14話
「ではユースティアナ。余は一度魔族の国に帰る。おぬしはここでカプリコーンたちと一緒にいればいい。」
アコルハイトの街の入り口でユースティアナは優しく頭をなでてくれるクロノスを寂し気に見上げる。
その顔にクロノスも苦笑いを浮かべた。
「そういう顔をするな。離れがたくなるだろう。」
「はなれ、なきゃ……だめ?」
しょぼんと眉尻を下げたユースティアナに思わず意志がグラリと揺れそうになる。
「しかし、な。おぬしも学園で学ばねばならん。わかっているであろう?」
「ん……。」
「おいおいいつまでやってんだ!!」
「魔王様……、魔法陣の準備が整いました。」
「む、わかった。ではな、ユースティアナ。」
ヴラフォスとアルカードに呼ばれクロノスが魔法陣に入る。
今日は亜人と魔族の国交回復のための技術提携のためにドワーフたち数人がアパルクライスに飛ぶことになっている。
最後に頭をもう一度撫でてから魔法陣で移動したクロノスを寂し気に見送ったユースティアナの頭をハインリヒが撫でる。
「大丈夫ですよ。一月もすれば帰ってきますから。」
「ん………。」
「さあさあユースティアナ!!落ち込んでいる暇はないぞ!早速我が学び舎へ行こうではないか。知識とは時に剣や魔法よりも強いものだよ。魔王の役に立ちたいのならば学びたまえ。」
落ち込むユースティアナにそばにいたミネルバがそう声をかける。
すると今まで落ち込んでいたユースティアナの目に強い力が宿った。
「ん!!がん、ばるっ!!」
「よし!!その意気だ!!ならば早くいこうじゃないか、我らの学び舎へっ!!!」
ビシィとアコルハイトの街の中心を指さしながら走り出すミネルバに、ユースティアナも続いて走り出す。
「はぁ……あの子もミネルバのようになったらどうすれば…。」
こめかみに手をあて深い溜息を吐く。
そもそもなぜこのような状況になったかというと数日前にさかのぼる。
「では余の側近たちのうち数人を学園に教師として送り、ヴラフォスとその意見に賛同した数人のドワーフでアパルクライスに来る、でいいな?」
「ええ、そうですね。一度あなたは魔族の国に帰るのでしょう?ユースティアナはどうするつもりですか?年齢によってはこのまま学園に滞在してもよろしいのでは?」
ふむ、と手を顎に当て考えた末にそれも一理あると納得した。
「ところでユースティアナはずいぶんと聡明なようだがいったい何歳なんだね?我が学園は10歳から入学が可能だよ!」
「ユースティアナは見たところ……六歳ほどですか?」
「ドワーフのガキと同じくれぇちっちぇえな。」
亜人側がそれぞれ思い思いに年齢を予測する。
「確かに我々もユースティアナ様の年齢は知りませんね。」
「姫は、聡明だ……8歳くらいではないのか?」
こちらもユースティアナと過ごした日々を思い浮かべながら予測を立てる。
「で?おぬしはいくつなのだ、ユースティアナ。」
六対の目に見つめられ、気まずげにユースティアナが口を開く。
「ことし、11歳……です。」
「十分入学可能な年齢じゃないか!!!!!」
「ふむ……やはり見た目の年齢はこちらよりも低いらしいな。」
思わず腕を広げ喜ぶミネルバと、唯一ユースティアナ以外の日本人を知るクロノスだけはさして驚いた様子もなかったが、ほかの面々は思ったよりも年上で驚きを表情に浮かべてる。
幼い時にろくに栄養が取れなかったこともあり発育が遅れている上に、童顔な日本人のアイリーンは実年齢よりも下に見えるらしかった。
しかし年齢的に学園に入学できることが判明したことによりミネルバが暴走し、学園に入学するために国交回復中で忙しいクロノスに代わり教師としてアコルハイトに滞在するカプリコーンや学園長であるミネルバやハインリヒが面倒を見ることになったのだ。
「私が一番懐かれていたと思っていたのですがねぇ。」
ミネルバと仲良く走ってアコルハイトの街に帰っていくユースティアナを言詰めるハインリヒ。
「それを言うのであれば、私は一番ユースティアナ様と一緒に過ごした時間が長かったのですが…。」
カプリコーンはその山羊の頭蓋骨の下から寂し気に見つめた。
この日を境に亜人と魔族の交流は深まることになる。
人間の国、王都ヴィアティスにある城で人間王は自らの配下からもたらせられる報告に頭を抱えていた。
「王よ…汚らわしい獣と邪悪な魔の化身が手を組んだようでございます。今は我々人間を襲う動きはありませんが…それも我々を殺すための準備でありましょう。」
「なんだと!!?朕らを殺すと申すのか!!そのようなことさせぬぞっ!!」
黒い装束に身を包んだ配下に太った男、人間王イサーク・フォーア・ノダタ・ヴィアティスは自らの腹の脂肪を揺らして喚き散らす。
「あらぁ?また何か問題でもあったのかしら?」
「おお!!ローチスではないか!!もっと近こうよれ。」
