10恋 恋愛の神様は決意します
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10恋
恋愛の神様は決意します
舐めていた。まず、なんとかなるとか、結局はいい方向に行くと思っていた。いいや、そう言い聞かせてその場を凌いでいた。けど、結局そうはならなかった。俺は恋愛そのものを、恋愛感情などの類いがない神であるが故にほとんど知らないが、それでもこの危険性には気づいていた。高峰という男を、最初に『恋愛開示の左眼』で見た時から……。
その日、恋神は担任の高橋先生の話を聞くと、すぐに学校を飛び出した。飛び出したところで現在の真山の詳細を知る術はない。だが、動かずにはいられなかった。
「どこへ向かわれるのですか。恋神様!」
駆け出して少しした所で、レミニアラに呼び止められるが、恋神は何も言えない。自分の失態。それが頭から離れない。
レミニアラも、恋神の様子が明らかにおかしいことを悟り、いつもよりも柔らかい口調と声色で話を聞く。
「今日は1日学校のはずですが……何か忘れ物ですか?」
「……………なぁ、レミニアラ。最高神様も、お前も、真山の恋愛が成就した後俺に聞いたよな。心のしこりがどうとか、満足してなさそうだとかって」
「はい。ただ、あの時恋神様は、何もお答えになっていないかと」
ギュッと両拳を握る。
「最高神様は全て見抜いていた。こうなるって。んで、俺がこう思うって……」
「もしよろしければ、私だけにでもお話いただけませんか? 何か力になれるかもしれません」
拳で心が握られるような表情をしたのち、恋神は無理やり心境を口にした。
「…………真山が自殺を図った」
「………………………」
レミニアラは全くといっていいほど、そのことに反応を示さなかった。必死に反応を押し殺して、冷静に振る舞った。
「続けてください」
「俺のせいだ。俺は知ってたんだ。恋愛開示の左眼で高峰を見た時から、こうなるかもって。だってアイツ、あの歳じゃ考えられないくらい、触れてきた女の数が多かったから」
そう、恋神がずっと気にしていたこと。それは、高峰が誠実とは無縁の経験量を誇っていたことである。その割に、高峰の周りに漂う情報に不誠実なことなんてなかった。隠していたのだろう。隠していたからこそ、同じ学校の生徒である真山の身を脅かすようなことはしないとたかを括っていた。たかを括って誤魔化していた。
「つまり恋神様は、高峰という男と真山凪沙が接触したら起こり得ることを、ある程度予測できていたと言いたいんですね?」
「そうだ。わかってたのに、自分のことを優先した。仕事として、表面上の助力を済ませることばかりに気を取られていた」
恋神は何より自分を理解していなかった。人間1人なんてどうなろうと構わない。人間は自分の仕事の要素に過ぎない。そう思えると考えていた。だが実際はそうじゃなかった。人間にも等しく情をもち、自分のせいで真山を傷つけて心を傷めた。
「恋神様。私は、神です。そして、もちろん恋神様も……。ですが人間界に来て、人間を知り、私と恋神様の共通点である神という要素も、僅かに変わっているのかもしれません」
「どういうことだ?」
「私もそれなりに、人間の生活をここ最近間近で見てきましたが、それでも恋神様のように人間に対して情をもつことはありませんでした。同じ神なのに、決して人間の芯をわかりっこない神のはずなのに……」
レミニアラが気丈に振る舞おうとしている内容は、真山の容態の心配ではない。それを心配して、自分を責める恋神を心配しているのだ。
「ですがそれこそが、もしかしたら最高神様が恋神様を恋愛の神に推薦した1番の要因なのかもしれませんね」
「………とりあえず、もうこんな事はあっちゃいけない。次からはもっと人間の気持ちを汲む」
「簡単な道のりではなさそうですね。他者との関係程度の理由で自らの命を絶とうとする生き物ですから……」
レミニアラから言わせれば。神から言わせれば、他者との関係の良し悪しで自分の命を絶つことなど、到底理解できなければ想像もできないことなのだ。
恋神は下を向いて、これからどうするかを今一度整理した。レミニアラに心中を打ち明けた事で、少しだけ視界が晴れた。無論気持ちは靄がかかりっぱなしだが、少なくともその場で足踏みしかできない状態は脱却できた。
「一度学校に戻る。んで、高橋先生に真山の近況をもっと詳しく聞こうと思う」
「それがいいかもしれません」
今の恋神は、恋愛を司る神としての力すら万全に扱えない。つまり、神の力で真山の状況を知り得ることが叶わないのだ。
すぐに踵を返す。授業なんて頭に入ってこないだろうが、それで構わない。ただ高橋先生が真山についての新たな情報を入手するのを待つだけだ。
放課後まで、心ここに在らずの状態で過ごした。中島とか杉八木とか松田とか山中の言葉なんて、今日1日何を言われたのか全く覚えていないだろう。
「恋神様」
「ん………」
