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第一章・堤防で釣りをしよう・その七

「今日はごちそうさまでした」

「おいしかった~」

 魚料理を食べ終わった頃には、日が暮れかけていました。

 部室小屋を出ると木ややぶで周囲は薄暗く、林道に入ったら真っ暗闇になるでしょう。

「ちょいと待ちな。校門まで送ってやる」

 あゆむが部室小屋の壁にかけてあったLEDランタンを取って、スイッチを入れました。

「結構明るいね~」

「大勢いる時ゃ懐中電灯より便利なんだぜ」

 そう言って、歩はランタンを八尋やひろに手渡します。

「えっ? ぼくが持つの?」

「俺はフラッシュライト使うから、八尋は後ろから足元を照らしてくれ」

 歩の懐中電灯は金属製で、三十センチ近くある大型のものでした。

「うわでかっ!」

「旧式なんだ。まあでも性能は保証つきだ」

「そうだ、エイヒレまだあるから持って行って。ご両親によろしくって」

 気配り上手な小夜理さよりに、お土産までもらってしまいました。

「マキエ、わりぃけど片づけ頼む」

「歩、今日はたぶんアレがある日よ。そろそろだと思うし、早めに帰ってきて」

「わかった」

「アレってなぁに~?」

「そのうちわかる。暗くなってきたし、ちょいと急ぐぞ」

「しゅぱ~つ! じゃあね~、さよちゃ~ん!」

「お世話になりましたー!」

 歩を先頭に歩き出す三人。八尋は殿しんがりを務めます。

 坂道は思った通り真っ暗で、獣道けものみち同然でした。

「そういえば釣り研究部って、ぼく以外は女子ばっかりなの?」

「八尋エッチな事考えてる~?」

「違うよ! 他に男子がいないか聞いてるだけ!」

「いねぇな。一人いるけど三年生だし、受験が終わるまで隠居中」

「そうなんだ……」

「女ばっかだと不安か?」

「そうじゃなくて……」

「八尋ったら、男のくせに男性恐怖症なんだよ~」

「恐怖症ってほどじゃないよ」

 中学生の頃、八尋はラブレターを三度もらいました。

 一通目は名前がなかったので、恐る恐る指定された校舎裏へ行ってみると、差し出し人は男子でした。

 しかも告白されました。

 そして風子ふっこは物陰で狂喜していました。

 二通目は男子の名前が書いてあったので、校舎裏に行きませんでした。

 そして風子は心底残念がっていました。

 三通目は女子の名前でしたが、男子の偽名だったら怖いので行きませんでした。

 そして風子はなぜか嬉しそうでした。

 それ以来、八尋は男子が怖くなりました。

 男子の視線が痛いのです。いつか襲われるかとヒヤヒヤします。

 クラスの男子は親切に接してくれますが、八尋も男なので、男は性欲に負けていきなり豹変する事があると知っています。

 男子が男子にナニをするのかは、風子がベッドの下に隠し持っていた薄い本で知っています(そして風子はそれを覗き見て狂喜しました)。

 だから怖くて近づけませんし、二人っきりなんてもっての外です。

 体育の授業など、男子しかいない空間ではストレスが半端ありません。

 なので昼休みや放課後は、風子とその友達としか一緒にいられませんし話せません。

 釣り研究部に男子がいないか聞いたのは、男子がいると部活に出られないからです。

「あっ、フンだよフン~!」

 道の真ん中に、動物のものらしき糞が落ちていました。

 もちろんけて通ります。

「エンガチョ~」

「やべぇな、こりゃイノシシのふんだ。しかも新しい」

「ここイノシシなんて出るの⁉」

「田舎だからなぁ。先月、部室の扉をぶち破られて……」

 この学校やばすぎです。

「あん時ゃサーモンバットをブン回して追い払ったんだが……そうか、また出やがったか」

「凍ったシャケをバットみたいに振り回したの~?」

「いや、北海道でサケをシメるのに使う小型のバット。木製もあるけど、うちのは伸縮式の金属製だ」

「ここって鮭なんて釣れるの?」

「釣れねぇけど趣味で買った」

「ヒャッハ~!」

 部室小屋はまさに世紀末。

 救世主はいません。

「……で、大きかったの?」

 八尋はなんだか怖くなってきて、ランタンを持つ手が震えました。

「百キロは軽く超えてたと思う。ありゃあ、ここらのヌシにちげぇねえ」

 そんな山のヌシを追い払う歩は、もっとやばい気がします。

「こわい~!」

 風子が嬉しそうにブルブル震えました。

「まぁ出くわしたら俺が守ってやるよ。フラッシュライトでぶん殴ってやる」

 歩は懐中電灯を逆手に持って、いつでも振り下ろせる体勢です。

「やっぱりそれ護身用だったんだ!」

 人間を殴ったら両手が後ろに回るやつでした。

「それで勝てるとは思えないけど……」

 三人まとめてねられる未来しか思い浮かばない八尋です。