妖艶な笑みを浮かべたレークォ、改めローチスが謁見の間へと進み出、イサーク王のもとへ歩み寄る。
「イサーク王?何があったのぉ?」
王座に座るイサークにしなだれかかり、体にその豊満な胸を押し当てるローチスに目に見えてにやにやと表情をゆがめる。
「ねぇ?イサーク王?わたくしに教えていただけませんのぉ?」
甘えたようにイサーク王の耳元でささやき、首筋に指を這わせる。
そうするとイサーク王はローチスの柳腰を抱き寄せていやらしく足に手を這わせる。
「むふふ、そうだのぉ、ローチスの願いとあれば言わぬわけにもいくまい?実はのぉ、知能のない穢らわしい獣と邪悪な欲にまみれた魔族が極秘裏に会い、朕ら賢く気高い人を殺そうとしておるのだよ。」
「まぁ、やはり魔族も亜人も恥を知りませんのねぇ。」
困ったように顔に手を当てそういうローチスは内心舌打ちをしたくなった。
あの日馬鹿正直な亜人達を利用して人の国に来たあと、その美貌と肉体美を活かし下級貴族に取り入ったレークォは、名をローチスと改めその下級貴族と婚約をした。
その後下級貴族よりも爵位や社会的地位の高い者に狙いをつけ、相手から手を出させるように手練手管で誘惑をし、着々と自らの地位を高めていった。
とはいえ所詮は身元のはっきりとしない女の為、なかなか上級帰属に取り入ることができなかったので、市井にある噂を流す。
『魔族が人を滅ぼそうとしている。命からがら逃げだした奴隷が情報を持っているぞ。』
その噂は、少し前に魔王が人間の国に姿を見せたこともあり真実味を帯びて瞬く間に広がった。
その噂を王国は無視できずに、その逃げ出した奴隷の捜索が始まり、偶然王国騎士団に所属している一人の騎士の婚約者がその女であった。
すぐさまローチスは王宮へと召喚され、王に直接謁見するところまでこぎつける。
それからはただ自分の得意な魅了の魔法で王を人知れず魅了し、自分を愛妾として囲わせればいい。
適当にその魅了の魔法で集めてきた魔族と亜人のあれやこれを小出しにささやいて、夜はお尻を振ってやれば次第に地位は確固たるものとなっていった。
いつか自分を追い立てた妖精王や、この右腕を切り落とした魔王に復讐してやろうと考えていたのに……。
ローチス魔族と亜人が手を組むという予想だにしなかった展開に、イサーク王に向ける笑顔の裏で醜く顔をゆがめる。
「そうだなぁ、ローチスの右腕を奪った憎き魔王を朕が倒してやろう。なに、後数か月もすれば朕の軍隊は亜人を圧倒することになろう。ローチスはそれを朕の横で見ておればいい。」
「まぁ!!素敵ですわぁ。」
そう簡単にはいくものかと思いながらも、どうせ被害を被るのは人の国なのだし関係ないことだと、危険になれば逃げればいいと思い、いっそう美しく笑いイサーク王に魔法をかける。
「イサーク王がいらっしゃれば怖いものはありませんわぁ。」
「むふふっ。そうであろう?」
より深い魅了の魔法にかかった王を嘲り笑うと、どうやって魔族と亜人を打ちのめすかを考え始めた。
「嫌な予感がするな……。」
アコルハイトを離れアパルクライスに帰ってきたクロノスは西の空を睨みぼそりとつぶやいた。
「ぁあっ?何だって?」
「む……。いや、気のせいだといいのだが、西の空がよどんでいるのだ。」
クロノスのつぶやきを拾ったヴラフォスが尋ねると、西の空から視線をそらさずに答える。
他者の魔力を読むことに長けた魔族の中でも特に力の強いクロノスはその空気中を漂う微精霊の気配ですら敏感に感じ取ることができる。
「空がよどんでるだァ?」
しかし魔力を読むことができないヴラフォスは訝し気な声をあげ、それを見ているほかのドワーフたちがおろおろと自分たちの族長を止めようとする。
しかし、その心配をよそにヴラフォスはクロノスが理不尽にその力を振ることはない。それどころかむしろ懐のでかい者だと判断し、はじめよりもより気安く接し始め、クロノスもアルカードもそれを受け入れている。
「うむ、微精霊の流れが滞っておる。通常神の加護でもない限り微精霊たちは常に世界を循環しておるのだが……。思った以上に事態は深刻かもしれんな………。」
「そいつは……、俺らが頑張るしかねーな。人間どもが俺らの予想を上回ってるってんなら、俺らがそれを上回ればいいだけのことだ。てめえら!!急に魔族の国に来て本調子が出ませんでしたじゃぁすまねーぞ!!!」
にやりと不敵な笑みを浮かべたヴラフォスが後ろでおどおどとするドワーフたちを激励する。
「てめえらが妖精王から受けた恩を仇にして返すんじゃねーぞ!!」
そう叫ぶと皆一様に目に力を宿らせる。
「これは……、面白いことになりそうですね。」
「ああ、そうだな。」
それぞれの国でそれぞれの思惑が動き出した。
「さて、勝つのは余らか、人の子か……。見ものだな。」




