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恋を貫き殺された公爵令嬢。貴方はそれで幸せだった?

作者: ユミヨシ

公爵令嬢ヘンリエッタは目の前のテーブルの上の菓子に優雅に手を伸ばす。


そこに用意されたのは、ベリーのクッキーと香り高い紅茶。


その細い指は優雅にクッキーを指で摘まんで、口元に運ぶ。


口に入れる前にヘンリエッタは躊躇した。


にこやかに、目の前の人物に向かって微笑みを浮かべる。



「美味しそうな。クッキー。」


目の前の人物は、ヘンリエッタに向かって、


「どうぞ召し上がって。」


ヘンリエッタは頷いて、


「頂きますわ。」


クッキーを口元に運んだ。





ヘンリエッタ・リングリット公爵令嬢は激しい恋をした。


この国のガレット王太子殿下にである。


彼の歳は20歳。彼は留学したり、勉学に忙しくいまだに婚約者がいなかった。


そして今、上位貴族から婚約者を探しているのだ。



ヘンリエッタは18歳。


ガレット王太子殿下とは顔見知りだ。


王立学園にいた時にはガレット王太子は2年上の先輩だったが、顔も良く、勉強好きで明るい王太子殿下を一目見た時から好きで好きでヘンリエッタはたまらなかった。


不敬を承知で教室へ押しかけて、勉強の教えを請うた事もある。


その時、ガレット王太子は微笑んで、


「真面目なのだな。ヘンリエッタは。よいだろう。勉強を教えてあげるよ。」


放課後時間を取って教えてくれた。


その時間はヘンリエッタにとって何よりも幸せな時間だったのだ。


しかし、ガレット王太子はモテる。


他の公爵令嬢も猛烈なアタックをしていたのだ。


ガレット王太子が他の公爵令嬢と買い物に街に出る姿を見かけたり、

夜会に別の公爵令嬢をエスコートしていたり、

ともかく、モテるモテる。


ヘンリエッタはヤキモキした。


ガレット王太子が結婚していれば、諦めもつく。


自分もいい加減に結婚相手を探す年頃だ。


王立学園を卒業した時に、そろそろ結婚相手をと両親からも言われたけれども、

諦めきれない。


ガレット王太子が、ヘンリエッタが王立学園を卒業してから半年後、婚約者探しをすると貴族全体にお触れを出した。


ああ…婚約者探しをするならば、わたくしがなるのよ。

わたくしは公爵令嬢。ふさわしいと言ったらふさわしいのよ。

絶対にわたくしがガレット王太子殿下と結婚するわ。


ヘンリエッタは強くそう願ったのだ。


夜会へ積極的に出て、ガレット王太子の目に留まるようにした。


派手な黄金色のドレスを着て、金の髪に赤の薔薇を飾り、

ガレット王太子に微笑めば、ガレット王太子は、


「ヘンリエッタ…今宵は一段と美しい。」


「ガレット王太子殿下にお褒めにあずかりわたくしは嬉しく存じますわ。」



ガレット王太子とダンスを踊る。


それはもう、周りの貴族達から、お似合いだとため息が聞こえる。


ヘンリエッタは誇らしかった。


どう?わたくしは美しいでしょう?未来の王妃様にふさわしいでしょう?