「ぶん殴るってぇのは冗談だけど、ライトびせりゃ逃げるだろ」

「それって、こっちが先に見つければの話だよね?」

 そうこう話しているうちに林を抜けて、学校の校庭に出ました。

「もう大丈夫だ。ここならあいつも、そうそう襲っちゃこねぇからな」

 運動部員はもう誰もいませんが、照明塔はまだ校庭を明々《あかあか》と照らし出しています。

 ここならイノシシも警戒して近づかないでしょう。

「そうだ、いまさらだけど、お守りをやろう」

 歩が制服のポケットをまさぐって、赤地に金糸の刺繍が入ったお守りを出しました。

「うちは代々神社やってんだ。ほら、あの山」

 木々の向こうに、山と建物のシルエットが見えます。

「磯鶴神社。小せぇけど鎌倉時代からやってんだぜ」

「八尋、お参り行こうよ~」

「もう遅いからダメ。明日にしよう」

「いつでも歓迎するぜ。もっとも俺は大抵釣りやってるから、親父とお袋しかいねぇけどな」

「わかった。ところでそのお守り、いくらなの?」

 お尻のポケットをまさぐる八尋ですが、さっき着替えた時に、財布を制服のポケットに入れっぱなしだったのを思い出しました。

 そして制服は、風子が持っている紙袋の中にあります。

「金はいい。部員全員にタダで配ってんだ」

 そう言って歩は二人にお守りを渡します。

「部員の証だね~」

「神社で売ってるものだよ」

 すかざず八尋がツッコミを入れました。

 他にも持っている人がいるなら、部員証とはいえません。

「いや、こいつは特別製。文字通り釣り研部員のあかしだ」

「やた~っ!」

「まだ正式に入部してないけどね」

「どうせ明日入るんだし、いいじゃねぇか。それに今日は……おっといけねぇ」

「やっぱり、なにかあるの?」

「ひょっとして夜釣り~?」

「気にすんな。そのうちわかる」

「今度ちゃんと教えてよね」

 校庭の階段を上りながらお守りを見ると『磯鶴神社』と書いてあるだけで、交通安全とも釣り云々《うんぬん》とも書かれていません。

 ご利益りやく不明のお守りです。

「着いたぜ」

「お別れだね~」

「また明日会えばいいさ。そうだ、メアド交換しようぜ」

「いいよ~」

 ポケットからスマホを出す三人。

「今日は色々ありがとう。面白かった」

「あとおいしかった~」

「俺も楽しかったぜ。じゃあ、またな」

「あゆちゃんさよなら~」

「また明日」

 一度きた道とはいえ照明の少ない通学路は薄暗く、道を間違えて迷うかもしれません。

 そこで八尋はスマホのナビを起動、予め登録しておいた新居を指定して、別れの挨拶もそこそこに歩き出します。

「これからは毎日釣り三昧ざんまいだね~」

 風子が能天気な事を言い出しました。

「いや、せいぜい週三日ってとこでしょ?」

 毎日はさすがに大変だなあと八尋は思いました。

 八尋は体力がないので、疲れすぎると翌日寝込んでしまうのです。

「もうすぐ夏休みだから毎日だよ~」

「その前に期末試験あるじゃん……」

 風子の能天気発言で、嫌な事を思い出してしまいました。

 そろそろ本格的に試験勉強を始めないといけない頃合いです。

「そっか、明日から学校なんだ」

 八尋は新しい学校と新しいクラスメイトに不安を覚えていました。

 前の学校で、他の生徒たちに悪意を向けられた経験はありません。

 むしろ好意しかなかったと思いますが、八尋には、その好意こそが恐ろしいのです。

「……おっ、きたみてぇだな」

 遠くで歩が、なにか言ったような気がしました。

「あ……あれっ?」

 その時、八尋が見ていたスマホの液晶画面がらぎました。

 画面だけではなく、視界そのものがゆがんでいます。

「ね、姉ちゃ……」

「あはは~八尋ヘンな顔~!」

 立ちくらみかと思った八尋ですが、風子も同じ状況のようでした。

 黄昏時たそがれどきの風景が、さらに暗くなって、周囲の建物が沈んでグルグルと回転します。

「熱中症⁉」

 それなら風子と同時に起こる訳がありません。

 貧弱な八尋が先に倒れるのが道理です。

「じゃあ、まさか……さっきの魚に毒が⁉」

 お腹も頭も痛くはありませんが、フグの毒は神経の伝達を遮断して全身を麻痺させるとTVで観た覚えがあります。

 しかしマハゼに毒はなかったはず。

「ひょっとしてキュウセン⁉」

 初めて釣って食べた魚に毒があったなんてひどすぎます。

「いやいやあれは関西じゃ高級魚らしいし関西人に毒耐性でもない限りキュウセンにも毒はないはず……」

 そうですキュウセンに毒はありません。

 風評被害はいけません。

「じゃあエイヒレ……?」

 そんな事を考えてるうちに、意識が暗転しました。

 もちろんアカエイのヒレにも毒なんてありません。

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