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完成した手作りの『アボガドとトマトのチーズ入りハンバーガー』をより一層美味しく頂くため、クライン邸のテラス席で小鳥のさえずりを聴きながらの食事会となりました。
ちょうど時刻はお昼時、運良く天候にも恵まれて、青い空と輝く太陽が私とクラインさんのハンバーガーオフ会を祝福してくれているようです。レモングラスの香りがするお手拭きで、手を清潔にしたらいよいよ実食。
「では、転生してから初めてのハンバーガー。頂きます!」
「ふふっ。いただきます」
流石はスマートなクラインさん、フォークやナイフを使わなくとも、上品な仕草でハンバーガーを試食。チーズ乗せのビーフパティを焼いたのは私だけど、はてさてお味は……?
「うんっ! トロンとしたチーズがコクのあるビーフパティとマッチして、食べ応えがありますよ。アボガドやトマト、レタスに絡んだオーロラソースも僕が昔食べたハンバーガーレシピに似たテイストです。美味しい……」
「あぁ上手くできたみたいで、良かった。では私も……はむっ。おぉっこれは……。転生前にどうしても食べたかった例の高級ハンバーガーショップの味に近いかも。これは……まさに」
「「地球のハンバーガーの味っ!」」
思わず二人でハモって出たセリフは、意気投合しているのかまったく同じもので。けれど異世界に転生してしまった私とクラインさんは、きっともう地球には二度と戻ることはないんだと思うだけで……。
気がつけば、ポロポロ、ポロポロと私の瞳から涙が溢れてました。頬を伝って唇に流れ落ちた涙はなんだかしょっぱくて、せっかくの味付けのテイストが変わってしまいそうです。
「マリッサさん……」
「うぅごめんなさい、クラインさん。せっかく楽しい食事会なのに、地球のことを思い出したら何だか涙が出てきちゃって。でもクラインと出会えて良かった……地球のことお話し出来る仲間が出来て」
「僕もですよ、地球のことは一生心に留めておくべきか悩みましたから。実はね……僕一度、ある女性と婚約破棄をしているんです。当時の僕は馬鹿で世間知らずだったから、相手の女性につい自分が転生者であることを話してしまったんです」
何処か遠い目で昔のことを語るクラインさんは、寂しそうな表情で過去のことをずっと気にしているようでした。
「その女性は、クラインさんが地球からの転生者だと知って、どのような反応を?」
「呆れたような目で僕を蔑みながら『異世界転生なんか認めない、あなたは悪魔に憑かれている。エクソシストを紹介してあげるから、婚約は破棄にしましょう……』と」
誰もが羨むイケメン公爵クラインさんとの婚約を破棄する女性がいるなんて、信じられないけれど。話ぶりからすると、嘘偽りない心のトラウマみたいです。
「……! そんな、悪魔憑きだなんて……けど、現地の異世界人からすると地球の存在なんて、認識出来ないのかしら? もう過ぎたことですし、元気を出してくださいっ。この異世界の人達がみんな地球を認めなくても私は、前世で過ごした地球を覚えています。私は、私だけは……クラインさんの味方ですっ」
するとクラインさんは、意を決した様子で私に手を握り、優しくゆっくりと懺悔するように話の続きをしてくれました。
「ありがとうマリッサさん。あの婚約破棄をきっかけに僕は異世界転生者が自分以外いないか、ずっと探していたんです。その人が女性だったら、運命の女性なんじゃないかって。そして、あなたに出会った。ピンク髪の可愛いらしい妖精のような女性が、僕と同じ異世界転生仲間だった。嬉しかった……とても」
いつか噂で囁かれていたクライン公爵は運命の赤い糸を信じているとか、前世を信じているという話は、きっと婚約破棄された時のエピソードが元になっているんだと、この時に分かりました。
「クラインさん、私もあなたに出会えて良かったです」
「あぁっ本当は……このままあなたに愛を囁いて、すぐにでも永遠の夫婦になりたい。僕は貴女のことを一目見た時に、好きになってしまったから。けれど……僕は怖いんです。この異世界で人を好きになるのが。ごめん……せっかくの食事、冷めちゃいますね。さあ、ハンバーガー会の続き……しましょう」
結局その後は、言いたいことは全てアイスティーで飲み込んで、ハンバーガーを愉しみました。あくまでも異世界転生者仲間という設定をお互い貫いて、お泊まり会の最終日を迎えることになります。
――そして、芽生え始めた恋心をお互い暗黙的に隠しながら、自分達が最も傷つかない形で結婚の約束を交わすことになったのです。