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10話

応接室のソファーで大切そうにユースティアナを抱きしめるクロノスを複雑そうな顔で見ていたハインリヒは、気まずげに口を開く。


「正直、あなたがその幼子を囲うのは気の迷いかと、思っていました。あなたに捨てられても亜人の国で生きられるようにとこの国の滞在を進めました。すみません、私はあなたのことを少々誤解していました……。」

そう言って頭を下げるハインリヒにクロノスは薄く笑う。


「魔王は、ある意味誤解を与えるのが仕事だからな……。気にしてはおらん。それよりも、」

クロノスは腕の中で眠るユースティアナをソファーに横たわらせ、自分の太ももを枕にするように寝かしつける。


「先程話していたエルフの女の話をしたい。あまりこの子に聞かせるものでもないであろう?今のうちに話を進めたい。」

「心当たりが……?」

目を鋭く細めてクロノスを見るハインリヒは先程までと違い、亜人を守る妖精王としての顔をしている。

「エルフの奴隷に心当たりはないが、エルフの罪人であるならば心当たりがあってな。あの鈍色の事だ魔族の悪評を利用して身分を偽る事くらいするだろうと思ってな。」

そう言うとつっと目線をソフィーに向ける。


「あう、でもでも!!嘘ついてるようには見えなかったよぉ!!?」

「ソフィー、たとえ亜人であっても罪人はその国の法で裁かれることが決まっています。それをあなたが助けたとなると外交問題ですよ。話なさい。」

もしかしたら自分とキルロスがいけないことをしたのではと、慌ててパタパタと羽を動かして言葉を探したソフィーだが、ハインリヒの鋭い視線にがくりと肩を落とした。


「えっとね、会ったのは……五ヶ月くらい前かな?アシュクマイヤから北東の空に光が駆けた後、その調査に魔族の国に行った時にだよぉ。血の匂いがしたからキルと一緒に追っかけて行ったら血塗れのエルフがいたの。」


「五ヶ月前か……。その女は右腕の欠損したエルフと人間の間の子か?」

時期はレークォの行方がわからなくなったあの日だ。

嫌な予感がした。

「そ、そうだよ…。もしかしてさ、ほんとに罪人だった……?」

ビクビクしながら腕の翼で顔の半分を隠しこちらを伺うソフィーにクロノスはため息をついた。


「そうだ。おそらくそやつは鈍色だろう。ちょうどその時期にユースティアナに害を加えた為王族侮辱罪で罪に問うた女だ。」

まさ本当に生き延びているとは思わなかったクロノスは苦々しく顔をしかめる。


「鈍色……確か魔族は魔力色が見えるのでしたね。その罪人の名は?」

魔族の国では、指名手配をする場合顔ではなく魔力の色を周知する為罪人は名で呼ばれることがない。

既に記憶の片隅に追いやった女の名を思い出す。


「ああ、鈍色の名は確か、……レークォ・キィだ。」


「レークォ……?あのレークォ・キィか……!?」

ハインリヒがその名を聞いて思わず立ち上がる。

よほど有名な名前なのかソフィーも目を見開き驚いた。

「その様子だとこちらでも有名らしいな。」

「……お恥ずかしながら。あれはエルフではない、欲深い人間と悪魔の間に出来た女とまで言われています。三年ほど前に発覚したことですが、当時レークォと婚姻関係にあった男の従妹を名乗る少女が私の元に来たんですよ。従兄の嫁が家族を奴隷にしていると。」

そう言ってハインリヒはレークォの犯した罪を話し始めた。



当時レークォはドワーフの男と結婚しており、その親族関係のドワーフを誑かし自分を襲うように仕向けた。そしてこのことを黙っていて欲しかったら自分のいうことを聞けと宣ったそうだ。


親族間の結び付きの強いドワーフは、不貞は重い罪に問われる。自分から襲った手前断れなかったドワーフの男はレークォの言うがままに別の種族の亜人を捕まえ奴隷にしたり、親族の他のドワーフたちがレークォを同じように襲うように手伝いをさせられたらしい。

それでも言うことを聞かないものは、弱みを利用して自分の手下となったドワーフを使い、親族間で殺しをさせたのだ。


しかも、当時レークォは顔と名前を変え、合計三つの種族で同じことを行っていた。

さらに年数を遡ると計五つの種族が被害にあっていたことがわかった。

レークォのせいで奴隷になったと思われる亜人は100人を超え、レークォに支配された家族は皆一様に精神に異常をきたしていたという。



「それからあとすこしでレークォを捕まえられるとなった時に捜査員の1人がレークォの魅了の魔術に嵌り捜査網が崩壊。その結果あの者を逃がしてしまいました。」

苦虫を噛み潰したような顔でハインリヒはそう言った。


思った以上に厄介な相手にハインリヒはソファ背もたれに体を預け、空を仰いだ。

「それで、そのレークォはどうしたんです。」

どの状態で目頭を押さえたハインリヒがソフィーに聞いた。


「えっとね、魔王の奴隷で逃げ出したから、親族のいる人間の国まで送ってった……。」

魔族の広大な土地を亜人の力を使ったとはいえ、隠れながら逃げたのなら人間の国までおよそ2ヶ月、多く見積もって3ヶ月……。

「人が軍事力を増強し始めた時期と合致しますね……。」

ボソリと呟いたハインリヒの言葉にソフィーは顔を青くさせ、クロノスは何を考えているのか、無表情で自分の膝で眠るユースティアナを見つめる。


なんと厄介な……。

ハインリヒはこの七面倒臭い状況に、トントンと自分のこめかみを指で叩く。

「これは本格的に、魔族との結束を固めねばなりませんね。一年後か、三年後か……、人間どもがいつ戦争を仕掛けてくるのかわかりませんが、必要とあらば完全に私たちの管理下に入れることも視野に入れなければなりませんね。」

