第二章・魔の海へ行こう・その一
目が覚めると水の中にいました。
「ぷはぁっ‼」
風子が慌顔を出すと、膝立ちで上半身が水面に出る程度の深さでした。
「……あれ~?」
お風呂場でした。
しかも檜風呂です。
「ユニットバスじゃない~?」
一瞬、今日の釣りや魚料理が全部夢だったのかと思う風子ですが、浴槽で眠るどころか入浴した記憶すらなく、しかも初めて見るお風呂場でした。
前に住んでいた横浜のマンションではありませんし、引っ越し先の一軒家にも檜風呂なんて存在しません。
部屋は広く、五人は入れそうな特大サイズで、一般家庭ではありえない八角形でした。
浴槽にはお湯ではなく、水が張られています。
室内が妙に薄暗く、水風呂にしてはサウナが見当たらないのが気になりました。
「おお~っ、裸だ~!」
水着を着ていないのでプールの線は消えました。
「しょっぱ~い! 海水だ~!」
長期間の航海をする船は真水が貴重で、船員は海水風呂に入るとTVで見聞きした覚えがあります。
しかし、いくら船内の海水風呂だからといって、普通は沸かすくらいはするものです。
「ねえ~、ここどこ~?」
周囲を見渡すと、洗い場に五人の女性がひれ伏していました。
和服……それも巫女装束みたいな衣装を纏って、頭に大きな帽子を被っています。
腰には毛皮の腰飾りをつけていて、尻尾のように見えなくもありません。
「祭壇らしいぜ」
風子のすぐ後ろに全裸の歩がいました。
その隣には小夜理もいて、やはり全裸。
「あっ、あゆちゃんだ~! さよちゃんも~」
「おうっ、みんな揃ったみてぇだな!」
全裸の歩は、堂々と仁王立ちしていました。
湯気も謎の光もありませんが、男子が見たらエロ心がぶっとんで、幻滅と失望でガッカリするほどお色気要素がありません。
せっかくの巨乳が台なしです。
「下も金髪なんだ~」
風子は変なところで感心していました。
「少しは隠しなさい!」
小夜理は居心地が悪そうに、肩まで水に浸かっています。
「そうだ八尋~! 八尋は~?」
「ああ、あいつはいねえ」
「どうして~?」
「殿方ですから」
「そっか~、女湯だもんね~」
ちょくちょく入浴中の八尋に襲撃をかけているせいか、弟の性別をすっかり忘れていた風子でした。
子象さんは象さんのうちに入らないのです。
「あいつなら、こっちにこれるかもって思ったんだけどなぁ」
「八尋ってそんなにエッチな子じゃないよ~?」
風子はお風呂場を覗いたり突入した経験はあっても、覗かれた事だけはありません。
八尋は八尋で、双子の姉をお年頃の女子と認識していないのです。
「ノゾキの話じゃねぇって」
歩は『そうじゃねぇ』とばかりに、ナイナイのジェスチャーをしました。
「ねえ、そろそろ水から出ません?」
肩まで浸かっている小夜理が提案しました。
夏場とはいえ海水はそれなりに冷たく、長く浸かっていると凍えてしまいそうです。
「いいの~? 周りに人いるよ~?」
浴槽の洗い場には、まだ五人の女性が平伏しています。
相変わらずピクリとも動きません。
「その人たちにゃ話しかけちゃいけねぇんだと。いいから出ようぜ」
「…………?」
首を傾げる風子。
「さすがに寒くなってきやがった」
浴槽から出ると、控えていた女性の一人が無言で湯帷子をかけました。
歩も無言で袖を通します。
続いて小夜理も水から上がって、同じように湯帷子を着せられました。
「こんな感じだ」
「わかった~。時代劇みたいだね~」
歩を真似て着せてもらう風子ですが、サイズが大きすぎて丈が余りました。
「ブカブカだ~!」
「そいつはバスタオルみてぇなもんだ。気にすんな」
歩が浴室の引き戸に手をかけようとすると、向こう側からスッと開けられました。
そこには無言の巫女たちより豪奢な服を纏った美女がいました。
「おおっ、タモさんじゃねーか。丁度よかった」
「タモさん?」
「玉網と申します」
【タモさん】は、歩のつけたアダ名のようです。
「こいつ新入部員な。色々教えてやってくれ」
歩が風子を指さして言いました。
「それどころではございません。蕃神様が一尊、海に落ちました」
「…………なんだって⁉」