03 気がつくと色々と説明をしていた私
説明回です。
昼間使った旗やおしぼりにしたタオルなどをナップサックから取り出していく。
それからこれこれ、ポケット素材事典。片手で持てるサイズの携帯用の事典だ。文字多め。
腰のウェストポーチには結界に使う道具が入っているけれども、こっちは使うたびに整頓しているからそんなに頻繁に点検する必要はない。
「タオル、洗浄結界して。ん、次は……素材。確かオークトロールは肝と心臓と牙と爪。オークも一緒。トロールは爪と歯。そ、それと睾丸だっけ」
旗やタオルは手早く綺麗にして、ナップサックに戻す。
次に私は事典片手に素材の確認をしていた。現物を見ながら事典をめくり特徴をひとつひとつ確かめていく。
うぅ。なんか恥ずかしい。でもね。トロールの睾丸って精力剤になるんだってさ。つまり高額になるんだよ。
冒険者としてやっていくには、こういったのも乗り越えないとね。うううう。
そうそう、ここにある素材は全部、私のものではないよ。これは皆の共通財産ね。これはフォルスって町のギルドで換金したあとに分配するんだって。
陰干しの為に宿に借りた部屋の風通しの良いところに並べてあるのだけど、私は冒険者としては駆け出しだ。魔物を倒したことも無いんだな。なので魔物素材の知識は薄いから、こうしてポケット素材事典で勉強中というわけだ。
もちろんリードさんに了承はもらっている。荷物の整理はどこでもできるし、ついでかな。用事はまとめて、が私の主義なんです。
あ、あとここは男部屋のほうだ。クエスト中は皆で雑魚寝も多いと聞いているのだけども、分けられる時は別々に部屋をとるらしい。ちなみに酒場の二階の部屋を借りている。元はただの客室だから鍵は無いよ。田舎のほうだと鍵をかけられる部屋のほうが少ないね。
素材をこっちに置くのは一応の盗難対策だそうだ。悲しいかな女の人ってトラブル多いものね。
それから私だって、ただで勉強しようとは思ってない。内臓系の素材は綺麗に乾燥した方が嵩も減るし、薬効も高まるらしいので、結界でその下処理をお手伝いします。
「んと、ニワトコのピンを素材の周りに置いて」
イメージ。不純物の除去、乾燥。ええと、明日の朝までに。
「それで魔力を流して……ん。よし」
私は満足気に背伸びをした。
「チェスカの結界は特殊すぎますね」
「うひっ」
びびび、びっくりしたぁー。
「あ、すみません。驚かせるつもりはなかったのですが」
音もなく入ってきたのはリードさんだった。そりゃそうだ。ここは男部屋だ。
「素材の勉強をしたいとは聞いていましたが、今夜とは思わなかったので驚きましたよ」
そうだった。鍵がかかってないからって入ってしまったけれど、良く考えたら非常識だったかも。
「すみません。私、お酒は苦手なので暇になっちゃって。ちょうど良いやって思って勝手に入ってしまいました。迷惑でしたね」
「個人の貴重品は各自持ち出してますから別に構いませんよ。それより酒は飲めないんですか?」
「飲めなくはないです。でも、すぐ酔っぱらって気持ち悪くなるんです。
あ、それよりリードさんのほうこそ、かなり飲んでませんでした?」
リードさんの顔色はいつもと変わらない。若干、崩れてたと思っていた口調もそのままだ。ただ、ふんわりお酒の匂いはする。あれだけ飲んでいたらね。
「ああ、俺。少しは酔ってますけどね。状態異常に強い体質なんで、酔いくらいならすぐ抜けるんですよ」
「俺っていうの初めて聞きました」
「ね?酔ってるでしょう?」
クスクス笑うリードさんはなんだかお色気が凄い。そうか、これが酔ってる状態か。
「それよりチェスカ。貴女の結界についてお聞きしたいのですが」
「はい?」
何だろう?急に真面目な顔になったリードさんに私は緊張してきた。これまでで何か変なことでもしてしまったのだろうか?
