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第四章・八尋和邇・その二

『あのヒラメ~、なかなか見つからないね~』

 逃げたヒラメ悪樓あくるは、ヒラシュモクザメの能力でも探知できませんでした。

 おそらく電磁波の通じにくい鉄材のかげにでも隠れているのでしょう。

小夜理さよりさん、翡翠しょうびんから八時の方角に、なにかいるよ。たぶんイソギンポかカエルウオだと思う」

 ロレンチーニ瓶の高い探知能力で魚種をしぼり込んでいますが、イソギンポとカエルウオは近縁種なので、それ以上の判別はできません。

『見えました。パックンチョ……イトヒキハゼですね』

 イトヒキハゼはハゼ科の小魚です。

 ふんが大きく、なんにでも噛みつくので、パックンチョの異名を持っています。

 獰猛どうもうな性格で釣りやすい魚ですが、狙って釣る人はあまりいません。

あゆむさん、そこの角にいるよ! 右に曲がったとこ!」

 小夜理がイトヒキハゼを捕捉したので、今度は歩のサポートに回りました

『サンキュ! あとは任せな!』

「ハゼとは違うみたい。海底を泳ぎ回ってる」

『たぶんシロギスだな』

 シロギスは砂地を超低空飛行で泳ぎ回る魚で、ハゼ科のように海底に貼りついたりはしません。

「よっしゃ、またジャリメのフリで誘おう」

 見つからないヒラメ悪樓は後回しにして、八尋やひろはヒラシュモクザメのロレンチーニ瓶をフル活用し、周囲の探索を優先していました。

 小魚(それでもマイクロバスほどの大きさです)を刺激しないようにサメを泳がせて、他のメンバーに悪樓の位置を教えるナビゲーターの役割をこなしているのです。

『サメの能力があってこそとはいえ、案外うまく誘導するもんだな』

 歩はインカムのダイヤルを個人通話用の直通回線に切り替えて、小夜理と内緒話を始めました。

 小夜理も回線を替えて応答します。

『意外な才能に目覚めたようですね。指揮というより情報支援が得意分野なのかもしれません』

 二人のいうように、八尋は変な素質を開花させつつありました。

 臆病な性格なのでボスやリーダーには向いていませんが、案内役に徹すると、なぜかやたらと手際がよいのです。

『位置情報の把握はあくに向いてるんだろうなぁ。しかも二次元じゃねぇ、3Dだ』

 これでコントローラーの操作がアレでなければ、プロゲーマーになれたかもしれませんが、運動音痴なので日常生活にはなんの利点もありません。

【神は二物を与えず】といいますが、二物がそろわないと役に立たない才能でした。

 でもいまは、足りない分をヒラシュモクザメがおぎなってくれています。

『いい相棒にめぐまれたって事なんだろうなぁ。俺もあいつ使ってみてぇ』

『イトヒキに仕掛けます。回線切りますね』

『わかった。幸運を祈る(ゴッドスピード)

