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ああ野麦峠、女工哀史  だが?それがすべてではなかった、坂善織物、奇跡の製糸所とは?(増補版)

作者: 舜風人

ああ野麦峠、女工哀史  だが?それが、すべてではなかった、坂善織物、製糸所の真実とは



かって


私がまだ何も知らずにあの


大竹しのぶの主演した


「ああ野麦峠」という映画を見たとき


ショックで言葉も出なかった記憶があります。


過酷な製糸所の労働環境で一日15時間も働かされ


やがて少女たちは肺を病み、バタバタと倒れてゆく、




映画のラストシーン


迎えに来た親族の男の背負子しょいこに担がれて


青ざめてもう歩くこともできない大竹しのぶが


野麦峠を超えて帰郷する。

そして、

峠で一休みしたとき

14歳の少女の命はもう尽きていた、、、、。



戦前の製糸所の悲惨な労働を訴えた名作映画ですよね。




そしてあの有名な「女工哀史」、の、記述も悲惨です。




私はこれらによって日本全国すべての製糸所は


血も涙もないような


こうした12~14歳の少女たちを食い物にする悪の権化?のようなものだと


信じ込んだのでした。




それから、、、、、、、、、、、


時がたち、、、、、、、、、、


なんと富岡製糸所が世界遺産登録という快挙。




でも


私の頭にはあの死にかかった大竹しのぶがこびりついていて


素直には喜べませんでした。。




製糸所なんてものは


少女たちを食い物にした悪者というイメージしかなかったからです。


それが世界遺産だって?、、、、、それって、駄目でしょう?




というのが、私の素直な感想でした。




ところが


ひょんなことから


私は


横田英の「富岡日記」を読むことになります。


そこにはなんと気高い少女たちが故郷の威信を背負ってさっそうと


富岡に向かっていたのです。


工女イコール悲惨


そんなかけらもありませんでした。




彼女たちは故郷の期待を背負って


選ばれたものとして富岡に意気揚揚と向かっていたのです。


そして早く技術を覚えて帰りたいというけなげな情熱


毎日の仕事ではつらつとしたまい進




そして当時としては進歩的な労働環境


そして福利厚生、、、、、。




私は、ぶっ飛んでしまいました。




え?




これってあの大竹しのぶは何だったの?


工女はこき使われて、、みんな肺を病み、、無残に死んでゆくんじゃなかったの?




私は目からうろこが落ちた気分でした。




こういう製糸所もあるんだ




こういう製糸所もあったんだ




ですが、これは当時の明治政府が威信をかけて作った官営工場です、




そりゃあ、福利厚生もいいだろ




、、、と、、、、思われたそこのあなた。




では


もう一つ実例を挙げたいと思います。




埼玉県の秩父(正確に言うと横瀬村)に、かって、


「坂善織物」という民間会社がありました。




明治に始まって昭和戦前まで盛業した秩父で、随一の大企業、製糸工場です。


かつて三角屋根の大きな工場が、軒並みがそびえていました。




今はもう廃業して盛時をしのぶよすがもなにもありませんが、、、。

グーグル地図で調べたら唯一あの立派な門だけが残っているようです

それ以外は何も残っていません、

しかし


それにしてもこの門


長さ25メートル


幅8メートル


高さは二階建ての住宅くらいはあります


とんでもない巨大な門で、、かっての栄華をとどめているようです。


そしてそこには「坂善」という大きな表札がかかっています。



さてこの坂善織物工場ですが


またまた、ひょんなことから


知ることになって私なりにいろいろ調べてみたのです。




その過程で、この工場は、福利厚生が非常に良いというので評判だったということが分かってきたのです。




そして、それは、単なる「風聞」ではなくて、しっかり、なんと資料が残っているのです。




それは坂善織物を描いた当時の、一連の4枚の写真絵葉書なのです。




おそらく大正時代ころか?、、(あるいは昭和かも?)


~ころの風景だと思うのですが。


写真に年代記述がないので時代は確定はできませんが、




そこには威容を誇る工場や巨大な門などとともに


工女たちの福利厚生の風景が写真で、描かれているのです。






まず一枚目の絵葉書(写真)


「坂善織物工場女子ダンス練習の実況」、、、と記述してあります


広い講堂で優しそうな?男性がオルガンを弾いて数十人の工女たちが、体操着でがダンス練習している風景です。






2枚目


「坂善織物工場 裁縫練習」  とあります。


お師匠さんと思われる典雅な和服の女性が数十人の工女に


きもののぬい方を教えているのです。






3枚目


「坂善織物工場 音楽練習」   とあります


扇子をもった、きもので着飾った工女たちがお琴とバイオリン?の伴奏で


踊りの稽古をしてるんです。






4枚目


「坂善織物工場運動場の一部」  とあります


なんと、そこに映ってるのは、「テニスコート」ですね。


そもそも、当時テニスなんてそれこそ華族様しかできなかった高級?スポーツですよ。


それを工女がやってるんですよ!


