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1恋 恋愛の神様は高校生になりました

少しでも読んでいただけると嬉しいです

            1恋

 

      恋愛の神様は高校生になりました


 「な、なんてことだ……」


 今までに触ったことのない材質の床。神の住まう世界にも、畳のような材質の床はある。が、飛ばされた先はかなり年季の入ったアパート。故に畳も、かなり表面が削れている。お世辞にもいい状態とは言えない。

 つまり恋神は、「神が座るような場所じゃねぇ」と思っている。


 「ぃよっと、」


 絶望のあまり放心状態でいると、レミニアラも人間界に降りてきた。


 「どうも。恋神こいがみ様」

 「レミニアラ〜。俺もう耐えられそうにない〜」


 泣きながらレミニアラにしがみつくが、それに対して汚物を見るような目で応戦される。どうやら恋神の味方には程遠いようだ。


 「私は恋神様に、人間界で恋愛について勉強していくにあたって最高神様から言伝を預かってますので、それを伝えにきました」

 「い、一緒に人間界で生活してくれないの〜?」

 「は? しませんよ。なんで私が恋神様と勉強を理由にひとつ屋根の下で生活しないといけないんですか? セクハラですか? 録音してあるのでこれ提出しますよ?」

 「あーはいはいすみませんでした」


 どうやら何を言ってもダメらしい。ここでようやく、恋神は足掻くのをやめた。


 「んで、言伝ってのは?」

 「やっと聞く気になりましたか。では…………恋神様にわざわざ説明するのも面倒なので、直接の頭に投げ入れますね。はいどうぞ」

 「ぐはっ!」


 多くの情報がレミニアラから恋神の頭に直接書き込まれた。


 「では私はこれで」

 「なーせめて説明は口で言ってくれよ。頭に入れてくれたから不要かもしれないけどさー」

 「嫌ですよ。何よりもう勤務時間外なんです。労働基準ちゃんと考えてから私にものを言ってください。恋神様……じゃなくて、今は男子高校生でしたか」


 最高神からの言伝

 『高校2年生として、人間生活をすること』


 「すみません主人の立場を言い間違えるとは何ということを。平たく謝っときます。さーせんした」


 ペコっと1秒未満頭を下げて、レミニアラは背を向け帰る姿勢に入った。


 「ハーーァ。マジでキツイぞこれ……。なーレミニアラ。俺やっていけると思うか?」

 

 レミニアラの去り際に、ボソッと恋神はそう問いかけた。とはいえ恋神はレミニアラの性格を知っている。また嗜められる。それを想定して適当に投げた質問だった。


 「………貴方は優秀な神のはずです。仕事は私がしばらく代わりを務めますから、どれだけ時間が掛かったとしても、諦めずに人間の恋愛を学んできてください」

 

 思いがけない返答に、恋神は唖然とした。


 「それでは、」


 恋神の質問に答え終えると、すぐにレミニアラは神の住まう世界に戻ってしまった。


 「秘書があー言ってくれるなら、ちょっとは頑張ってみるか」


 まずは生活環境の確認。住まいの玄関を開けて、外を見る。


 「…………汚い所だな」


 体を全て外に出して玄関を閉めると、カランと軽い音が背後からしたのでそちらに目をやる。

 覗き穴の位置らへんに人間の名前が書いてあった。


 『恋田神大れんだこうだい


 「これもしかして、人間界での俺の名前か?」


 字面的に間違いないだろう。

 なんというかそう、安直過ぎる。


 「もう少しなかったのでしょうか。最高神様」


 文句を言っても仕方ないので、街を見回ることにした。因みに、神と人間の見た目に差はない。そして、外に出るにあたってあらかじめ何枚か用意されていた人間用の服装に着替えているため、出歩いてもなんら違和感はない。

 しばらく歩くと、商店街の入り口が見えた。横長の看板には、『陽だまりの丘商店街』と大きく書いてある。結構栄えているようで、歩くのにもある程度気を使わないといけなそうだ。


 「へー、こうして人間の立場になって見てみると、案外悪くないかもなぁ」

 「そこの兄ちゃん」

 「お?」


 呼び止められたらしく、一応自分の顔に指を指して自分かどうかの真偽を確かめると、声をかけたおじさんは頷いた。本当に恋神が呼ばれていたらしい。


 「なんだ?」

 「くじ引きして行きなよ。1等はゲーム機だよ!」

 「んおーゲーム機か! 欲しいぞ! 早く引かせろ!」


 勢いよく箱の中に手を突っ込み、ガチャガチャとかき混ぜる。


 「よし、これだ!」


 箱のかなり奥の方にあった紙を一枚握ると、そのまま手を引き上げ、握られた紙を広げた。

 紙に書いてあった数字は……。


 「ざんねーん、5等はポケットティッシュだよー」

 「んーーーもっ、もう1回!」

 「ダメだよ兄ちゃん。1人1回までの決まりなんだから」

 

