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第二章・魔の海へ行こう・その三

「あっ、八尋やひろ目を覚ました~!」

 風子ふっこの能天気な声が聞こえます。

 普段ならボディープレスで強制起床させるのに、声をかけるだけとは珍しい。

「……保健室?」

 ぼやけた視界が回復すると、そこは八尋の知らない部屋でした。

 保健室のようにも見えますが、学校施設特有の四角い大きな窓ガラスが存在しません。

 その代わり、船室にあるような丸窓がありました。

 八尋が寝ているベッドのそばに風子とあゆむがいます。

 小夜理さよりの姿は見えません。

 そしてなぜか全員、巫女服を着込んでいました。

 歩はモスグリーンのバンダナを海賊巻きにして、同色のはかま穿いています。

 風子の袴は白でした。

「どこ……ここ? なんでぼく、ここにいるの?」

 だんだん意識がはっきりしてきました。

「医務室だよ~」

 なぜ寝ていたのかは教えてくれない風子です。

「八尋は海でおぼれて半日寝てたんだ」

 代わりに歩が教えてくれました。

「溺れた? 堤防から落ちたの?」

「いや、海のど真ん中に落ちて、船で救助された」

 ますます訳がわかりません。

「起きられるか? 立てるなら着替えろ。手伝ってやっから」

「着替えるって……ここ女子しかいないじゃん!」

 八尋は歩のスケベ心を察知して、ガバッと起き上がりました。

 どうして女子と名のつく人種は、そろいも揃って八尋の着替えを見たがるのでしょう?