ああなんて、欲深き人間の醜いことか……。



「それはならん。」


ハインリヒが頭の中でどうやって人を従わせるか考えていると、今まで黙っていたクロノスが感情を感じさせない声でそう言った。


「ほぉ?お優しい魔王様はあの貪欲な人間にも情けをかけるのですか?」

今まで歴史の上で、散々人間に搾取され虐げられてきた亜人の王たるハインリヒは、人を擁護するようなクロノスに厳しい視線を向ける。


「そうだな。あれが真に欲深いだけの種族ならば余も庇いはせんよ。だが、それは本質ではない。」

眠るユースティアナの頭をさらさらと撫でながら無機質な目でハインリヒを見た。

「神の意思が関わる。おぬしでは抗えんよ。もちろん余もな……。余に出来ることは意思を知るものとして人が本来の性質に戻れるように手助けしてやることだけだ。」


そう言いながら、クロノスはユースティアナの身体を揺らし起こしてやる。

「んむぅ……。眠い……。」

ひと眠りしてすっかりトラウマによる混乱も収まったのか、いつもの調子で起きたユースティアナに、ハインリヒもソフィーもほっと安堵のため息をこぼした。

「ん、クロ……なぁに?」

まだ眠いのか舌っ足らずなユースティアナを優しく見つめる。


「うむ。お勉強の時間だ……。この世界の成り立ちと、神々の話をしよう。」



「ソフィー、すみませんがこれからの話は国家間の重要機密になる可能性があります。席を外していただけますか?」

「わかったよぉ。あ、待って!先にその子に挨拶してもいーい?」

「ええ、構いませんよ。…ユースティアナもよろしいですか?」

先ほどのこともあるのでハインリヒがそううかがうと、クロノスの服をきゅっと握ってはいるもののこくりと頷いた。


「えっと、えっとね!ソフィーみたいなハーピー見るの初めてだよねぇ?」

トコトコと近づいてきたその少女にユースティアナはこくりと頷いた。

すると満面の笑みを浮かべると、右翼を拳のように丸め左翼でそれをつかみ、首部をたれた。


「ヴィエトルの民のハルピュイア族のソフィーだよ!君に神様のご加護おっ!!」


ニコッと笑って振り抜いた左翼の軌跡には、風のようにうねる魔力がキラキラと光り、ユースティアナを包み込んだ。

それはまさに空を駆るハーピーのような清々しい魔力であった。


「ユースティアナ、です。」

「ユースティアナちゃん?それじゃあティアってよんでもいーい?ソフィーのことはソフィーでいいよ!」

「う、うん。ソフィー、よろしく…。」


無邪気にそう言ってソフィーは翼になっている腕を伸ばし、ユースティアナの腕をとりぶんぶんと降る。

「ティアとソフィーはお友達っ!!」

「とも、だち……?」

「うん、ダメ…?

しょぼんと首をかしげるソフィーに対し、ぶんぶんと首を横に振る。


「ソフィー、友達……っ!!」

そういって嬉しそうに頬を緩めるユースティアナの頬はかすかに赤く染まり、隠しきれないうれしさがにじみ出ているようだ。


ユースティアナにとって、名前で嫌厭されることがなく真正面から友達だと言ってくれたのはソフィーが初めてだった。キキョウやデイジーやローズは仲良くはしてくれるものの、あくまで彼女たちにとってユースティアナは仕えるべき主人であって、なれ合うための友人ではなかったのだ。


「クロ!友達、できた…!!」

「うむ、よかったな。余もうれしいぞ。」

わざわざクロノスのほうに向きなおりきらきらした表情でそう報告するユースティアナの頭を撫でてやる。

するとユースティアナは思わずにやける口元を手で押さえ、嬉しそうにクロノスの手に頭を押し付け笑う。


その様子にソフィーも嬉しそうに照れ笑いを浮かべる。

「じゃあソフィーはもう行くねぇ。ティア、ばいばい!!」

「ん。またね…。」

互いに機嫌よさげに手を振りあいソフィーは部屋を出ていった。



「……それでは、貴方が人間を守る理由。それから魔族の誕生の話を教えていただけますか?」

そういうハインリヒの顔にはこの世界で魔王のみが持つ知識への興味、そしてそれを知ることへの喜びが浮かんでいた。



その言葉にクロノスは一つ頷き、自分の横に座っていたユースティアナを膝に抱き上げる。

「もちろんだ。では始めようか、この世界の始まりの話だ。」

次回神話のお話です

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