さぁ、みんな、認めて?わたくしがガレット様にふさわしいと…


認めるのよ。



ダンスを踊り終われば、一人の公爵令嬢が近づいてきて、


「ごきげんよう。ガレット王太子殿下。わたくしと次のダンスを踊ってくださると嬉しいですわ。」


虹色のドレスを着て、華やかな牡丹を思わせる大輪の花の髪飾りを着けたこの公爵令嬢はレイリア・ミーティス公爵令嬢だ。


ヘンリエッタはレイリアを睨みつけて、


「わたくしがもう一曲、王太子殿下と踊るのですわ。貴方の出番はまだですのよ。」


ガレット王太子は、


「いや、次はレイリアと踊ろう。レイリア。そなたも今宵は一段と美しい。」


「有難うございます。ガレット王太子殿下。」




悔しい。悔しい。悔しい…


他の公爵令嬢も強力なライバルだが、レイリアは一段と美しく、未来の王妃候補として、申し分なかったのだ。


そんなモヤモヤとした日々を過ごしていたある日、王宮の一般開放されているテラスで、レイリアからお茶を誘われたのだ。


レイリアとは仲が良くない。今は特にガレット王太子と婚約者の座を争っている強力なライバルだ。


どういうつもりなのよ…



ヘンリエッタはレイリアとお茶をする事にした。


王宮のテラスに向かえば、レイリアが待っていて、



「よくおいで下さいましたわね。どうぞお座りになって。」


テーブルにはベリーのクッキーとカップが用意されていて、レイリアの付き人のメイドが、紅茶をカップに注いでくれる。


ヘンリエッタに向かってレイリアは、


「どうぞ、召し上がって。ベリーのクッキーですわ。」


この国には物語がある。


善女の仮面をした悪女が、ベリーのクッキーを使って、恋のライバルを殺した恐ろしい物語が。


要するにベリーのクッキーは、貴方に悪意を持っていますわ、わたくしと言う意味なのだ。


警告だけならいい。しかし、本当にベリーのクッキーに毒は入っていないのか?


ヘンリエッタはクッキーを食べるのを躊躇した。


しかし、勧められた菓子を食べない訳にはいかない。



躊躇した挙句、ベリーのクッキーを食べる事にした。


王宮のテラスで、毒は盛らないであろう。それがヘンリエッタのレイリアに対する見方である。


クッキーを口に運んで、


「とても美味しいですわ。レイリア様。」


「まぁ、そう言って下さって嬉しいですわ。」


レイリアもベリーのクッキーを食べる。



そして、レイリアは微笑みながら、


「ガレット王太子殿下を諦めて下さらないかしら。」


ヘンリエッタはレイリアを睨みつけて、


「どうして、わたくしが諦めなくてはならないのかしら?」


「それは、わたくしがガレット王太子殿下にふさわしいと思っているからです。貴方より。」


「貴方にわたくしが劣っているとでも?」


レイリアはホホホと笑って、


「そうね。わたくし達の学園での成績は同格位かしら?でも、わたくしはガレット王太子殿下を愛しております。愛のない貴方と違って。わたくしに愛されるガレット王太子殿下は幸せですわ。」


ヘンリエッタは立ち上がり、


「わたくしだって愛しておりますわ。ガレット王太子殿下を。」


「まぁ、そうでしたの?」


レイリアはヘンリエッタを真っすぐに見つめて、


「それならば貴方の愛が見たいわ。」


傍にいる使用人にレイリアが合図すれば、皿に盛られた新たなベリーのクッキーが運ばれてくる。


レイリアが笑って、


「10枚のクッキーのうち、1枚は毒が入っていますわ。勿論。解毒剤も用意してありますのよ。」


小さな瓶をテーブルの上に置く。


レイリアは言葉を紡ぐ。


「貴方の愛を見せて下さいませ。解毒剤を飲まなければ死に至る毒を…貴方は食べる事が出来るかしら?勿論、わたくしも食べます。わたくしは王太子殿下を愛しているのですから。」