 回線を切り替えて、歩は目の前のシロギス釣りに集中します。

『さてと、八尋とサメのおかげで、だいぶ楽にゃなったけど……』

 江政こうまさの街は開店中の商家が多く、穴や石の隙間を好むハゼ類にとって絶好の隠れ場所になっていました。

 でも位置がわかるなら釣るのも簡単。

 悪樓のいる店舗の前で宝珠の魚をクネクネさせればいいのです。

 幸い開いている商店には、大きなひさしや雨除けの布が張ってあり、日陰が多く、悪樓を誘い出すのも容易でした。

こうなれば悪樓殲滅(せんめつ)は時間の問題です。

『これはこれで面白おもしれぇけど、すぐ飽きちまいそうだなぁ……』

 釣りの醍醐味だいごみを八尋に奪われたと気づいてボヤく歩。

『文句いわないの。あまり時間は残されていませんしね』

 回線をフリーに切り替えただけなので、小夜理との通信は続行中です。

 ヒラメは明け方と夕方に積極的な捕食活動を行う魚で、基本的には夜行性。

 そのため日没がタイムリミットとなるハゼの仲間やシロギスの駆逐を優先する事になりました。

 ヒラメ釣りは日が暮れてからでも問題ありません。

『四十五匹目~。もう疲れたよ~!』

 釣っても釣ってもキリがないのがハゼ釣りです。

 歩や小夜理はともかく、初心者の風子ふっこは気力の限界をむかえていました。

 要するに飽きたのです。

『仕方ねぇな。八尋、おぇも参戦しろ』

「ええっ⁉ でもこんな大きな魚じゃエサにならないよ?」

 十倍サイズのヒラシュモクザメでも、百倍サイズのハゼ悪樓よりはるかに大きいのです。

『喰われるんじゃなくて、喰えばいいじゃねぇか』

「そんな事したら殺しちゃうよ!」

 さっきのギンポを思い出して、八尋は足がすくみました。

 アッと気づいてパクッと喰われて、それでおしまい。

 そんな思いは二度と御免です。

 食べる方になるのも絶対に嫌でした。

『噛みちぎれとも飲み込めとも言わねぇ。口に含んでサメごと引き上げろ』

「……そっか。やってみるよ」

 ヒラシュモクザメの超感覚で手近な獲物えものを探すと、ほどなくハゼらしき悪樓が狭い路地にひそんでいるのを発見しました。

「どうしよう。これ、ぼくのヒラさんじゃ建物ごとつぶしちゃうよ」

 シュモクザメのサイズでは、木造家屋なんて紙屑かみくず同然です。

「これは後回しかな…………あっ!」

 その時、ロレンチーニ瓶が大型の魚をとらえました。

 さっきのヒラメ悪樓に間違いありません。

「例のやつ見つけたよ! 大通りにいるみたいだし、やってみる!」

『ちょっと待て、まずは周回して偵察だ。俺もすぐそっちに向かう。おとりになって小ソゲを動かすから、八尋は背後から忍び寄って喰いつくんだ』

「……ちぎれちゃわない?」

『小ソゲは骨がかてぇから、加減すりゃ大丈夫だろ』

「できるかな……?」

『釣れる時に釣れ。あいつはサメが捕捉してるいましか釣れねぇかもしれねぇんだ』

 歩の言葉で、八尋はできるできないの話ではないと気づきました。

『できなきゃ、フグみてぇな毒魚を食わせて殺すしかねぇ』

「それは嫌だ! ぼくがやる!」

 ギンポを殺した魚とはいえ、殺してしまうのは抵抗があります。

「ヒラさんも行けるっていってる!」

 ヒラシュモクザメを使えば、失敗しても犠牲はヒラメ一尾だけ。

 成功すれば生きたまま捕獲できるので、八尋に選択の余地はありません。

『ちょいと待ってろ。こっちの宝珠をトラギスからハオコシに切り替える』

 ハオコシはハオコゼの地方名で、背ビレに毒トゲを持つカサゴ科の小魚です。