大勢の工女たちが見守る中、テニスの試合(練習)をしている風景写真です。


実はこれは運動場のごく一部でして、他に大きな運動会ができるほどの

グラウンドもあります、。






皆さんどうですか?


これらの写真(絵葉書)を見て、


女工哀史のあの地獄とはまったくの別世界ですよね。




こきつかわれて、、、、、


15時間も毎日はたらかされて


肺病になり、、、瀕死で、、迎えに来た


兄さの、しょいこで、しょわれて野麦峠を帰える大竹しのぶ、


生きて実家には戻れないでしょう。




あれって何だったんでしょうか?




たしかに、この坂善織物の写真絵葉書は


まるで別世界ですよね。




今、現在だってこんなに福利厚生がある会社なんてあまり無いでしょう。




それが大正時代(あるいは昭和かも?)には、もうあったという驚き。


なんと先進的な坂善織物、


でも?当時、


これはおそらく、ごく特異な例なのでしょうか?




そしてその他の、90パーセントの製糸所はあの大竹しのぶのような劣悪な奴隷工場だったのでしょうか?




多分、、、


それが実態だったのでしょう。


そうなのだろうとは私も思いますよ。


当時の大多数の製糸所は過酷に工女を使い捨てて殺したのでしょう。




でも100パーセント日本のすべての製糸所があんな過酷なひどい


奴隷工場だったのではない




そういういちるの希望の星?


それがこの坂善織物だったのです。


そういうこんな素晴らしい「坂善織物」のような工場もあったのだということは


すべてがあんな工場ばっかりじゃなかったんだという「救われる」思いがするのは


私だけではないでしょう。




私の心に


日本も捨てたものじゃないな、、、


こういう製糸所もあるんだ




こういう製糸所もあったんだ




という


ある種の


安堵感?を


救済感?



この奇特な坂善織物製糸所の4葉の古めいた写真は、、、、、、、


あの「ああ野麦峠」で、ズタズタにされた、わたしの暗い心に一筋の光明の灯をもたらしてくれるのです。


もしかしたら?まだ私の知らないところに

坂善織物製糸所のような奇跡の?製糸所が日本のどこかにあるのかも(あったのかも)しれない?

いいえ

そういう製糸所があったといってほしい、


あの14歳の大竹しのぶを酷使して見殺しにしたような製糸所だけではない

坂善のような、そんな奇跡の製糸所も、ほかにきっと、どこかにあったはずだ。

そういう願望を抱くのは私だけでしょうか?



さて、、、、、、最後に、、、、なりますが、、、


みなさんは、坂善のこの4葉の写真(絵葉書)を見て、どう思われますか?




え?




そんな絵葉書見たことないって?




それではこちらでどうぞご覧ください。










絵葉書↓




https://www.google.com/search?q=%E5%9D%82%E5%96%84%E3%80%80%E3%80%80%E7%B5%B5%E8%91%89%E6%9B%B8&tbm=isch&ved=2ahUKEwic8-eD_vjpAhWWEKYKHaoADS0Q2-cCegQIABAA&oq=%E5%9D%82%E5%96%84%E3%80%80%E3%80%80%E7%B5%B5%E8%91%89%E6%9B%B8&gs_lcp=CgNpbWcQAzoGCAAQChAYOgQIABAYUO8VWIgqYIUzaAFwAHgAgAFviAGVBpIBAzcuMpgBAKABAaoBC2d3cy13aXotaW1n&sclient=img&ei=DbvhXty4O5ahmAWqgbToAg&bih=626&biw=1366&client=firefox-b-d



追加(増補)




実はもう一つ写真があってその写真はお見せできないので残念ですが


そこには広大な和風庭園が写っていて、築山があったり大きな池もあって


立派な和風庭園ですがそこで工女たちが昼休みでしょうか。


三々五々くつろいでる風景が写ってるのです。




坂善織物、、すごくないですか?


この、福利厚生の充実、


驚嘆ですよね。戦前ですよ。


悪名高い?製糸所でですよ、


ある意味、、シンドラーよりもすごいと思うのは私だけでしょうか?




なおこの坂善織物については


以前、、かなり昔に、NHKが「ふるさとの記憶」?という番組で詳しく取り上げています。


テーマ曲


「ふるさとっていいなあ」


※今検索してみましたが、、出てきません。正式題名は違うようですね、

私の記憶があやふやです。




☆以下、ネット検索で見つけた、坂善について記述されたものからの引用になります。


「秩父が織物で栄えていた時、坂善さんはとっっっても大きな織元さんで、従業員で運動会ができるほどのところでした。(運動会の集合写真はちちぶ銘仙館に展示しています)」引用


「坂善さんは かつて大きな織元さんでした。

広大な敷地に沢山の女工さんが居て、当時としては、ずば抜けて福利厚生が良かったそうです。」引用




坂本宗太郎が創業者です、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E6%9C%AC%E5%AE%97%E5%A4%AA%E9%83%8E

なお坂善という社名は父親の、善兵衛からとられている






「富岡日記」についてはこちら

https://www.katakura.co.jp/silk/study/silk6.html

















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