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時間よ止まれ

 円形の広場の中央には噴水があり、その前には人だかりができていた。


 大道芸人でもきているのだろうか?老若男女、人々は食い入るように一つの方向を見ている。


 大口を開けて感動してる風のご老人、財布の一つや二つ盗んでもバレなさそうだ。後ろには目もくれず、爪先立ちで前の様子を覗く町娘のムチムチの尻、揉みしだいたっていいんじゃないだろうか。


 いやいや楽しみはとっておかなければーーーおっとヨダレが。


 しかし何を見ているんだ?


 人の隙間を縫って中心へ向かう。体が小さいと便利だ。


 最前列まで抜け出ると、何やら大層な法衣に身を包み、たっぷりと白いあごひげを生やしたいかにも清廉な感じの神父がいた。


 何をやってるんだ。


 神父は上着を脱いで背を向けている女性の背中に手を当てている。


 ーーー手が光ってる?


 おおぅ、これが魔法か。異世界きたって感じするな。


 これは……治癒でもしてるのか?


 女性の背中は黒ずんでいる。皮膚病?


 いや、なんだあれ。


 背中にびっしり……石?紫色の……鉱石のような。それが張り付いてる。


 その石が光るたび、女性は苦しそうに呻いている。


 おぉぉぉぉ……なんだアレ。この世界特有の病気か?


 あの石が、女性の命を吸い取っているよう雰囲気だ。その顔はひどく青ざめていて、今にも倒れそうで、絶望に表情を染めている。息は荒く、呼吸するのもしんどういといった感じ。まだ若いし、女性としてこれからという時に、見るからに重い病を抱えてしまって、その姿は同情を誘う……前になんだあれ……?


 きょ、きょ、きょきょきょきょきょーーーー


 ()()()


 すんごい、巨乳じゃないか。


 おいおいおいおい、すごいぞあれ。


 グラビアアイドルでもそうはいない感じの。アニメ乳、アニメ乳、アニメ乳だ。3回も言うなおい。がっはっは。アニメ乳。4回目。


 ……ちょっとまてあのジジイ、背中にぴったり手を当て始めたけど、治療と称して、性欲を満たしてるんじゃないだろうな?


 偉そうだし、権力だか権威だかを傘に着て、うら若い乙女を公衆の面前で陵辱してやがるんだ、俺にはわかる。


 この後、「本格的な治療にうつるために、場所を移動しよう」とか言って、部屋で二人きりになって、「この病気の治療に必要なのは、男性ホルモンだよ」「男性ホルモン……?」「ああ、私の治療棒から、直接男性ホルモンを君に注入しよう」「治療棒って……?」「治療棒とは……(ズボンを脱いで)これのことだよ」「ええ……!?…………すごい」


 すごい、じゃねぇよ。最高だなおい。


 同じ男だからわかるぜジジイ。

 俺も本当はジジイだけど。

 さぁめくるめくオンデマンドでムーディな世界に突き進んでくれ魅せてくれ見せてくれ。ぐぅ、股間が痛い。自主的に痛い。

 俺はあんたを尊敬するぜーーー


「すこし……強くしましょうか」


 強くって何を?くふふ。がっはっは。


 ーーーん?ジジイの手の光が強くなったぞ?


 ……石が消えてく?


 背中にびっしりと、盛り上がって生えていた紫の石が、その濃い色を薄めて、小さくなっていく……


 それに気づいた見物人達の間で徐々に歓声があがりはじめるーーーそれは徐々に大きくなっていってーーー


「さぁ……終わりましたよ」


「ああああ……ありがとう……ございます……!」


 ーーー最高潮に。


 涙を流す女性。微笑むジジイ。歓喜する群衆。

 幸せが広場に渦巻くーーー


 ―――つまらん。


 つまらんつまらんつまらん。ツマラン大統領(1812〜)。いやまだ生きてるんかいツマラン大統領。化け物か。そんな人いないけど。


 あまりに白けてつまらないことで頭がいっぱいだよ。


しかし。


 こっちの世界にも善人はいるんだなぁ。


息苦しくないの?