帰りのホームルーム途中、レミニアラが突如耳打ちしてくる。幻覚のスキルで姿を消し、幻聴のスキルで恋神以外に声が届かないようにしている上でだ。
「どうした」
小声で返答する。
「姿を消して職員室に張り込んでおりました。先ほど、真山凪沙の搬送された病院が判明しました」
「本当か‼︎」
勢いよく立ち上がると、クラスメイト全員が恋神の方に目をやる。しかし、今の恋神はそんなことは一切気にしない。高橋先生に一言かけると、了承を得るのを待つことなく教室を飛び出した。
「案内できるか。レミニアラ」
「…………最高神様に怒られるかもしれませんが、今日だけは完全にズルしましょう」
「ぇ、」
恋神の動揺の一声は、どこかのトイレの中に響き渡った……。
「瞬間移動……! お前そんなスキルもってたのか?」
「いいえ、人間界の中を自由に行き来するのは、私には不可能です。距離がそれなりに近くないと」
「じゃあ………」
「タネは簡単です。一度神の住む世界に行って、そこから人間界の行きたい場所に移動すればいい。神の住む世界からなら、人間界の何処へでも瞬間移動できますから。そんなことより、早く病院の受付に。ここはもう、真山凪沙が搬送された病院の中ですから」
どうやら病院のトイレに移動していたらしい。真山の居る場所の情報提供に、移動の手助け。レミニアラ自身の言った通り、最高神に後ほど叱責を受けそうなくらい手助けをしている。
「そうだな。行ってくる!」
トイレの引き戸を勢いよく開けて、受付まで恋神は駆けた。途中、何度も歩くよう促されたが、それも全て置き去りにしていく。
受付の場所は、病院の至る所に設置されている案内板で辿り着けた。
すぐに真山凪沙の名を挙げ、病室と面会の有無を確認する。
「真山凪沙さんとは、今現在面会はできません。ここへ来られたのも昨晩ですから。容態が安定したら、できるようになると思いますので、後日また……」
「わかりました」
軽く頭を下げ、病院を後にする。外を出たら、レミニアラが待機しているのがわかったためそちらへ向かう。
「どうでしたか」
「まだできないらしい。病室すら聞けなかったよ」
「そうですか……」
恋神の残念そうな表情と声色に、レミニアラも下を向く。面会も叶わず、そもそも病室すらわからない今の状況では、当面どうすることもできない。その無力感が今度は、恋神を苦しめた。
神だから恋愛の助力をし、神だから人間に下手な情は抱かない。神だからなんでも思うがままに動ける。そんな、恋神が当初思い描いていた自分の姿は、そこにはない。完全に心を折られた。
「…………あ、伝えそびれておりました。最高神様がお呼びです」
「わかった。向かおう。レミニアラは怒られなかったのか? 最高神様に。さっきの瞬間移動とか」
「秘書としては満点。ただ今の恋神様には大き過ぎる助力だと言われました」
「悪い。俺のせいで」
自分の自己中心的な考え方で真山凪沙を自殺未遂に追い込み、自分の不甲斐なさでレミニアラを巻き込んだ。その自責の念から、更に深く落ち込もうとする恋神の手を、レミニアラが両の手で優しく包んだ。
「大した咎めは受けませんでした。それに、まだ真山凪沙は死んだわけじゃありません。次があります。そして、恋神様にも……。過去の過ちより、未来を捨てることの方が余程罪深い。どうかクヨクヨせず、踏みとどまらず、踏み出してください」
レミニアラが恋神に抱く感情。想いは、決して神がもち得ないものに……近いのかもしれない。
「ありがとう。止まるのはもう、やめるわ。とりあえず最高神様の所へ連れてってくれ」
「はい」
かなり最近見た光景。この前と同じように、最高神は鎮座していた。
「悪い方に傾いたようだな」
「はい」
「以前聞いた時、君は浅い感想以外に何も口にしなかったが、今は見えているものが少しは変わったか?」
もはや感想の聞き直しなどはしない。今の恋神が新たに見ているものを最高神は問うた。
「俺は………自分を完全に失いました。ですが、今までもっていた価値観などを全て一蹴して、ゼロから始められるいい機会だと考えられるようになっています」
「なるほど。以前はそれを認めたくないが故に、間違いを犯したわけだが、今は違うようだな。よかったよ、“所詮いくらでも代えの利く人間1人”で役職のある神が覚醒の一歩を踏み出せたのだから……」
いくらでも変えの利く人間1人というワードに、恋神は僅かに目の力を強め、怒気にも近い気配を纏った。
「ふっ。今ワシの言ったこと、違うと思っただろう? そう思うのなら自分で証明しなさい。人間だって何者にも代え難い尊い存在であると……。恋神」
「…………承知しました」
最高神からのエールを受けた恋神は、最高神に従う一神として、人間の恋愛を司る神として、レミニアラが従う神として、未来を見捨てない覚悟を決めた……。
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