 恋神はそう言われてしまったら仕方ないと諦め、背中を丸めてくじ引きの前を去った。


 「ハーァ、ゲーム機欲しかったなぁ」

 「本体貰ったところで、ソフトがないじゃありませんか」

 「それもそう……って、レミニアラ! なんでこんな所に居るんだ⁉︎」

 「勤務時間が終わったので、恋神様も居ることですし人間界を観光してるんですよ」


 レミニアラは竹とんぼを片手にしながらという訳のわからない状態でいつも通り掴みどころのない答え方をした。


 「ところで、それなんなの?」

 「竹とんぼというオモチャらしいです。歩いていたらおばあさんから頂きました」

 「どうやって遊ぶの?」

 「勉強不足ですね。持ち手を掌で、それぞれ逆向きに擦る様に動かして飛ばすんですよ」

 「へーー。それ、面白い?」

 「……………微妙ですね」


 レミニアラと何故か合流したため、ここから2名で移動する。


 「お前その服、どうやって用意したんだ?」


 レミニアラの服装は、人間仕様。神々が好む服装とは異なったものだった。


 「クローゼットの中から、人間好みに近い色合い形状の服を持ち出しただけですよ。用意したわけではありません。視線が気持ち悪いのであまりジロジロ見ないでください」

 「へいへい」


 その後商店街以外も少し回って、2名が恋神の新居ボロアパートに到着したのは完全に陽が沈んだ頃だった。


 「そう言えば、恋神様は今現在、神の住まう世界に戻る力を最高神様が没収なさった様なので、万が一にも逃げられるとは思わないでくださいね?」

 「思ってねーよ。どうせそんなことだろうと思ってたし」

 「明日からはいよいよ高校生活です。タンスの中に必要書類その他諸々を入れてありますので、確認してから寝るように。それでは、おやすみなさい」

 「おう。おやすみ」


 レミニアラは光に包まれその場から姿を消した。

 恋神は台所に先ほど買ってきた食料を適当に並べると、何を食べるか顎に手を当てしばらく考えた。


 「カップ麺でいいか」

 

 最高神は物凄く用意がいい。家の至る所に恋神が困らない程度の家具が用意されている。ヤカンもそのうちのひとつだ。

 お湯が沸いて、それを注ぎ、待つこと数分。適当に買った味のカップ麺は驚くほどに恋神の口に合った。


 「人間の作り出すものも悪くないな!」


 商店街その他で食べ歩きをしたが、その時食べたほとんどが神の住まう世界で食べていたものよりも美味だったらしい。


 「今晩食べるつもりはなかったが、まだ買い置きはある。あっちのも食べるか!」


 その後、日を跨ぐ時間くらいまで恋神は、主にインスタント食品をドカ食いした。

 そして案の定、朝起きるべき時間に自力で目を覚ますことはできなかった。


 ペチッ……!


 「イデッ、」


 朝から恋神の頬を射抜くやや小さな掌。


 「起きてください恋神様。もう朝です。そろそろ家を出ないと遅刻しますよ?」

 

 レミニアラがビンタで恋神を文字通り叩き起こしたのだ。


 「お前、セクハラセクハラ言うくせに……朝から俺に馬乗りになってビンタとか、いよいよお前の価値基準がわからなくなってきたぞ」

 「馬乗りビンタがご所望なら、今度は握り拳で起こしますがどうでしょう」

 「どうでしょうじゃねーよ。起きるからどいてくれ」


 恋神は鏡の前に立って軽く寝癖を直すと、制服に袖を通した。


 「なるほど、まぁ元がいいからだろうが、高校生の制服もしっくりくるな」

 「そうですね。制服に着せられてる感が凄いですもんね」

 「お前辛口が過ぎないか?」


 最後にローファーを履いて、全ての準備が整えられたと思った恋神だったが……。


 「恋神様。教科書とノート。その他書類の入ったカバンをお忘れですよ」

 「ヤベ。ありがとう」


 カバンを渡したところで、玄関を開けようとした恋神にレミニアラから話題が振られた。


 「そう言えば最高神様から追加でひとつ。言伝を預かっております」

 「お? なに」

 「恋愛を司る神たる恋神様は、人間をより効率的に栄えさせるために、恋愛の機会を平等に与えることが仕事です」


 とはいえ神がどうこうしなくても人間は勝手に栄える。だから恋神の様なだらしない神が居るわけなのだが……。


 「……うん。どうしたのよ今さら」

 「確かに今は、私が仕事をめちゃくちゃ仕方なくどうしようもなく肩代わりしていますが、恋神様が今もなお、人間の恋愛を司る神であることに変わりはないのです。よって、最高神様からの言伝は、『明確な人数は伝えないが、君の手腕で身近な人間の恋愛を一定人数上手くアシストできたら、勉強期間を終了してもいい』とのことです」