 堤防釣りでは厄介極まりない邪魔者ですが、ヒラメに喰われてもトゲに守られ吐き出されるので、おとりや偵察に最適なのです。

「ヒラメはまだ動いてないよ。こっちに気づいてないと思う」

 しばらくするとシュモクザメの探索領域からトラギスの反応が消失して、代わりに別の小魚が現れました。

 体内電流の反応が小さいので、おそらく歩のハオコシでしょう。

『いま小ソゲの前に出た』

「わかるの?」

 ヒラメは擬態ぎたいで隠れるのが得意な魚です。

『両目を確認した』

 カモフラージュ中でも、突き出た眼球は隠せません。

 目を閉じれば完全に隠れますが、ハオコシを警戒して擬態を忘れたようです。

『小ソゲと俺のハオコシの位置はわかるか? いま俺のハオコシは小ソゲと正対してる。それであいつがどっち向いてるか、わかるだろ?』

「うん。後ろに回り込めばいいんだね」

 八尋は巨大なサメを、ゆっくりと泳がせました。

 あまり近づくと気づかれる可能性がありますが、いまならヒラメ悪樓の注意がハオコシに向いているので、上手く行けば不意を突けるかもしれません。

『あいつハオコシを知ってるみてぇだな』

 ヒラメ悪樓は、歩の魚を凝視しています。

 それは後方がおろそかかになっている証拠でもありました。

『……ちょいと脅かしてみっか。小ソゲが浮いたら喰いつけ。素早いけど逃がすなよ』

「ヒラさんの半分くらいあるね。これ、噛みついても引き上げられないんじゃない?」

 あごの力加減が難しそうです。

 ヒラメ悪樓を殺したくない一心で、八尋は一生懸命に捕獲の方法を考えました。

「そうだ針! 針で引っかければ、喰い千切る心配ないよ!」

『その手があったな! あんまりでけぇんで、すっかり忘れてたぜ!』

 歩がポンッと手を打ちました。

『ちょいと力んでハリ出してみろ。腹に出たら行けるかもしんねぇ』

 宝珠の魚は種類によってはりの場所や形状が異なるので、追い抜きざまに引っ掛けるなら、鈎がお腹に出ないといけません。

「ふぅんっ…………出たよ。お腹にも出たと思う」

 出るには出ましたが、サメの視界に入らないので八尋にも見えません。

『腹のはたぶんトレブルフックだな』

 ギンポの尾ビレにもついていた、いかりのような三又の鈎でした。

「なんかブラブラしてる……」

『ラッキーだったな。これなら引っかかる可能性はたけぇぞ』

「これって、やっぱり突き刺すの? 痛いんじゃない?」

『ここまで来て小ソゲの心配かよ……』

 あきれる歩ですが、八尋の気持ちはわからなくもありません。

 釣り師は釣った魚を放流リリースする時など、弱らないように優しく扱う事があるのです。

いてぇだろうけど心配すんな』

「でも痛いんでしょ?」

 八尋は痛いだけでなく、痛そうなのも苦手でした。

『いままで散々ブッ刺してきたじゃねぇか。それに堤防で釣ったハゼ食っただろ? 普通は釣ったら殺しちまうんだぜ?』

 釣りには殺生がつきものです。

 それは釣り人にとって避けられないごうでした。

『あいつは捕獲に成功すりゃ死なずに済むんだから、いてぇくらいでグダグダ言うな! 根性入れてグサッと行けグサッと!』

 どのみち捕獲できなければ、殺すしかないのです。

「……わかった、やるよ」

 八尋は覚悟を決めました。

『ただし八尋のサメはでかすぎて、たぶん俺たちにも引き上げられねぇと思う』

「ええと、ヒラメ悪樓が百トンだとして、ヒラさんの重さが……」

『違う違う。俺たち蕃神ばんしんには元の重さが重要なんだ。八尋のサメは元が約五メートルでたぶん四百キロくれぇだから、引き上げるなら四百キロをぶっこ抜く腕力がいるな』