「本当はプリムに貴女が部屋に戻ると聞いて、すぐに追いかけたんですよ。それで、悪いと思いましたがずっと観察していました」
「え?なんでですか」
観察って何か怖いな。少し引いた私にリードさんは困ったように頭をかく。
「その、ランドから貴女の結界が凄いことは聞いていたのですが、彼の説明はざっくりしすぎていて。それでその。道中、貴方を観察していたのですが、余計に分からなくなってしまいまして」
余計に分からなくなったってどういう意味だろう?私は首をかしげる。
リードさんはそれを見て更に困ったように笑った。
「いや、すみません。俺も女の子をずっと観察し続けるというのも落ち着かなかったんです。だから、いっそ本人に聞いてしまえと思ったわけで。具体的に、これまで結界をどんな用途で使っていたか、どれくらいの魔力を使うのかなど詳しく聞かせていただいてもよろしいですか?」
ええ?結界の説明?私は困惑する。
だけど、これまでリードさんをずっと困らせていたみたいだし、ちゃんと説明したほうがいいんだよね。
「えーと、うーん。私、独学で魔法を覚えたので、上手く説明できませんが……」
正確に言えば、魔術師の魔法はスクロールで覚えるものなんだけれど、結界を使った魔法のほうは我流。結構、感覚でできそうな気がして試したらできたってパターンも多いので、これとこれができますみたいな説明は難しい。
「これまで使った使い方やできそうなこと、あとは分かる範囲で構いません。同じパーティなので仲間の能力は把握しておきたいのです」
「……長くなりますよ」
こくんと喉がなった。自分の結界について詳しく説明を求められたのはこれが初めてだ。
「大丈夫ですよ。あいつらはどうせ朝まで騒いでいるでしょうから時間はたっぷりあります」
にっこりと笑うリードさん。何だろうか?この迫力。リードさんも本当は怖い人なのかもしれない。
色々とお話をするまえに、お茶でも飲みませんかと提案し、携帯のポットの水を魔法で熱くしてお茶を入れた。水はちゃんとお部屋に水差しが置いてあったからそれを使う。
手持ちでお茶を入れたのは、女将さんが外にいるからだ。勝手に厨房には入れないものね。
「……チェスカの魔法の使い方と荷物についても、凄く疑問があるのですが」
そんなことを言い出すリードさんに慌てる。
「え?何でですか?私、普通。いいえ普通以下ですよ。攻撃魔法は苦手ですし。生活魔法レベルだと何とか使えるってだけなんです。それで戦闘もしない分、魔力も余りがちで……」
うん。それで初めてのパーティもはずされちゃったんだもん。私は魔術師としては三流以下だ。どうしよう?気持ちがどんどん沈んでいってるよ。
「魔力が余る?変だな。チェスカは全力で魔力を使ったことはありますか?」
私はしょぼんとして答える。
「それが、ファイヤーアローも成功したことないんです。……本当に魔術師としてはへっぽこで全力で魔法を使う以前の問題なのです」
顎に手を当てつつリードさんが呟いた。
「なるほど、もしかしたら……」
「はい?」
「いえ、でしたら補助魔法はどうでしょうか?」
「あ、補助魔法はファイヤーアローも使えない私には魔法を売ってもらえないので……」
それを聞いて、リードさんが慌てて謝った。
「えっ、あっ。そうか、魔術師ギルドか。そうですよね。すみません」
少し気まずい。でも、さっきからリードさんは私を変な目で見ていない。それに少しだけホッとする。初級魔法も使えない魔術師だから、打ち明けるのもちょっと怖かったのだけど。
これはきちんと説明しないと駄目だよね。自分の頭も一度、整理しなきゃ。私はゆっくりと魔術の基本について思い出していた。
まず、先ほどから話題に出ているファイヤーアロー。これは文字通り炎の矢で敵を攻撃する魔法だ。
アロー系は属性の中でも一番弱いもので、いわゆる初級魔法と呼ばれている。
その中でも特にファイヤーアローは使いやすい魔法で魔術師なら大抵の人が使えるそう。
……なのに、私は使えない。なんでかなぁ?
