第三章・魔の海で釣りをしよう・その二
翡翠の左右に張り出した広大な後部飛行甲板には、船べりどころか舷側手すりすら存在しません。
「ひえぇ……」
八尋は小型の揚降装置にしがみついていました。
びゅうびゅうと吹き荒れる海風に煽られて、いまにも吹き飛ばされそうです。
あとパンツ穿いていないので股間がスース―します。
「怖すぎるよこれ……」
『それ、わかります。救命具なしで堤防に立つのは怖いですよね』
八尋の怯えを悟った小夜理が慰めてくれますが、なんの気休めにもなりません。
『そんな時ゃ胡坐をかけ! 座りゃ転ぶ心配はねぇ!』
「う、うん……それならやれるかも」
座ると足元が見えなくなるので、恐怖心を多少は抑えられそうです。
木製の甲板は、直射日光に照らされても鉄板のように熱くならず、ほんのりとした温かみがありました。
『準備できたか? それじゃ釣り竿と宝珠を出してみろ』
「わかった」
『おっけ~』
八尋たちの巫女服は和洋折衷なのか、腰紐の代わりに革製のベルトがついていて、神楽杖のホルスターと複数のベルトポーチが装備されています。
ポーチの中には、歩が適当に選んだ宝珠がいくつか納まっていました。
「どれがいいかな……?」
『今回の魔海は底が浅ぇ。たぶん小物が複数ってとこだな。確かギンポあったろ?』
ギンポと書かれた紙包みは、すぐに見つかりました。
「この薄茶色っぽいやつ?」
『そうそうそれそれ。そいつをリールの先につけて投げろ』
宝珠を白い神楽杖に装着すると、カチリと鳴って宝珠が固定されました。
そこで八尋はリールに糸巻きがない事に気づきます。
「これ糸ついてないよ!」
『見えねぇだけで、ちゃんとついてるから安心しろ。障害物の影響を受けずに釣れるから、初心者にも扱いやすいんだ』
ちなみに歩の神楽杖は、リールにブレーキレバーのついた上級者向けで、玉網媛に特注させたカスタム品で、袴と同色のモスグリーンに塗られていました。
糸にかかる抵抗をレバーで調節できる、磯釣りスペシャルです。
『歩ちゃん、わたしのポーチにギンポないよ~?』
『そうだったか? じゃあトラギスでいいや。ピンクで黒っぽい縞々《しましま》があるやつ』
『あった~!』
『じゃあ二人とも投げてみろ。やり方は堤防で教えた通りだ』
「うん、わかった」
『じゃあ投げる~』
艦橋の向こう側で、風子も釣りの準備を始めたようです。
遅れまいと、八尋も慌てて竿を振りました。
ハゼ釣りで散々やったので、いまさらキャスティングに手間取ったりはしません。
「わあぁっ⁉」
投げた瞬間、宝珠から二メートルほどの魚がドカンと飛び出しました。
茶色でウナギを短くしたような巨体が、青い光を纏って放物線を描きつつ、魔海へと勢いよく飛び込んで行きます。
「なにこれー⁉」
宝珠がそのまま飛び出すと思っていた八尋は、びっくり仰天しました。
「魚が飛ぶなんて聞いてないよ!」
リールを見ると、中身の抜けた宝珠が黒く変色しています。
『宝珠の中身だ! そいつをエサにして悪樓を釣り上げろ!』
「ええ~~~~っ⁉」
生餌を使った釣りは初めてです。
八尋はちょっと……いえ、大層不安になりました。
「あの大きさでもエサなの……?」
そんなモノで一体ナニを釣れというのか。
『投入したら宝珠に集中してみろ。面白ぇぞ?』
「えっ…………あれ?」
言われた通りに集中すると、脳内に突然、海中の光景が広がりました。
「うわぁ~~~~っ⁉」
焦点がうまく合わず、ぼんやりとしていますが、視野はかなり広く、真後ろと真下以外は全て見渡せています。
『凄ぇだろ? 魚は視力こそあんまりねぇけど、色覚細胞の種類は人間より多いんだ。紫外線だって見えるんだぜ』
『私たちには知覚できませんけどね』
歩の説明に、小夜理が補足します。
