことだ」
ただ、時間が時間だったのでその時は深く考えることなく就寝した。
翌朝。何度目かの馬乗りビンタをレミニアラに食らって起床。放課後までこれと言って変わらない生活を送り、放課後、図書室で真山と落ち合った。
「読んだぞ。2巻まで」
「ほ、ホントですか! で、どうでした?」
「真山から話は聞いていたから、比較簡単に理解できた。今後の展開が気になるような仕掛けも散りばめられているように感じたし、面白かったぞ」
「よかった〜」
真山がホッと胸を撫でおろした。ここで、恋神が動き出す。
「なぁ真山。お前は今、好きな人とか気になっている人は居ないのか?」
「んえっ! どどどどどうしたんですか急に」
そんなに慌てなくてもいいのにと恋神は内心思った。1週間程度、それなりの頻度で会話をしているが、まだ真山という人間は恋神に順応できていない。恋神はそれを十分理解した上で、話を続けた。
「いやな、実は俺、恋愛相談とか結構得意な方なんだ。で、転校してきて結構真山とは仲良くしてもらったし、そういう話があれば聞こうと思って。どうだ?」
恋神は恋愛を司る神。最高神から、身近な人間の恋愛を上手くアシストできれば、人間界での生活を終え、神の住まう世界に戻ってきてもいいと言われている。
人間界での生活も1週間と少し。そろそろ生活自体には慣れてきたので、いよいよ神としての動きも始めなければならないのだ。
「……………わ、私にそんなのは。第一、居たとしてもそれは叶いませんし」
恋神が向かいの席から乗り上げるようにしながら、真山の目を見つめる。
「読んだ2巻の本。あの作品の中に、真山にそっくりなキャラクターが居た。最初は彼女の性格と、機会に恵まれなかったせいで友人と呼べる人は居なかったが、2巻の終わりには友人が出来始めていた。お前も、あんな風になりたいんじゃないのか? だからあのキャラクターに、自分を重ねてあの作品を書いたんじゃないのか?」
「えっ……」
「あの本の作者は……お前なんじゃないのか?」
「っ…………‼︎」
恋神は昨晩。本を読み終えて疑問に感じていたことがあった。それは、真山が話していた内容に繋がる伏線が所々まだ登場していないことだ。明らかに真山の話には、最新刊の内容よりも先の内容が入っていた。
「もし違うなら、そう言ってくれ。ネットで物語を上げたりとか、できるんだったよな。そっちで真山がこの物語の結末を、先をわかっていたとしたら、俺の推測は最初から間違いだ。でも……」
でもで恋神は言葉を止めた。これ以上は本人の口から聞きたい。その欲が先行した。
そして、恋神には確信があった。あの物語を読んでいるというだけで、目を輝かせていた真山の表情も、真山に似たキャラクターの扱いも、物語の感想を聞くまでの僅かな不安も、その全てがオリジナルを手がける人間を物語っていたからだ。
「…………私って、結構わかりやすい人間ですかね」
「比較的な。言葉では言い表しづらいが、ただのファンとは一線を画すものが感じられた」
数秒、間を空けてから真山は話し始めた。
「恋田君のおっしゃる通り、あの作品は私が書いたものです。ネットにはもう少し先の話も上がっています。そっちを薦めなかったのは、書籍版の方がより丁寧に書けているから。ネットの方は少し文とか下手なので」
「完璧主義だな」
そう言うと、真山は首を横に振った。
「本当は自分そっくりなキャラを主人公にしたかった。でも、ダメだった。どうしても自分が主人公に。周りを動かすための主軸になることが想像できなかった」
恋神がもたない感覚。それぞれがそれぞれの物語の主人公であろう。そう考えるのが恋神。だからこそ、真山の考え方は理解できない。しかし、それを理由に踏みとどまっていては、いつまで経っても恋愛を司る神を心から名乗ることは出来なくなる。
「想像は、経験則から浮かぶものだと俺は思うんだ。真山はまだ、自分が中心に何かをするって経験が浅いから、想像ができないんだと思う。あの物語、めちゃくちゃ面白い。だから、今度は真山が書いた真山みたいな奴が主人公の物語も読んでみたい」
恋神が真山の方に手を差し伸べた。
「友達として協力したい」
その言葉のあと、恋神は何故か凄く……
気持ちが悪かった。
「……………さ、サッカー部の高峰先輩」
「ん?」
声が小さくて聞き取れなかったので、恋神は一度聞き返した。
「サッカー部の高峰先輩が、その……凄くカッコいいなって思ってます。タイプというか」
「見た目から入るのは大事だもんな。よし、じゃあ仕事を始めるか」
「え、仕事?」
恋神は気持ちを、学生仕様から恋愛の神仕様に切り替える。
「ふーーぅ。実は俺、『人間の恋愛を司る神』なんだ」
刹那、恋神のもつ『宣言のスキル』が発動し、真山は恋神が人間ではなく、神であるということを心の底から信じるようになる……。
「凄い……本当に神様って居るんですね」
「居るとも。真山は運がいいな! 恋愛の神に出会えるなんて」
自分で言うなとツッコみたくなるような言葉を恋神は吐く。しかし、ここのところ人間としての活動が板についていたため神アピール要素が足りなくて溜まっていたのだとすれば仕方ないのかもしれない。
「は、はい。神様!」
「うんうん、もっと崇め奉ってくれていいんだぞ。さぁ、実は俺にも事情があってな。人間の恋愛を一定数アシストしてやらないといけないんだ。だから、俺は真山の恋路を。真山は俺の仕事の手伝いをする。お互いにwin-winな関係でやっていこう!」
「………でも、いくら恋田君が神様でも、私に魅力がなくちゃ、きっと先輩は振り向いてすらくれません……」
「うむうむ。じゃあ少し、神様の力を見せてやるとしよう」
恋神は立ち上がると、おもむろに左目のみを開けた状態にした。
「な、何かするんですか?」
「……………『身長は180cmが理想。髪型は襟足が少しあるくらい。体格は筋肉質に越したことはないが、ゴリゴリ過ぎるのは好みじゃない。性格は明るければこれと言って要望はない。この前たまたまテレビで見たサッカーの試合が印象に残っており、最近男性の理想像にサッカーをやっている人という項目が加わった』ってのが、真山の理想の男性像として目に入ったんだが、合ってるか?」
「ッッッッ‼︎」
恋神の左目が黄色く光っている(人にはその輝きが見えない)
これが、恋愛を司る神のもつスキルのひとつ。『恋愛開示の左眼』である。
真山はかなり動揺したが、相手が神ならそうかと自分の中で落とし込み、話を繋げる。
「せ、正解です。一言一句一要素たりとも間違っていません」
「ふふーん。因みに、この左眼は恋愛に必要なスペックも見られる。簡単に言えばレベル。高校生の身近な表現としては偏差値とも言い換えられるか。例えば……真山のスリーサイズとかな。えーっと、82の……」
神でも反応できない正面からの目潰しが恋神に炸裂!