 「マジでか⁉︎」

 「マジです」


 これは朝からいいことが聞けた。そう心を社交ダンスさせた恋神は、勢いよく玄関を開けると、レミニアラの方に振り返って、


 「お前にも諦めんなって発破掛けられたし、迷惑もかけちまってるからなっ、いっちょ頑張ってくるわ!」


 玄関を開けた勢いのまま、力強く外へ駆け出して行った。


 「少し期待しただけであんなに盛り上がるとは……。お馬鹿ですね恋神様は。

 いってらっしゃいませ」


 高校までは、歩いて40分。走って20分弱程度の距離だ。

 恋神は高校2年の男子生徒で、新学期からではなく6月から学校に入るため、転校生の位置付けで人間生活。学生生活を始めることになる。

 歩き始めること25分。ここからは高校の最寄駅から高校までを繋ぐ一本道。ちらほら恋神の周りに同じ制服を着た学生が見え始める。

 自分は本当に人間としてやれているのか。周りの学生と自分を見比べながら確認する。昨日はなんともなかったが、改めて生活が始まった実感を背負うと心にくるものがある。


 「クソが。人間の生活如きに緊張することになるとは思わなかった。実に不愉快だ……」


 目つきを鋭くし、心の底をほんの一瞬表に出すと、周りの学生がどこからともなく押し寄せた得体の知れない恐怖に体を一瞬硬直させた。

 ただ、恋神が少し人間離れしたモノを僅かに露呈したことを悟って、すぐに感情を引っ込めたためその後どうにかなったと言うことはなかった。


 学校に到着すると、まず校長室に向かった。そこで、配属されるクラスと担任が紹介される。


 「担任の高橋サナエです。今日からよろしく。恋田君」

 「ん、あぁ」


 そういえば恋田神大って名前だったなぁとか考えつつ、適当に相槌を打ったが、ここで人間界で生活していく上での最高神からの言伝を思い出した。


 最高神からの言伝

 『人間界での君の立場はただの学生だ。不必要に偉そうにしないこと』


 「よろしく、、お願いします」


 軽く会釈して返答しておく。


 「じゃあ、早速クラスに行こうか。着いたら名前と、簡単な自己紹介をお願いね」

 「自己紹介……ですか、」


 この時恋神はこんなことを考えた。「いっそ、自分が神であると名乗ってしまおうか」と。

 しかしその考えは、思いついてすぐに自分で取り消す。理由は、最高神からの言伝の一部である。

 恋神は人間の立場でここに居るのだが、人間に「自分は神である」と宣言すると、宣言された人間はそれを疑いようのない事実として信じる様になる。これは、役職を与えられた神なら全員がもっているスキルだ。

 但し、ただの神ならそれだけでいいが、今の恋神は人間界で生活しているためそのスキルだけでは不十分だ。周囲の人間全員にそれを吹き込んだら、当然人間の恋愛その他諸々の勉強どころではなくなるからである。

 しかし、恋神は恋愛を司る神として、今朝レミニアラから伝えられた通り、周りの人間の恋愛を上手くいく様に仕向けなければならない。そのためには、自分が神であると、場合によっては対象の人間に伝える方が効率が良かったりもする。

 よって、最高神は追加でひとつ、恋神にスキルを与えた。それが、『恋神を神と認識した人間は、決して恋神が神であると口外できないスキル』である。簡単に言えば口止め。

 

 ※宣言すれば信じ込んでしまうスキル。恋神が神であると口外できないスキル。これらをそれぞれ、今後は『宣言のスキル』と『口止めのスキル』とする。


 話を理由説明の段階に戻すが、この『口止めのスキル』は、最高神が急遽与えたスキル故に穴がある。それが、口止め対象が多過ぎると機能が落ちること。この観点から恋神は、クラス全体に自分が神だと伝え、少しでも過ごしやすくしようとした考えを取り下げたのだ。

 

 「ここが、今日から恋田君が通う教室。2-Bの教室」

 「さようで、」


 適当に相槌を打って、恋神は教室に入った。既に教室の中は、今日転校生が来ると知らされており騒がしくなっている。2人が入室したことを確認すると、学級委員長と思わしき生徒が周りを静かにさせ、ものの数秒で教室は静まり返った。


 「ゴクッ……」


 恋神は神として大きく構えるつもりだったが、知らない環境に住まう人間たち約30人が自分を凝視していることに緊張し、唾を飲み込んだ。


 「じゃあ静かになったところで、自己紹介して〜」

 「はい」


 事前に高橋先生と話した様に、まず黒板にチョークで自分の名前を書く。


 『恋田神大れんだこうだい


 なんともメルヘンチックな字面に、皆声を漏らした中、恋神が改めて名乗った。

 その後、少し間が空く。理由はシンプルに、名前以外の自己紹介内容が緊張で完全に飛んだからである……。


 「んーーあーー、えーーっと……仲良くしてくれたらありがたい……です」


 苦し紛れの懇願。これが恋神の、せめてもの足掻きだった。

 また微妙な間が空いたのち、クラスメイトからまばらながら拍手が鳴り、自己紹介は終了した。

 そして、これより、恋神の高校生活が始まった。

読んでいただき、ありがとうございました

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