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金捨て人は金が欲しい  作者: アルコールは飲み物
第一章 プロローグ
2/9

1-2 リュウの悪意超え

不幸中の幸いか、親父はソラ姉を殴るような事はなかった。


もちろん、一般的な家庭より不遇であったことは間違いないけど。


俺も俺で、殴られるのが俺だけなら全然耐えることができた。




俺もソラ姉も幼かった上、頭の出来は良くなかったから、児童相談所に頼るとかそういう逃げ道は思いつきもしなかった。


母方の親戚筋は運悪くもういないし、父方の親戚筋には見放されており力になってもらえない。


そして残念ながら相談できるような友達もいない…




頻繁に学校を休み。


いつも臭い服を着て。


そんな子供は、はっきり言ってイジメの対象でしかなかったのだ。




しかしイジメられたからといってそれを黙って受け入れる事はしなかった。


俺もソラ姉もやられたらやり返すタイプだったからである。




例えば、物を盗まれたら同じものを盗み返していた。



「おらケントぉ!俺もお前のふでばこ盗んだからな!ぬすびとにもさんぶのりなんだぜ!」



…『盗人にも三分の理』とは、盗みであろうと多少は正当化できる理由があるというような意味である。



一部始終を見ていた学年一の秀才君はこう言っていた。


「相手も正当化してしまっておる。完全に覚えたての言葉を使いたいだけであるな。」




例えば、悪口を言われたら同じだけ言い返していた。



「めいじんはひとをそしらず!悪口を言うケントがバカで臭いんだよ!」



…『名人は人を謗らず』とは、優秀な人は相手の悪口なんて言わないというような意味である。



一部始終を見ていた学年一の秀才君はこう言っていた。


「相手にも悪口を言っている時点で完全にブーメランであるな。」




例えば、殴られたら同じだけ殴り返していた。



「目には目をだ!ハヤトは1発!そしてケントは…3発か4発どっちだ?………まあいいや。お前しつこいから5発な!」



…『目には目を』とは、損害を与えた場合、その罰は同じ程度のものになるべきだというような意味である。



一部始終を見ていた学年一の秀才君はこう言っていた。


「やられた以上にやり返している時点で完全に誤りであるな。」




…誰だよ秀才君は!?


まあ言われた通りよく考えると色々おかしかったがそこは置いておいて、だ。


俺はやり返す時、いつも心がけていたことがある。


それはなるべく陰湿にならないように、正々堂々とみんなの前でやり返す事だ。


ケントはうざかったが良く言えばケンカ仲間と言えたかもしれない。




もちろん、何もされなければ平然と過ごした。


陰口を言われているようでも何にも気にしなかった。


だってそんな学校でも、家にいるよりは全然ラクチンだったから…




学校には、仲良くなろうと思えば仲良くなれたやつらもいたかもしれない。


特にケントあたり。


だけどその時は分かり合える気がしなかった。


その頃の俺にとってはソラ姉さえいれば生きていけると思っていて、それでよかったのだ。






そんな小学校時代を過ごしたためか、俺は精神的にも肉体的にもわりと強めに育ち、中学にあがったころには親父に反抗するようになった。



「くそが!ガキのくせに最近反抗しやがって!」



親父が巨体を生かし、体重を乗せた前蹴りを放ってきた。


こういう直接の暴力は久しぶりである。



「っ…!」



思わず交差した腕に蹴りをくらうものの、吹き飛ぶ事もなく痛みもそれほどでもない。



(あれ?もしかして…俺、強くなってきてる?)



それなら…



「親父、俺だってな、いつまでもやわなガキじゃねえんだ!寝る子は育つんだよ!」


パァン!


パァン!


パァン!


右、左、右、と日々のケンカで培ったパンチを浴びせてやった。



親父はパンチに反応できず、全てをまともに食らった。


そして体勢を維持できずそのまま後ろにドスンと倒れこむ。


倒れた親父は驚愕の表情を浮かべていた。



しかしそれは一瞬で、すぐに怒りの形相に戻ると



「…くそ…中1でこれかよ……どうなってやがる…あと2年…」



と何事かをブツブツとつぶやいた。



(…おいおい。どうなってる?あの親父が。俺に対して一方的に暴力を振るう存在だった悪魔が!俺のパンチで倒れている…だと!?)



いつかは親父をぶっとばすつもりではあったが、この時が来るのはもっと俺が大きくなってからだと思っていた。


力関係の転換期。それが突如訪れたのだ。




「だぁーーーっはっはっは!親父、お前と違って俺は成長してんだ!」




親父に対して生まれて初めて優位に立った俺の興奮は計り知れない。


ただ喜びながらもつい口を出た気持ちが何よりも本心だっただろう。



「…これからはソラ姉にも心配かけねえで済むな…」



安堵。これが喜びにはるかに勝った。



(てか俺って…嬉しいとこんな笑い方しちゃうんだ?)