「痛い! 何すんだ失明したらどうすんだよ‼︎」
「い、いや、スリーサイズとかわかっても口には出さないでください恥ずかしいので……。デリカシーってやつですよ」
「………そんなもんか」
そんなもんである。
「で、その先輩は今学校に居るのか? なるべく早めに計画を進めたいからな」
「えっと、、サッカー部なので校庭に行けばおそらく」
「よし! 早速偵察だ!」
「は、はい!」
ほんの少し。真山が行動的になったのを恋神は肌で感じた。いい傾向にある。そして、いい傾向に自分が彼女を導けている。
今はまだ、そう考えていた。
校庭に出ると、サッカー部がちょうど練習をひと段落させて休憩していた。動いていない分、真山の指示のもと、高峰の顔を知らない恋神でも見つけることが容易になる。
「あ、あれです! 今オレンジジュースの缶を持っている人!」
「なんで練習中にオレンジジュース。しかも缶なのかは置いといて、どれどれ」
恋神は目一杯眼を酷使して、高峰の存在を確認した。
「おーあれか。確かに周りの人間よりも一回り顔が整っているようには思える」
「で、ですよね!」
「ただ誤算だったな。神の状態なら際限がなかったんだが、人間の状態だとこの距離にあの人数じゃ正確に高峰のスペックを左眼で推し量れない。もう少し近づきたいな」
すると恋神は、サッカー部の集まる方に歩を進めた。
「ちょっと見てくる。そこに居てくれー」
「あ、、はい」
恋神は躊躇することなくサッカー部がたまっている方までズカズカと入り込んで行き、やがて高峰を含めた3年の生徒数名の中に首を突っ込んだ。
「どうもこんにちは」
「ん、誰?」
なんか少し好戦的な声色で素性を問われ、一瞬イラつきはしたものの、真山のためだと落ち着かせて自己紹介をする。
「2年の恋田と言います。少し、サッカー部に興味がありまして……」
と、適当に言い訳して高峰1人にピントが合うようにしたのち、不自然にならないよう、片手で右眉を少しいじるようにして右眼を閉じ、『恋愛開示の左眼』を発動する。
恋神の左眼に映った情報は、
・身長182cm、体重78kg
・異性のタイプはこれと言って偏りはないが、強いてあげれば背が低い女性の方が好み。
・総合76点
・恋愛対象の許容範囲は45点〜100点
・その他諸々……………
総合点は50点で普通。70を超えれば芸能界でも恥ずかしくはないかなぁくらいのポテンシャル。高峰は高身長で体格も良く、顔も並以上であるため、恋愛における有利さを推し量る恋神の左眼にはかなり高得点が映った。
「ん……………」
得点や好み以外にも見えてくるものはある。その中でいくつか、恋神は気になる要素を高峰に見たが、見て感じた程度。それ以上に考えることはなかった。
「やっぱり顧問の先生などに後から話した方が手っ取り早いですよね。すみませんお邪魔して」
用件が終わったので、早々に引き返す。あまり首を突っ込みすぎると、これからしばらく一緒に行動する真山に変な印象を持たせる危険性があるからだ。
真山の元に戻ると、左眼で見た情報をなるべく細かく話す。その際、ネガティブな要素は伝えず、恋愛に対して真山が前向きになれるよう恋神は努めた。
「その、高峰先輩の恋愛対象の許容範囲と、神様はおっしゃってましたが……」
「自分の総合点に見合うかが不安だって言いたいんだよな? 安心しろ。真山の総合点は49だ。これから、さらに深く高峰の好みを考慮してイメチェンしていこう。髪型や装飾品等で総合点は変動するからな」
「ほ、本当ですか⁉︎」
「それと、俺のことは恋田と呼べ。神様はなんかあれだ……ここじゃ少し不自然だから」
「あ、はい。わかりました」
返答後、真山は今日の収穫をいち早くメモし始めた。とても真面目で頑張り屋。最初は神である自分と、人間とで埋めきれない心の溝を感じていたが、今は少し違う。この純粋な女子生徒の恋愛を、心の底から上手くいくようにアシストしたいと考えていた。
その感情の元、恋神は少し頬を緩ませた。緩ませながら、自分に言い聞かせた。
高峰に見えたネガティブな要素。それを、別に真山に話す必要なんてないんだ……と。
読んでいただき、ありがとうございました