魔術師が魔法を覚えるには、魔術師ギルドで魔法のスクロールを買う必要がある。技術レベルを満たしていればスクロールは売ってもらえる。
普通はそのスクロールを読めば最低レベルのものは使えるようになるんだよね。
私もファイヤーアローは使えるはずなんだ。技術レベルは1だけど、ちゃんとステータスにもファイヤーアロー1って載ってるんだもの。
技術レベルとは何かというと、これは術の熟練度みたいなものね。最低値は1。最大は10って聞いてる。
魔法は覚えただけでは駄目で、実戦で使い、攻撃を成功させて術の熟練度を上げていく必要がある。熟練度が上がると技能レベルも上がっていくのだ。技術レベルを上げていくとどうなるかというと、使える魔法が増える。
例えば、ファイヤーアローの次のファイヤーランスを覚えるにはファイヤーアローの技能レベルが3必要だ。更に高位の魔法を覚えるには今度はファイヤーランスの熟練度を上げることになる。
魔術師ランク1でファイヤーアロー3アイスアロー1の魔術師がいたとする。この状態で魔術師ギルドに行くと魔術師ランクは2に上がる。技術レベルに差がある場合は、それぞれの技能レベルの平均をとる感じかな?
補助魔法も必要な技能レベルは決まっていて、攻撃力増加の魔法にはファイヤーアロー5とストーンフォール1が必要になる。
必要条項を満たしてないものには魔術師ギルドは魔法を売ってはくれない。逆に言えば、別に職業が魔術師でなくても、魔法を使うことができる。
「しかし、ファイヤーアローが成功しないとなると、魔術師としてどうやってきてたんです?」
うっ。と私は思わず固まった。そうなんだよね。だから入ったばかりのパーティは解雇されたし、結界を工夫して採集メインでお金稼いで来たんだよね。私は恐る恐るリードさんに告げた。
「私は魔術師ランクは2なんですけれど、技能レベルは1なんです」
「え?」
信じられないといった表情のリードさんを見て、私は居たたまれなくなり、すっと目をそらす。
「実は初級の魔法は全て覚えることができたのです。でも発動しなくて。ソロ活動と魔力量の多さで魔術師ランクは上がったものの、技能レベルは1のまま……」
初級の攻撃魔法、全種類制覇したし、きちんとクエストもできてるし、これからに期待しましょう。
そんな感じのことをギルドの人は言っていたなぁ。その辺りのことをリードさんに説明していく。何だか虚しい。
「それは何ともレアケースですね」
リードさんもぽかんとして相槌をうってくれている。優しい……けれどもですね。
「こいつさぁ、異能持ちで、ついでに攻撃魔法に対して何らかのトラウマでもあんじゃねーの?」
ガタガタンと派手な音と共に転がり込んで来たのはウェスさんだった。うわぁ、お酒臭いっ。
「ウェス、大丈夫ですか?」
リードさんが駆け寄りベッドに体を運ぶ。
「へーき。へーきじゃねぇけど、へーき」
のっそりと体を起こしながらウェスさんが私の方に手を出してきた。
「俺にもそれ寄越せ」
ああ、お茶ですね。はいはい。
熱いとかぼやきつつグイーっとお茶をイッキ飲みしてウェスさんは言った。
「んで、さっきの話な。こいつ、結界だけ異常だろぉ?多分、魔力量もかなりだぜ。おそらく、こいつの結界は普通の魔術師が使うやつじゃなくて……」
グラーリと揺れるウェスさん。リードさんはそれには構わずに真面目な様子でうなずいた。
「私も特殊能力ではないかとは考えていました。あと、攻撃が苦手でも魔力があるなら、補助魔法系は使えそうです」
「結界の使い方見てるとなー。防御系はいけんだろ。問題はどうやって魔術師ギルドから呪文スクロール買うかだな」
「そうですね。チェスカの能力については何ができそうか聞いて、それから検証ですかね」
目の前で2人が真剣に話し合っている。何だか置いてけぼりですけれど、私。
「だーから、荷物番なんざ放っておいて戦闘させろっつーたろぉ」
ウェスさん、若干、呂律が怪しい。
「しかしですね。危険なことはさせられませんし」
「そんにゃもん、命がかかりゃ、られらっ…て………ぐぅ」
「あ、寝た」
「「………………」」
大の字になって寝ちゃったウェスさんを見てリードさんとお互いに顔を見合わせる。
「えーと、じゃあ。結界でできること。行きましょうか?」
「……はい」
これで終わりにはならないのね。
難産。世界観って難しい。これ特に魔法に苦労しそう……
その辺、見切り発車でいくなよーと自分に突っ込んでました。
ストーカー疑惑リードさんを早く開放してあげたかった。ちなみに彼は騎士なので抵抗値が高めの盾キャラ向きなパラメーターです。