「時間ねぇんださっさと脱げー‼」

 病人服をスポーンとぎ取られる八尋。

「きゃ~~~~っ!」

 絹を裂くような悲鳴が上がりました。

 もちろん八尋の悲鳴です。

 ぷるっ。

「…………えっ?」

 八尋の薄い胸板に、小さな小さなふくらみがありました。

「なにこれ……?」

 そこには修学旅行でクラスの男子たちが隠れて読んでいた(そして八尋がいるのを知ってあわてて隠した)エロ本でしか見た事のない隆起物がありました。

 本で見たものよりずっと小さいものの、まごう事なき女性の双丘そうきゅうです。

 贅肉ぜいにくや筋肉ではありません。

 そのどちらも八尋には無縁なものです。

「八尋は妹になったんだよ~」

「なにそれ妹?」

「子象さんもないよ~」

 視線を下げて股間を確認すると、ブリーフどころか素っ裸でした。

 そして、そこにあるべきモノが、どこにも見当たりません。

「えっ? えぇ~っ⁉」

 あわてて股間を隠す八尋。

「いいから着替える! 待ってる人だっているんだぞ! ほら着つけてやっから!」

 さすがは神社の娘というべきか、歩はテキパキと手際よく巫女服を着せました。

 女児向けアニメの変身シーンさながらに、服が八尋へと素早く装着されて行きます。

 スカート式の行灯袴あんどんばかまではなく、ズボン式の白い馬乗り袴で、洋風の革ベルトやブーツが付属していました。

「ちょっとこれどうなってるの⁉ 夢なの⁉」

 歩の着つけは丁寧ていねいながらも早急かつ乱暴で、頬をつねって現実を確認するひまもありません。

「よし終わり! 宝利さん入っていいぜ!」

「ほうり?」

「八尋を助けてくれた男の人だよ~」

「…………男⁉」

 八尋は年頃の男性が苦手です。

「ちょ……ちょっと待ってよ! まだ心の準備が……!」

 思わず歩の腕に抱きついてしまいました。

「やれやれ、箱入り娘みてぇなおびえようだな」

 歩はどさくさにまぎれて、震える八尋の頭をナデナデしました。

「大丈夫、八尋ならきっと気に入るよ~」

 怖がる八尋を、風子がぐいぐいと押し出します。

「わわっ、ちょっと待ってタンマタンマ!」

「ごた~いめ~ん!」

 歩が水密ハッチのロックを外して静かに開けました。

 そこには恥ずかしそうに目を背ける、黒く袖のない羽織袴はおりはかまに黒い陣羽織を着た、宝利命ほうりのみことの姿がありました。

 マッチョです。もうこれ以上ないくらいの大マッチョです。

 身長は二メートル以上あります。

 ぶ厚い大胸筋に、ふくれ上がった上腕二頭筋。

 頭のてっぺんから爪先つまさきまで、どこもかしこもムキムキです。

 ライオンのたてがみのような長い黒髪に、ごくぶと眉毛まゆげと精悍な目つきは、百獣の王みたいな風格と迫力を感じさせました。

「その、なんだ……」

 その百獣の王っぽい大男は、体を精一杯縮ちぢみこませて、ほおを真っ赤に染め上げていました。

「うわぁ……」

 真っ黒な着物を着た見上げるほどの巨漢を前に、八尋の胸が高鳴ります。

「すっごい筋肉……大胸筋が歩いてる……!」

 さっきまでの恐怖感はどこへ行ったのやら、八尋の目が爛々《らんらん》と輝きます。

「具合はどうだ? 怪我はないと思うが……」

 ガチガチに緊張した宝利が無理矢理笑顔を作ります。

 きたえ抜かれた表情筋と、真っ白で頑丈そうな前歯は、威嚇いかく的ですらありました。

「…………カッコいい!」

「なぬっ⁉」

 八尋の目はヒーローを前にした少年のそれでした。

「凄い凄い! それどうやってきたえたの⁉ どうやったらそんなにムキムキになれるの⁉ そこまでしぼるには眠れない夜もあったでしょ⁉」

 あまりのせっつきぶりに、さすがの宝利も後ずさり。

「いや普通に海軍で鍛えたのだが……」

 場の緊張が一気にほぐれました。

 風子にいたっては鼻の下を盛大に伸ばしています。

「その上腕二頭筋触らせて!」

「じょうわん……なんだそれは?」

 適当に鍛えたらマッチョになっただけの宝利は、ボディービルの基礎知識はもちろん、解剖学の知識も持っていません。

「力こぶだよ! そのぶっとい筋肉に触ってみたい!」

「おっ……おお、いいとも」

「うわっ硬い! メロンみたいだ!」

 もはや遠慮の欠片もありません。

 八尋はそのまま宝利の腕にぶら下がってしまいました。

 左肘ひじのサポーターとすじの痛みがなくなっている事に、八尋は気づいていません。

「おいおい、聞いてた話と違うみてぇだが……?」

 男嫌いのはずだった八尋が、まるでプロレスラーに群がる幼稚園児のようにはしゃいでいました。

「八尋はね~、マッチョ大好きなんだよ~!」

 男性の苦手な八尋ですが、筋肉には強烈なあこがれと深い羨望せんぼうを持っているのです。

 どんなに望んでも手に入らない、筋肉のチョモランマ。

 鍛えれば鍛えるほどキレッキレで、太く頑強になれる肉体はうらやましく、筋肉を力強く育て上げた人間は誰よりも尊敬できます。

 八尋にとって唯一平気な男性、それがマッチョ。

 マッスル星からやってきた新人類なのです。

「絶対こうなるって思ってたよ~♡」

 風子は八尋がベッドの下に隠している水着グラビア写真集の間に、ボディービルとプロレスの雑誌がはさまっているのを知っていました。

 そして双子の弟が筋肉モリモリマッチョマンの変態さんに抱擁ほうようされる、腐った妄想をいだいていたのです。

「鬼がいる……なんてデカい業務用冷蔵庫……!」

 八尋は恍惚こうこつとした表情で、とうとう頬ずりまで始めていました。

 完全に理性を失っています。

「む……むうぅっ……」

 そして抱きつかれた宝利は、全身の筋肉を硬直させていました。

 宝利は全裸の八尋を見ただけでなく抱きしめてもいるのですが、その時は非常時だったせいか、なんの感情もいだいていません。

 でも八尋が目を覚まして動いている姿を見た瞬間、なぜか猛烈にモフモフしたくなってしまったのです。

 まるで毛玉のような子猫を前にしたJK(ジョシコーセー)のように。

 そしていまは子猫が膝の上で眠ったかのごとく、ピクリとも動けなくなっています。

「そうそうこれこれ~! これが見たかったんだよ~!」

 してやったりと腐った笑みを浮かべる風子。

「うんまあ人命救助のご褒美ほうびとしちゃあ悪かねぇ……のかなぁ?」

 腐女子属性を持たない歩は複雑な心境でした。

 詐欺でもやっているような気分です。

「まあいっか。八尋、ちょいと面ァ貸せ」

 歩は巫女服のえりを掴んで、八尋を子猫のように引きがしました。

 宝利はホッとしながらも名残惜なごりおしそうです。

 歩は掴んだ襟を離す事なく、八尋を引きずって部屋の出口に向かいました。

「わわっ、今度はなに⁉」

 暴れる八尋に、歩は太い眉を上げてニヤリと笑います。

「真実ってもんを見せてやる」

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