魚の視覚と同調しても、人間の脳では紫外線領域をうまく解析できません。
でも視界が紫がかっているので、全く見えない訳ではないようです。
「でも意外と明るくないね。それにモノクロっぽいし……」
光っていたはずの魔海ですが、中に入ってみると普通の海のように薄暗く、青紫一色に染まっていました。
『海は日光の青味が水に溶け込んで、赤いもんが見えなくなったりするんだ。たぶん魔海も似たようなもんじゃねぇかな?』
しかも視野の上下で色覚が違う気がします。
『おお~っ』
風子も同じような景色を見ているようで、感嘆の声を上げました。
『なんか海藻とか生えてる~』
海底に沈んだ建物に、岩やフジツボが付着していました。
「街全体が漁礁みたい……」
『そいつは見せかけだ』
「幻みたいなの?」
『一応当たり判定はあるから気ぃつけろ』
「わかった。あと魚って、あんまり遠くは見えないんだね」
『グニャグニャで目が回りそう~!』
それは魚眼だからです。その代わり広範囲を探れます。
『あまり視覚に頼ると目ェ回すぞ。魚は音で危険を察知するんだ』
「耳を澄ますんだね」
八尋は両耳に意識を傾けました。
『違う違う。魚は側線、つまり側面に並んでる特殊な鱗で音を聞くんだ。全身を使う感じで聞いてみろ』
魚にも耳はありますが、小脳の内側にある内耳には、平衡感覚を司るジャイロの役割しかなく、聴覚は側線に頼っているのです。
「全身ねえ……?」
潜水艦のパッシブソナーみたいなものですが、軍事に疎い八尋にはよくわかりません。
「あっ、なにかいた!」
ギンポを振り向かせると、縞々のあるハゼのような魚がいました。
『それ、わたしのトラギス~』
ギンポの眼は横にあるので立体視が難しいのですが、風子のトラギスはギンポより少し小さく見えました。
ハゼの親戚みたいな体形で、ちょっとだけ獰猛そうな顔をしています。
本来はピンク色で茶色の縞模様があるのですが、海中では赤系の色がよく見えず、風景に溶け込む保護色になっていました。
『ギンポってカワイイんだね~。ドジョウみたい~』
実はウ〇チと言いたかった風子ですが、はしたないので言い換えました。
「ドジョウ? 二メートルくらいあったよ?」
『でっかくなってんだ。実際のギンポは二十センチくれぇじゃねえかな』
ほぼ十倍のスケールアップです。
『宝珠から出るのは、ちょいとでけぇが俺たちの知ってる魚と同じだ』
「ふぅん……で、歩さんはなに使ってるの?」
『ネズッポ。ネズミゴチの仲間なんだが……まあハゼみてぇなもんだ。マキエはシロギス使ってる』
「シロ……キスなの?」
キスといえば天ぷらに使われる定番で、白身でおいしい小魚です。
『かかりました!』
一番にヒットしたのは小夜理でした。
『なにがかかった⁉』
『ジャリメのフリをしてジタバタしていたら、いきなり後ろからパックリやられたのよ。釣り上げて確認するしかないわね』
八尋が意識を自分の視覚に戻すと、小夜理が海面から突き出した建築物を八艘飛びの要領で蹴って、連続ジャンプで翡翠に戻ってくるのが見えました。
『結構小物ね。やっぱりハゼかしら?』
『やっぱ一匹や二匹じゃねぇみてぇだな。大量にいたら厄介極まりねぇぞ……』
ハゼがいくらでも釣れるのは、昼間の堤防釣りで経験済みです。
『砂地の魚なら、カニやエビの宝珠でも釣れそうね。色々やってみましょう』
小夜理が八尋のいる左舷飛行甲板の後端に着地しました。
『これくらいの引きなら、ゴボウ抜きでも行けますね。よっと!』
小夜理が神楽杖をグイッと立てると、見えないはずの釣り糸が一瞬だけ光りました。
海中の魚が一気に引き上げられます。
「うわっ、とっとっと……」
同時に翡翠が大きく揺れて、八尋は危うく飛行甲板からずり落ちそうになりました。
