第一章・堤防で釣りをしよう・その一
少年は矮躯でした。
やせっぽちでした。
身長も低く、下手をすればクラスの女子すら下回ります。
朝礼の列も教室の席でも、他人に先頭を譲った試しがありません。
筋肉のつきにくさに至っては絶望的で、成長期は始まらないうちに終了したようです。
小鳥のような小食で、給食やお弁当はお昼休みに入っても終わりません。
体を鍛えようにも、体育の準備運動にすらついて行けません。
筋肉が超回復せず、無理をすると熱を出したり、筋や関節を痛めてしまうのです。
とりあえず最低限の健康だけは維持できているのが救いでした。
肌は磁器のように白く、髪もシュークリームのような亜麻色でゴールデンハムスターの渾名を頂戴しています。
担任の先生に『髪を黒く染めろ』と言われた事もありましたが、クラスメイトが守ってくれなければ、どうなっていた事か。
おまけに女顔の女声で、最近は男子の視線が怖くて仕方ありません。
体育の着替え中は目を逸らしてくれるのですが、その行為自体が怖すぎます。
そのせいか同性の友人を作れず、いつも双子の姉と一緒に行動していました。
名前は稲庭八尋。
もちろん男の子です。
「八尋~、まだ対戦してるの~?」
双子の姉である風子に声をかけられました。
いままでクレーンゲームに熱中していたのか、景品の入ったポリ袋を提げています。
「勝ってる~?」
大型筐体の横から覗きこんできました。
「ううん全然」
駅前のゲームセンターでロボットものの対戦アクションゲームをしていたのですが、初心者の八尋は、対戦どころか操作もろくにできない有様でした。
風子に声をかけられて集中が切れ、すでに負けは確定。やる気も失せています。
「古そうなゲームだね~」
対戦中の会話は相手に失礼な気もしますが、その対戦相手も腕の差がありすぎてテンションが落ちているのでお互い様。
それどころか、あからさまに手加減されています。
『頼むからこのゲーム続けてくれよ』という怨念すら感じました。
「昔のゲームって、どうしてこんなに操作が難しいの?」
そもそもロックオンすら難しいのです。
パッドコントローラーに慣れた一般市民を、いきなりスティック2本で戦わせるなんて、狂気の沙汰としか思えません。
きっと当時のメーカーさんは斬新なゲームを求めすぎて、魔道に堕ちてしまったのでしょう。
「あっ、死んだ~!」
画面外から大型ミサイルが飛んできて、ぶっとぶ自機。
「ろくに動かせなかった……」
なにも知らずに始めたとはいえ、対戦を挑んだのは八尋の方です。
もっともスタートボタンの連打で、たまたま対戦を選んでしまっただけなのですが。
「終わったなら、もう出ようよ~。行きたいところができちゃった~」
ゲーム筐体の座席から力づくで引っぱり出されました。
風子は八尋と大して背丈が変わらないのに、腕力は上なのです。
「どこ行くの?」
引きずられながら聞く八尋。
「学校に行くんだよ~」