「勿論…わたくし、食べる事が出来ますわ。」



そして、冒頭のシーンに話は戻る。


「美味しそうなクッキー。」


レイリアは、ヘンリエッタに向かって、


「どうぞ召し上がって。」


ヘンリエッタは頷いて、


「頂きますわ。」


クッキーを口元に運んだ。


クッキーをゆっくりと咀嚼する。


甘くて美味しいクッキー。


悪女に殺された物語の女性は、何も知らずにクッキーを食べて殺されたのだわ…


恋のもつれから悪女に殺された女性…自分の命が終わる時、どんな想いだったのかしら…



その時、レイリアが立ち上がり、ホホホホホと笑って、


「冗談よ、冗談。貴方をからかっただけだわ。

でも、これ以上、わたくしの邪魔をすると言うのなら、今度は本当に毒入りクッキーを差し上げても良くてよ。」


そう言うと、レイリアはテーブルの上を使用人に片付けさせて、その場を去っていったのであった。



この件があって以来、ヘンリエッタはガレット王太子殿下の婚約者争いに疲れを感じてしまって…夜会にも行かなくなってしまった。


わたくしはガレット王太子殿下のどこが好きなのかしら…

それはもう素晴らしい方で、触れ合う度に幸せを感じて…ガレット様の為なら、どんな苦難も乗り越えて行けると信じて…でも…


悩んでいる時に、心配して来てくれたのが、王立学園で大した付き合いも無かった、ルード・カルディス公爵令息である。


ガレット王太子に夢中だったヘンリエッタは他の男性は目に入らなかったのだけれど、彼は学園でヘンリエッタに親切にしてくれたのだ。


夜会で彼を見かける事はあったが、ダンス一つ彼とは踊る事はなかった。

確か婚約者もまだいなかったはずだ。


客間でルードと応対する。


「最近、夜会で君を見かけなくなった。だから心配で心配で。これはお見舞いの花。気に入ってくれるといいんだけれども。」


大輪の赤の薔薇の花束をヘンリエッタに渡してくれた。


ガレット王太子からは何も見舞いは来ないのに、あまり付き合いのないルードから見舞いが貰えたのだ。


嬉しかった…素直に嬉しかった。


心が久しぶりに癒された。


「有難うございます。ルード様。わたくしの為にこのような。」


「君の事が気になっていたんだ。だから…いても立ってもいられず…迷惑でないならよかった。」


それからヘンリエッタは、ルードと付き合う事になった。


彼と一緒にいると癒されて…それだけで幸せを感じていた。


しばらくして、ルード・カルディス公爵家から正式に婚約の申し込みが来た。


両親もガレット王太子と結婚するよりも、ルード・カルディス公爵令息と結婚する方を賛成していて。


リングリット公爵は、


「王宮は怖い所だ。私はヘンリエッタを王妃になんてしたくはなかった。カルディス公爵子息が貰ってくれるならいう事はない。」


リングリット公爵夫人も、


「そうよ。ヘンリエッタ。ガレット王太子殿下は素敵な方でしょうけど、この際、ルードと結婚した方が貴方が幸せになれるわ。」


ヘンリエッタも思った。


確かにそうだ。ルードと共にいると安心出来るのだ。

ガレット王太子と結婚すれば、毎日が戦場だろう。

自分は耐えられるだろうか?


そして、自分のガレット王太子への愛は…ちょっとルードに優しくされただけで揺らぐ程、大した事はなかったのだろうか?


悩むヘンリエッタ…


でも…わたくしはルード様と婚約する事に決めたわ…


ルードはヘンリエッタの婚約をお受けすると言う言葉を聞いて喜んで、


「有難う。私みたいに華やかではない男を選んでくれて。本当に嬉しいよ。」


ルードは喜んでヘンリエッタを抱き締めてくれた。


そして、今度の王宮の夜会でルードとの婚約を発表する事にした。




ルードと共に王宮の夜会へ出席し、婚約を発表すると、

ガレット王太子にエスコートされて現れたレイリアは、扇を口元に当ててせせら笑い、


「まぁおめでとう。ヘンリエッタ様。これで、ガレット王太子殿下はわたくしのものね。」


ガレット王太子も、


「君は私と結婚を望んでいたと思っていたが…まぁカルディス公爵令息を選ぶと言うのなら仕方ないな。おめでとう。」


とあっさりと祝ってくれた。


ちょっと寂しい気もするが、ヘンリエッタは愛しのルードの手を握り締めて、


「お二人とも祝って下さって嬉しいですわ。」


ルードも、


「有難うございます。ヘンリエッタと共に幸せになります。」



ヘンリエッタのガレット王太子への恋はこうして終わりを迎えたのであった。







それからしばらくして、驚くべき知らせが飛び込んで来た。


レイリアが殺されたのだ。


口からは血を流して、王宮のテラスで倒れていたとの事。


誰が…何故?


ヘンリエッタは思った。


自分はガレット王太子を諦めてよかったのだ。


王宮とはなんて怖い所だ。きっとガレット王太子を狙うどこかの令嬢がレイリアを殺したのだろう。


レイリアは恋を貫いたから死んだのね…貴方はそれで幸せだった?


何とも言えない思いにため息をつく。


下手をしたら自分がレイリアだったかもしれないのだ。




振り切るように、首を振る。


来月はルードとの結婚式…

ヘンリエッタは幸せに浸りながら、結婚の準備をするのであった。



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