「うわあぁぁぁぁっ!」
海面から盛大に飛び出したのは、八尋の知っているハゼではありませんでした。
マイクロバスを超える大きさと、おそらくそれに見合った質量を持っています。
「なにこれーっ⁉」
大まかな形はハゼと言えなくもありませんが、灰褐色で黒い斑点を持ったトゲだらけの禍々《まがまが》しい魚体は、魚というよりゲームのボスキャラみたいです。
全身に走る継ぎ目のような隙間から、黄緑色の光が漏れ出していました。
『約十メートル……小物ですね』
「これで小物なの⁉」
ゴボウ抜きされたハゼ(?)が飛行甲板に落下して、その衝撃で翡翠が盛大に揺れて木材が弾け飛びます。
「きゃふぅっ!」
揚降装置に掴まって甲板からの転落だけは免れた八尋ですが、股間のアレを失っていなければ、縮み上がって漏らしちゃったかもしれません。
『やっぱりマハゼでしたね』
化物ハゼは甲板に引き上げられると、その巨体が蒸気と共に萎み始めます。
『悪樓は水揚げすると動かなくなるのが面白くありませんね。食べられませんし』
煙の中から現れたのは、小さな小さなマハゼでした。
八尋の記憶にも新しい、ごくごく普通のマハゼです。
「あわわわわわわわわ……」
弾け飛んだ木材が頭のすぐ横を通り過ぎて、八尋の顔から血の気が失せました。
『あらごめんあそばせ』
「……ここにいたら死んじゃう」
小さな揚降装置では盾になりません。
木材だけでなく、それを止めるネジも砲弾のように飛び出すので、近くにいたら八つ裂き間違いなし、たちまちツナ缶にされてしまいます。
「そうだ障害物……隠れて伏せないと」
慌てて別の釣り座を探す八尋。
飛行甲板の隅に双繋柱(ロープをかける二本の円柱)を見つけて、おっかなびっくり四つん這いで避難しました。
『さて、次は八尋の番だな』
「ええっ、ぼく⁉」
意識をギンポに戻すと、目の前に巨大なハゼ悪樓がいました。
頭部上面に突き出たカエルのような両目に『おいしそう』と書いてあります。
「たっ、助けて……!」
すぐ近くに風子のトラギスがいますが、助けてくれそうにありません。
それどころか、ほくそ笑んでいるようにも見えます。
『エサなんだから、ちゃんと食べられなきゃダメだよ~』
『動かなけりゃ、つつかれる程度で済んだんだけどなぁ』
ギンポのクネクネした挙動に、ハゼが捕食本能を刺激されたようです。
一瞬でパックリと飲み込まれました。
「わひゃあっ!」
竿先がプルッと震えます。
「わあっ放して話せばわかるーっ!」
丸呑みされたギンポと同調している八尋は、動揺で釣りの事をすっかり忘れています。
『全身に力を籠めろ! 力んでハリを出せ!』
「ええっ⁉ 針⁉」
なにがなんだかわからない八尋ですが、言われた通り力の限り暴れると、ギンポの胸ビレと尾ビレから湾曲した鈎が現れました。
そして、その全てがハゼの口内に突き立ちました。
鈎がかりするほど深くは刺さってはいませんが、驚いたハゼがギンポを吐き出そうとエラを膨らませます。
「あっ!」
ハゼはギンポを吐き出しきれませんでした。
ギンポの尾ビレに生えた錨型の鈎が引っかかって、ハゼの口吻を貫通したのです。
『かかったみたい~。よかったね~』
周囲が見えない八尋に代わって、風子が実況中継します。
ハゼ悪樓が暴れて竿先がプルプル震えました。
「そうだリール! ハンドル回さなきゃ!」
立ち上がって神楽杖のハンドルを回すと、鈴がシャリシャリと心地よく鳴り響きます。
「あれ? そんなに重くない……?」
巨大な見た目に反して、妙に引きが弱く感じるのです。
神楽杖の穂先がプルプルと震えるだけで、引っ張られる感触がありません。
『ハゼは頭を振るだけだからなぁ』
「そんな問題じゃないよ! 軽すぎるよ!」