 そんな、「我が身は人々の幸せのためにある」みたいな顔して微笑んでるジジイよ。息上がってんじゃん。あの魔法使うのキツかったのかよ。良くやるね。


 おれはそういうことずっとしてて息苦しかったぜ、あんたはどうなんだよ。


 アホくさ、移動しよ―――


 ーーーーん?


 なんだあの、ジジイの横にいるシスター……


 めちゃくちゃ()()()()色っぽいな。


 ゆったりとしたロングのワンピースタイプの濃紺のシスター服に身を包みながらも、そのエロさを全く隠し切れてないじゃないか。


 ムッチムチだ。真っ白い手。

 はいはいその手で、ジジイの腰でも甲斐甲斐しく支えるんでしょ?


 そしてゆっくりと立ち上がったジジイの腰にシスターの手が回されてそのままーーーーーージジイの手と()()()()()()()()()


 群衆から見えない位置で、背の低いおれが注意して見てやっとわかる位置で。


 ーーーんん?


 なんだあれ、あの二人、恋人なのか。


 聖職者でそれっていいのかよ。


 ……いや、あの表情はなんだ?


 妙に艶かしい……シスターだけじゃない、ジジイまで、とんでもないすけべな顔して。


 歓声を上げ続けるやつらは気づいてない、ジジイの腰が曲がって俯いてるからだ。


 間違いない、あいつらーーーヤッてる。


 しかも、正々堂々とした関係じゃない、俺には、わかる、あれは、不倫顔だ。


 察するにあれだ、当然聖職者だから本来はそういったことも禁止されてるにも関わらず、あの二人はそういう関係なんだ。


 禁忌を破って、あの二人は、悪いことをーーー


 ーーー羨ましい。くそったれ。まじかよ。ずるいじゃん。いやいや無いでしょそれは。前世の俺と同類かと思ったけど違うじゃん。表向きはきちんと真面目に聖職者やって、裏ではこっそりやりたいことやって。俺ができなかったことじゃんそれ。そんなイイトコどりってあるかよ。


 ーーーぶちこわしてやろうか。


 発動してやろうか、時間止め、やってやろうか、ここで使うか。


 随分自分をじらしたが、ここで一発かましてやろうか、時間を止めて、呑気に馬鹿騒ぎしてるこいつらの財布残らず盗んで、あの石娘とシスターをひん剥いて、嗚呼もう我慢がーーー


「ーーーきゃあ!」


 そこで女性の悲鳴が上がった。


 悲鳴の主は、先ほどまで治療を受けていた巨乳っ子。


 その喉元には、鋭利なナイフが突きつけられていた。


「ーーー動くなよ。全員動くな。動けば切る。この喉をだ」


 ナイフの主は、黒づくめの忍びのような格好で、黒い布で顔が覆われてその表情は見えない。


「アレイス司教!……こっちへ来い。何もするな。少しでもだ。反抗をするな。毛ほどもだ。魔力を少しでも込めてみろーーーこの女を裂く」


 アレイス司教と呼ばれたジジイの顔がこわばる。


 歓声はとっくに病み、突然のことに、広場が恐怖で静まり返るーーー


「終わりだーーーアレイス司教」


 そして黒づくめが発する勝利宣言。


 ーーーだから待てよ、それは俺がやりたいことなんだよ。


 やるのか?そのナイフで。脅して賺して攫って裂いてーーーそれをやるのか?俺を差し置いてーーーどいつもこいつも。


 俺がやりたいことをーーー先にやるんじゃない。


「時間よーーー」


 ーーー完全に拗ねたもんね。


 さぁ俺の本当の人生の始まりだ。


「ーーー止まれ!」


 そして世界は止まった。

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