7話
その次の日も、ユースティアナは遊び場に来なかった。
なぜこない。なぜこないのだ。
やはり余のような魔族がユースティアナのような人間の、それも貴族と共にいることは叶わぬのか、としょんぼりしてしまう。
「む。いかんな…。山羊頭がせっかく気分転換に送ってくれたというのに…。」
気分を切り替えなければと、思いつつ、会えぬのならせめて気配だけでもと、おもむろにユースティアナの魔力を探ってみる。
「ユース、ティアナ……?」
その気配は昨日よりも小さく弱弱しかった。行くべきかとどまるべきか。
貴族たるユースティアナを思うのであればとどまるべきだ、しかしこのままではユースティアナがっ
「何を、悩んでおるのだっ、余はっ!!」
あの優しくて愛しく笑う友が傷つき、弱っているのなら、たとえ友に罵倒されようとも助けに行こう。
あの日、世界中のすべてに嫌われていた余に迷わず声をかけて、数億年の長き時の中で麻痺した心を溶かしてくれた少女を今度は余が救って見せよう。
そしてクロノスは自分の存在が他者にばれることも厭わずに、ますます弱っていくユースティアナの元へ空間魔法で飛んで行ったのだ。
クロノスが飛んだ先はユースティアナのいる摩天楼のベランダ、ではなく部屋の中だった。
部屋の中にいた裸で抱き合う男女は突然現れたクロノスに驚き叫び声をあげる。
近場にいた男が立ちあがりわめきながらこちらに向かってくるのをおもむろに手を使わずに壁にたたきつけた。その人離れした、人ではないのだが、クロノスの力に言葉をなくした女の首を持ち片手で持ち上げる。
「おぬしに一つ聞きたいことがある。ユースティアナはどこだ。」
「は、はぁ!?あんた何なのよ!!!なんで、あんだがっ!」
きゅっとわめく女の首を絞め、声を一段と低くする。
「もう一度聞くぞ、ユースティアナは、あの少女をどこにやったっ!!!」
「ひいっ!!」
正面からまともに魔王の威圧を受けた女は脚の合間からひどい匂いのする液を垂れ流し、声にならない声とともにテラスのほうを指さした。そちらに目をやり女の体を解放してやった。
どしゃっと地面に落ちた女は自分の漏らした液体の中で嗚咽を漏らしながら叩きつけられ気を失った男の元に這っていった。
そんなものにもう興味もないクロノスは一瞥もくれずさっさとベランダに続く窓の扉に手をかける。そこにはいつものぼろぼろのしゃつとズボンを着、普段よりもぼさぼさの髪をしたユースティアナが寒空の下凍え、うずくまっていた。どれだけその場にいたのか魔力は弱り切っており、ユースティアナの下には匂いのする水が溜まっていた。
「…ユースティアナ……。」
その痛々しい姿にクロノスが声をかけると気だるげに首を持ち上げうっすらと目を開け、うつろな目でこちらをみやる。
「く、ろ……?」
消え入りそうなか細いこえでクロノスの名を呼ぶ少女が痛ましく、服が汚れるのも厭わずにそっと抱き上げてやる。
「ユースティアナ、余と来い。余の娘になれ。」
おおよそ幼子の体温とは思えぬほどに冷え込んだその体に自分の体温を分け与えるようにそっと抱きしめ、乞うようにそういった。
「おぬしのような優しい娘がこのような場で死ぬのは許さぬ。余の娘になれ。」
「…く、ろの、こど、も………?」
「そうだ。この世界とあの汚らわしい親を捨て、余と共に暮らせばよい。余がおぬしをいかなる困難からも守ってやろう。」
「こ、どもは、やだなぁ…、」
小さくそう呟いたユースティアナにつきんと胸の奥が痛んだ。
「く、ろの…およめさん、に、なりたい…。」
次いでそういったユースティアナがどうしようもなく愛しくて、愛しい。
「ふむ。娘が父親の伴侶になりたいと願うのは定番だと聞く。ユースティアナが娘になればいずれ叶おう。」
いつか山羊頭に聞いたそんな人間のお約束を思い出して薄く笑う。父娘が伴侶になれぬことは知っていても、今この場からユースティアナを連れだせるのであればそうなってもいいとさえ思える。
「だから、だから。余と共に来い、ユースティアナ。」
嬉しそうに小さくうなずいて涙を流すその小さな躰を抱きしめて、
「ユースティアナは余がもらい受ける。この子がぬしらの元に返ってくることは未来永劫無いであろう。取り返そうなどという愚かな考えはせぬ事だな。その時は容赦せぬぞ。」
最後に部屋でまだ嗚咽を漏らしながら男に縋りつく醜く哀れな女を一瞥し、いつもの遊び場のわきにある、人気のない木の下へと帰った。