「そんなの無理だよ!」

 宝珠の魚や悪樓はスケールが十倍百倍になりますが、竿にかかる力は原型となる魚の重さ分なので、八尋たちの世界で五メートルのサメを釣るのと同じ牽引力が必要です。

『悪樓は百万倍の重さになるから、実際の重量は合わせて約五百トンだ』

『そんなの甲板に乗せたら……』

『艦がひっくりけえるな。だからハリをかけ次第、翡翠しょうびんに向かってつっ走れ。ジャンプさせて、小ソゲだけを飛行甲板に放り込むんだ』

「そんな無茶苦茶な!」

『詳しい説明はあと回しだ。仕掛けるぞ!』

 歩のハオコゼが、ヒラメ悪樓に正面から突撃。

 脅かすどころか鼻先に飛び込んで、両目の間に毒トゲを盛大に突き立てました。

『わっひょ~~~~っ!』

 ハオコゼの背ビレには、捕食者をらしめるための、ペプチドの一種やヒスタミン系の毒素を持っていて、刺されると猛烈な痛みが数週間も続くのです。

 驚愕きょうがくと苦痛で暴れるヒラメが、海底から浮き上がりました。

『よしいまだ! やれっ!』

「わふっ、うわぁ~~~~っ!」

 気の抜ける声と共に巨大なサメを前進させる八尋ですが、その動きは緩慢かんまんでした。

 時間をかけて加速すれば、それなりの速度になるかもしれませんが、狭い市街地では巨体ゆえに自由がきません。

「うわっ、すごい暴れっぷり。ちゃんと針かかるかな?」

 八尋はヒラメに向けて慎重に狙いを定めます。

『追い抜きざまに引っかけようなんて思うな! 上から押さえつけろ!』

「いっくよー!」

 思い切ってドカンと着底させると、思惑通りに鈎がかかりました。

 ヒラシュモクザメはアカエイにしかかって捕食する習性があるので、その行動は慣れたものです。

 八尋は神楽杖から伝わる感覚から、ヒラメの背ビレ近くに刺さったと確信しました。

「かかったよ!」

『スレがかりは重くなるから気をつけろ』

「スレがかり?」

『背がかりともいう。背中にハリがかかる事だ』

 大物だと思ったけど釣り上げたらスレがかりの小物だった、なんて話はよくあります。

 逆に言えば、スレがかりは小物でも引き上げるのが難しくなるのです。

「うん、頑張る!」

 浮上すれば中層建築以外の障害物は存在しません。

 八尋は進路を翡翠に向けてヒラシュモクザメを加速させました。

『こっちのハオコシは宝珠に回収した! 遠慮なく甲板に叩きつけろ!』

「釣ってる途中で回収なんてできるの⁉」

 甲板で回収できるのは知っているし実践もした八尋ですが、魔海の中でもできるとは思いませんでした。

『あったりめぇだ! 翡翠にぶつける前に消さねぇと、艦橋が潰れちまうぞ!』

「もっと早く言って欲しかったよ!」

 どこにいても宝珠を回収できるなら、喰われている最中でも可能なはず。

 八尋がそれを知っていたら、ギンポを死なせずに済んだかもしれません。

『そっか……わりぃ、もうちっと早く説明しとくだった』

「……ううん、仕方ないよ。運が悪かったんだ」

 八尋は歩のネズッポもヒラメ悪樓に噛みちぎられて殺されたのを思い出しました。

『そういってもらえると助かる』

 食う食われるは魚類の宿命なのです。

『そうそう、落下地点から離れとけよ』

 ヒラメ悪樓による落下の衝撃と甲板の損害は、ハゼの比ではありません。

「そうだった! 逃げなきゃぼくがつぶされちゃう!」

 慌てて飛行甲板から離れ、後部甲板くをうたあでっき昇降口はっちへと走りました。

 ここなら傾斜梯子らったるを使って、いつでも艦内に退避できます。

『艦長! 翡翠を海面ギリギリまで降下させろ!』

 八尋たちの動きに、露天艦橋ふらいんぐぶりっじに戻っていた宝利命ほうりのみことが即応しました。

 巨大なヒラメ悪樓を抱えての跳躍では、大した高度が得られないと考えての要請です。

了解あい・あい! 魔海上半間(はんげん)(九・一メートル)まで高度下げ! ついでに残りのあんかあも全部降ろしとけ!』

 翡翠が浮揚機関の出力を下げて高度を落とし、多数の錨で空中に固定しました。

『総員、衝撃に備えろ! とてつもないのがくるぞ!』

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