第二話 クラスメイト
入学式の翌日。基晴は教室の一番後ろの席でぼうっと教師の話を聞いていた。
「きみ達、つまりこの学校での一年生は主に宇宙開発全般の基礎を学びます」
壇上ではきはきと語るのは基晴のクラス、一年A組の担任となった、天野と名乗ったまだ30代程の男性教師だ。
「そこから就きたい仕事への資格取得に向けてクラスは分かれますが。宇宙関連の議論などは資格ごとではなく、このクラス全員で行う授業です」
小柄な体格に容貌にも迫力は無いが、しっかりと喋る声や生徒達を見つめる表情から、頼れる教師に見える。
「では、質問があれば職員室まで来て下さい」
そう締め括ると天野は教室から出ていった。初めての授業日なので担任教師の自己紹介と、教科や時間割の説明のみらしい。
帰り支度をはじめた基晴に、いきなり前の席の男子が大きな動作でこちらを向いた。
「おまえさ、昨日の見学会にも説明会にも居なかったよな?」
訊かれた声もでかいが体格もでかく、肥満体系ではないがワイシャツから覗く腕はがっしりと太い。外観も喋り方も暑苦しい体育会系で、基晴の苦手なタイプだ。
「うっ、うん……昨日はちょっと家が忙しくて」
大声の問い掛けに驚きつつも焦って答えたが、
「ふぅん。じゃあさ、おまえなんでこの学校に入ったんだ?」
質問を重ねられて「適当に決めた」なんて言えず言葉に詰まった。
「……比較の無い少人数指導、ってのが良いと思って」
昨夜の母との会話と同じく、入学式での校長の言葉を使ってごまかすと。
「そっかそっか。おまえ将来は何になりたいんだ? 宇宙関連でも色んな仕事があるじゃん」
「それは……まだ決めてないよ」
さらに答え難い質問をぶつけられ、顔を背けて答えるが。
「それなら、おまえと俺じゃ進路は違うかな。俺の夢はさぁ……」
見知らぬ相手は気にせず身体をぐんぐん近付けて話を進めてくる。なんだこいつ? 勝手に夢なんか語って来られても、黙って聞くしかないのか?
「こらこら、伊庭くん。まずはちゃんと自己紹介しなよ」
大声の喋りで押してくる男子と無言で引いている基晴の間に、自然とひとりの女子が入ってきた。
「あっ、そうだね、高浦さん。俺は伊庭賢司。名字呼びでも名前呼びでも、どっちでも構わねーよ」
デカい男子があたふたと自己紹介すると、伊庭と名乗った男子に注意した女子は微笑みながら、基晴に向かってすっと手を差し出す。
「自分は高浦汀っていいます。伊庭くんとは昨日の見学会で挨拶したの。これからよろしくお願いします」
高浦と名乗った女子は割に背丈が高く、肩程まである黒髪を緩く束ねていた。穏やかな口調と合わせて優しそうな雰囲気だ。
「う、うん……俺は天城、天城基晴。こっちこそ、よろしく」
女子との接触は苦手な基晴が彼女から差し出された手を握ると、透き通るように白い手首にやはり緊張した。
「でもさ、なんで将来の夢がまだ決まってないのに、ここに入学したんだ?」
基晴と高浦が自己紹介を終えたのを見て、伊庭がまた身を乗り出してきた。
「……宇宙関連の仕事に興味があるんだよ」
基晴が小声でそれだけ返すと、
「宇宙船操縦士は目指してないのか?」
また嫌な質問を投げてきたな。
「それは考えてない」
きっぱりと言い切った基晴に伊庭は首を傾げる。
「なんでだよ? 宇宙関連、っていったらいちばんは操縦士だろ。そりゃあ難易度もいちばん高いけどさ、将来の夢だったらいちばん大きく持てるし、夢が叶ったときの嬉しさや周囲からの反応もいちばんだろ」
この伊庭って奴、会っていきなり質問をぶつけてくるし、自分の理想論を大げさに語るし、でかい身体の割に厚かましいガキみたいな奴だな。
「……うっるせーな」
苛立ちが段々と増してきた基晴が呟くと伊庭は口を閉ざしたが、すでに怒りのスイッチは入っており。
「じゃあ、おまえはなんでこんな学校に入ったんだよ」
伊庭の顔を睨み付けて質問混じりの暴言をぶつける。
「一番、一番って、そんなに一番が好きなら、一番上の学校に入れば良かったんじゃないか? 例えば創世学園とかさ」
基晴の言葉に伊庭の表情も険しくなり。
「創成学園は……中学の成績から受験するのやめた」
その応えに少し戸惑ったが、もう心のスイッチを止めることも出来ず。
「ほらな、俺もおまえと同じだよ。一番にはなれないから、こんな学校で諦めて……」
基晴の言葉を遮るように、ドンッ、と大きな音が教室に響き渡った。
「……こんな学校、ってなんだよ!」
ふたりの間にある机を、伊庭の巨大な拳が強く叩いたんだ。「一番にはなれない」との言葉に怒ったのか。
「そりゃあ、宇宙関連の学校なら創成学園がいちばん有名だし優秀だろうな! でも、昔からの宇宙の歴史を大事にしてる創成学園よりも、新しい教育方法を大切にしてるわしづか専門学校の方がずっと良いんじゃないか!?」
伊庭の能力の低さを言ったことへの怒りではなく、「こんな学校」という単語に怒りを見せているのか。伊庭の感情はよく分からず基晴も睨み付けたまま黙っていると。
「おーい、伊庭ぁ、高浦さんが困ってるぞー」
のんびりとした声がこちらに響いた。
基晴がはっとして高浦を見ると、こちらを見つめる表情は苦笑しつつも泣きそうで、祈るように胸元で両手の指を絡ませている。
困惑するのも当たり前か、目の前で男子同士の喧嘩が始まってたのだから。
しかし、伊庭に忠告してきたのは誰だろう?
「きみたちさ、入学早々ケンカは止めよう。クラスの仲間同士仲良くしようよ」
にこにこ笑いながら基晴の隣に腰掛けた男子は、伊庭より小柄な体格だが骨太でがっしりしている。短髪でわりと整った顔立ちに落ち着いた口調の、大人びた雰囲気の男子だ。
「でも、美濃島さん、こいつ……」
伊庭は眉間に皺を寄せて基晴を指差した。伊庭がさん付けするってことは先輩か?
「さん付けで呼ぶのは止めてくれ、って昨日言ったろ? あとケンカは止めようぜ、高浦さんが困るし、俺も友達の争いは嫌だから」
「じゃあ、克洋さん、こいつは……」
「そんな呼び方も面白いな……っと、すまない。話がズレた。伊庭はうるさいって言われてたが、確かに会ったその日に質問責めされたら、ほとんどのひとは苛立つぞ」
克洋さん、と呼んでいた男が諭すと、
「そうですか……ごめんなさい」
素直に伊庭は頭を下げた。基晴には謝らなかったが。
「いやいや、学校での友達同士のトラブルはよくあることだし、ケンカ両成敗だから」
慰めるように伊庭の肩を叩いた男は、基晴に明るい笑顔を向ける。
「そうだ、俺が名乗るの忘れてたっけ。自分の名前は美濃島克洋。天城くん、これからしばらく同じクラスだな。どうぞよろしく」
基晴と同学年だったのか。しかし、いつの間に基晴と伊庭は友達同士になったんだろう?