これでは堤防で釣った普通のハゼと変わりません。
まるで小魚のように軽く、初心者の八尋にも簡単に釣れそうです。
『こっちの人たちならクレーンが必要でも、俺たちにゃ小魚同然だ』
ハゼの引きは八尋にこそ弱く感じますが、翡翠はその重さで揺れに揺れていました。
八尋が重さを感じないだけで、実際の重量は約二十トン。
満載時の大型トラックほどもあるのです。
『これが蕃神の力ってもんだ』
どんな仕掛けがあるのか足は甲板に貼りいて、八尋の体をがっしりと支えています。
竿とリールにかける力加減で揺れを制御できるので、八尋は転ぶ危険を顧みずハンドルを回しました。
「これって、さっき言ってた神力なの?」
喋りながらもリールを巻く手は緩めません。
初心者とはいえ、八尋も釣り人の端くれなのです。
『いや、神力は魔海じゃ使えねぇ』
「じゃあ、なんなの⁉」
『こいつは釣力だ‼ 神楽杖を通して使う、蕃神だけの特殊能力だ‼』
「釣力⁉」
『叫べ八尋! 釣力招来ッ‼』
「ちょ……ちょうりき、しょうらい⁉」
ここが引き揚げ時と判断して竿を立てると、魔界の海面に大きな飛沫を上げてハゼが飛び出しました。
「うわぁ……っ!」
頭上を飛び越える巨大な魚に歓声を上げる八尋。
その巨大魚は高角砲の上に落ちました。
バウンドして飛行甲板の着艦拘束装置に激突するハゼ悪樓。
「やっちゃったー!」
巨大なハゼの質量をまともに喰らった天蓋つきの単装高角砲が、ぐしゃりと潰れて砲座ごと大破しました。
「これ、いくらするんだろ……?」
飛び散った破片が八尋の足元を掠めますが、さすがに気にしてはいられません。
「確か兵器って、ものすごく高いんだよね……?」
高角砲本体だけでも、都内で土地つき一戸建てが新築で買えるくらいの値段です。
『き、気にするな。なんなら釣り上げるたびにぶち壊しても構わんぞ?』
露天艦橋から通信で八尋をなだめる宝利命ですが、あまりフォローにはなっていません。
むしろ罪悪感が倍増しました。
「以後、気をつけます……」
しゅんとする八尋。
『できれば飛行甲板に落としてくれ。そこなら広くて頑丈だし修理もしやすい』
「壊しちゃうのは一緒なんだね」
『考えても始まらん。いまは悪樓を退治し魔海を消すのが最優先だ。住民の安全と生活がかかっておる……頼む』
その口調には、悪樓退治に直接参加できない無念さが滲み出ていました。
「……わかった。まだ加減がよくわかんないけど、頑張る」
気を取り直す八尋ですが、そこで釣り上げたハゼ悪樓が気になりました。
食べられないとは聞いていますが、釣った魚に興味が沸かない訳がありません。
「あれ? これってマハゼとは違うような……?」
蒸気が消えて小さくなった獲物を確認すると、ハゼとは似て非なる魚でした。
「サビハゼですね」
釣ったマハゼと自分の宝珠を回収していた小夜理が教えてくれました。
「ハゼの仲間なの?」
マハゼと違って茶色が薄く、体形はスラリとしています。
「属は異なりますが、同じスズキ目ハゼ科の魚です。顎ヒゲが二十四本もあるんですよ」
そう言われても、縮んで小さくなったサビハゼの、これまた小さくなったヒゲの本数を数えるのは無理な話です。
ちなみにマハゼにヒゲはありません。
「大きいうちに見とけばよかった……」
「また釣ればいいんですよ」
「それもそうか…………あっ!」
その時、小さくなったサビハゼに変化が現れました。
泥のような茶色だった体表がみるみる透明化して、消滅してしまったのです。
あとには薄茶色で紡錘形の、瑪瑙のような縞模様の鉱物が残されていました。
「これって……宝珠?」
「そうです。私たちが使っているのと同じものです」
「じゃあぼくたち、悪樓で悪樓を釣ってたの⁉」
悪樓に喰いつかれて背筋が凍ったのを思い出し、震え上がる八尋。