今まで心から笑ったことが無かったんだなぁ…などと考えていると、親父の口から理解不能な言葉が吐きだされた。



「…成長か。お前も成長したんだな。けっ!俺の教育のおかげってやつか」




(…お前も?)その部分に一瞬引っ掛かりを感じたが、それよりも…




「は?今…なんっつった?」



俺にとってはどうしても聞き逃せないその言葉。


親父が繰り返す。



「…俺の教育のおかげだと言っ」


「教育だと!?てめーは…!!てめーだけはそれを言う資格はねえーーー!」



───頭が真っ白になった。



親父が言い終えるのを待つまでもなく俺は座り込んでいる親父をアッパースイングで殴りつけた。


鼻ヅラに正面から強烈な1発。親父の鼻がグシャリと曲がり盛大に鼻血を噴き出した。


…しかし。


親父は鼻血を噴き出しながらも妙な事を続ける。



「ぐっ…!……くははっ…お前ももう中1だからなぁ!」



「黙れ」



さらに殴りつけようと拳を振る上げるが、親父の言葉にさえぎられる。



「ソラに心配されるのがそんなに嫌か?」



え?ソラ姉?



「ソラ姉に?何だ?それが一体何だってんだ…?」



思わず聞き返してしまう。



「それがお前の………いや、何でもない。いいんだ、ふふ」



しかし親父は曲がった鼻を手で押さえながらも不敵に顔を歪めながら、返答にもなっていない返答を返してきた。



「…!?」



はっきり言って頭の悪い俺にはわけがわからない。


何言ってんだコイツ?


だがそのおかげで頭が少し冷えた。



(落ち着け俺。怒りの感情のままに殴るのは俺が目指したものじゃなかったはずだ)



しかし…親父のやつ。


何だろうこの感じは。


こんな不気味なやつだっけ。




親父は理不尽な存在。それは間違いない。


でも今の親父は理不尽というより…何というか理解不能な感じだ。


これは何かおかしい気がする。



頭をひねっていると、親父は深いため息をつき…




「リュウ、降参だ」




唐突にそんな事を言ってきた。




「はっ?」




さすがに意表をつかれた。


今までの親父を振り返ると、到底そんな事を言う奴ではなかったからだ。




「降参だ。まいった。もうリュウには勝てないらしい」




少しおどけた感じでバンザイをしてみせる親父。



「…ああ?」



訝し気に親父を睨む。


親父は依然として飄々とした雰囲気のままだ。



「あのよ…。勝てる喧嘩しかしないってのはクソきたねえ親父らしいっちゃらしい。けど…」



まじまじと親父を観察しながら俺は聞いた。



「何を企んでる?」



話術なんてものは心得ていないし、そもそも俺はバカなのだ。とりあえずストレートに聞くしかない。


親父は鼻血をティッシュでふきつつ言った。



「当然だ。俺は俺が楽しいからリュウを殴ってたからな。それが出来なくなった今、今後はどうすれば楽しめるかを考えたってわけだ」


「それ、フツー俺に言うか!?」



ぶれてなかった。


最低なクズ親父であることには変わりなかった。



「フン、今までの事は謝らねーぞ?ただ今後は付き合い方を改める。俺のためにだ」


「…はぁ。言っとくけどてめーがやってきた事は俺じゃなかったら自殺してるレベルなの分かってんのか?」


「まあ耐えられないと思ったらやってないだろうな」


「だからソラ姉は殴らなかったのか?」


「いや、そうじゃない。リュウだからこそやれたってとこだな」


「俺のせいかよ!?」



意外な事に。


そこで親父が「くっくっくっ」と腹をゆすって笑いやがった。



「いや、てめーが笑うなよ…」


「俺は俺が楽しければいい。面白ければ笑うさ」


「…ったく、何てヤローだ」



仕方がない。


良いか悪いかは分からないが、これが俺の性分だ。


白旗を上げてきたなら受け入れる。


万が一それが偽りだったとしても…また叩きのめせばいい。そしてその時は容赦せずに済むというものだ。




ひとまず相手の戦意が無くなったことで、俺の怒りはある程度無くなっていた。


そして一息つけば、生まれつきどうしても避けられなかった大きな障害をぶっとばしたという達成感もあった。



「分かったよ。そういうことなら親父、今後はもう大人しくジジイになっていってくれよ」



これからは親父が何をしようとどうとでもなる。


そう確信した俺は、それだけ言ってその場を立ち去った。








…そのせいで。


親父が密かに口の片端を吊り上げたことに。


そして「ソラがそんなに大事か」と小さくつぶやいたことに俺は気が付かなかった。

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