「こうなったらもう悪樓ではありません。私たちの仲間です」
確かに宝珠から飛び出したギンポは、八尋の手足のように……いえ、それ以上の働きをしてくれました。
「その宝珠、すぐにでも使えますよ。試してみます?」
「どうしようかな……?」
宝珠を拾い上げる八尋。
その時、宝珠の傍でじっとしていた巨大なギンポの、つぶらな瞳と目が合いました。
全身ヌメヌメしていますが、愛嬌のある顔をしています。
「……いや、ギンポを使うよ。なんだか可愛いし」
「それもいいですね。この魚形ならソフトルアーのように扱えますよ」
「ソフトルアー?」
「虫や小魚のフリをさせる、柔らかい樹脂製の疑似餌です」
確かにギンポは、虫エサのように見えなくもありません。
くねらせると魚が本能で喰らいつきそうです。
「堤防で八尋くんが使ったのも、ソフトルアーの一種なんですよ」
ジャリメを模した人工エサの事です。
「ところで釣った宝珠って、使わない分はどうなるの?」
始めたばかりなのに、すでに二つも宝珠が手に入っています。
悪樓釣りがこのペースで、しかも古来より行われていたのなら、木箱に入っていた宝珠より遥かに多くの悪樓が水揚げされているはず。
「ひょっとして、倉庫とかに封印されちゃう?」
昔の映画で見た、ラストシーンの巨大倉庫を思い出しました。
「石になっちゃったけど、これ、生きてるんでしょ?」
八尋はサビハゼの宝珠を拾い上げました。
宝石みたいにキラキラしている訳ではありませんが、オトコ心を刺激する光沢を持っています。
「ハゼみたいな小魚は、いくらでも釣れますからね。余ったのは船や自動車の動力になるらしいですよ」
「そうなんだ……」
弥祖皇国の住人にとって、宝珠は貴重なエネルギー資源であり、魔海発生は災害であると同時に、豊漁の祭りでもありました。
神気が通じず呼吸もできない死の空間に棲む悪樓ですが、宝珠に変えれば、大気中や海中の神気を神力に変換する、動力機関の要石として利用できるのです。
ものを浮かべたり移動させる事も可能で、翡翠や玉髄にも、浮揚機関や推進機関に多数の大型宝珠が内蔵されています。
さらに機関の宝珠が出す高熱を利用して、蒸気タービンによる発電も行われています。
その電力は照明や通信機はもちろん、掲揚幹の巻き上げ機や錨鎖の巻取り機にも使用されていました。
『俺もかかったぜぇ!』
『わたしもだよ~』
歩と風子にも魚信があったようです。
「では私は反対側の街に戻りますね」
風子は現在、飛行甲板の中央から艦尾付近に移動中。
歩は下界の街で釣りを続行しています。
「ぼくはここでいいや」
「そうそう、ギンポを宝珠に戻さないと危ないですよ」
言われて意識をギンポに向けると、窒息寸前でエラをパクパクさせていました。
ハイギョみたいな特殊な例を除けば、魚は大気中での呼吸ができないのです。
「わあっ大変! どうすればいいの⁉」
「戻れと念じれば戻ります」
「わかった! ギンポさん戻ってー‼」
意識を集中すると、甲板に横たわっていたギンポが光って、宝珠へと収まりました。
宝珠は元の模様を取り戻し、中身の存在が竿を通して八尋へと伝わります。
「このギンポ、本当に味方なんだ……」
釣った魚は食べるか放流するしかありませんが、悪樓は釣ると味方になります。
まるで少年漫画のライバルみたいです。
味方になると弱体化するのも、それっぽいです。
竿を振ると宝珠から再びギンポが現れて、不気味に輝く魔海へとダイブしました。
『ウッヒョーーーーッ!』
歩が飛行甲板に降り立って、悪樓を落として翡翠を盛大に揺らしますが、もう怖くはありません。
でも八尋は、どうしても気になるところがありました。
「釣力招来はどうしたの⁉」
ただのネタだったようです。