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5話

「ハインリヒ、さん。」

がたがたと揺れる馬車の中、ハインリヒもクロノスも進んで喋る方ではないのでユースティアナの幼い声だけが響く。

「なんです。」

「あの、アコルハイトまで、どのくらいかかりますか?」

「そうですね、オスクロオーロ大森林の一部を抜けますので……このまま馬車を使えば恐らく5日ほどかかるかと。」

「いつか……。」

思ったよりもかかるらしい旅の行程にユースティアナは思わず俯く。体力が有り余っているこの年頃の子供にとってその間ずっと馬車でじっとしておくのは至難の業だ。

それは他の子供より大人しいユースティアナにも当てはまることで、その間外をろくに歩き回れないのかーとしょんぼりする。


「……今回、もし魔王が彼らだけで来たのなら私も無駄に経費をかけたくありませんしそれでいいとも思っていたんですがね……。」

しょんぼりとするユースティアナの様子にふうっとため息を吐いたハインリヒが話を続ける。

「あなたが来ると事前に聞いていましたのでオスクロオーロに入る前に魔方陣を用意していますよ。ですので、今日はその魔法陣のある森の入口にあるシェンビスクの街まで行きます。そこで一泊して明日の朝、魔方陣でアコルハイトに飛びます。ですので馬車に乗るのはもうあとほんの数刻ですよ。」

まだ子供のユースティアナにもわかりやすいようにできるだけ噛み砕いて教えてくれたハインリヒは、さらに、寝ていればあっという間です。といい加えてふいっと顔を窓の方に移動させた。


「あ、ありがとう……っ!!」

「いえ……。」

その素っ気ない返事にちょっぴり寂しさを感じながら、クロの腕の中でもぞもぞと眠りやすい体勢を作るユースティアナ。その様子をちらりと横目で見たハインリヒは、視線を窓の外に戻し口篭る。

「あー……。ユースティアナ、私の名前が呼びにくければ、ハインツかリッヒと呼びなさい。敬称はいらん。」

ぶっきらぼうに少し早口でそう言ったハインリヒは、いつも通り眉間に深くシワを刻み、いつもとは違いエルフ特有の長い耳を少し朱に染めてそう言った。

「リッヒ……ありが、とう!」

「………………いえ。」


「では余はハインツと呼ぶとしよう。」

膝の上のユースティアナをぎゅっと抱きかかえたままのクロノスがなんとも言えない表情でハインリヒを見てそう言った。

「……貴方にその呼び方を許した覚えはありませんよ。」

「うるさい。余のユースティアナを誑かすな。」

クロノスはそう言うとぎゅーっと腕の中のユースティアナを抱きしめ、目の前に座るハインリヒを威嚇する。その腕の中でユースティアナはトクトクとクロノスの胸から聞こえる心地のいい心音と、自分を守るように巻き付く温かな腕に眠気を誘われうつらうつらと気づけば眠りに誘われていた。



「今なら特別に余のことをクロと呼ぶ権利を与えてやっても良いぞ?だからハインツよ、ユースティアナのことは諦めよ。」

「そんな権利欲しくもないし、貴方からユースティアナを取るつもりもありませんよ。ただ私をハインツと呼ぶのはおやめなさい。」

「なに!!?余をクロと呼ぶのはユースティアナだけの特権だというのに、それが要らんのか!?いやハインツよ、やはり余のことをクロと呼ぶな、ユースティアナの特権だ。」

「だからそんな権利要りませんし、呼ぶ予定もありません。だからハインツと呼ぶなっ!!」


「…………んぅ。うるさぃ……。」

ぎゃーぎゃーと騒いでいた2人はクロノスの腕の中でぽそりと呟かれたつぶやきにきゅっと口を継ぐんだ。

「……はぁ。私に幼子の眠りを妨げる趣味はありませんよ。」

「……安心しろ。余とてユースティアナを起こす気はさらさらない。……一時休戦だな。」

二人揃ってふうっとため息をついて腕の中の少女を起こさぬように静かに窓の外を眺めることに徹した。





ユースティアナ……


水の中で揺蕩うような微睡みの中、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。皆に蔑まれる呪われた名ではない、皆に愛される名を呼ぶ声だ。


ユースティアナ……っ


黒を纏う大好きな人のくれた名前。私を地獄から連れ出した温かい手を持つ人がくれた大切な大切な宝物。


「ユースティアナっ!起きよ!もうついたぞっ!!」

ぐっと身体を大きく揺すられ、ユースティアナの意識を引き戻す。



「あんたなんて、生まれて来なければ良かったのに。」



微睡から覚めるその刹那、頭のどこか奥深くで自分を呪う低い女の声が、聞こえた気がした。



「んぅ。クロ……?」

「ユースティアナ、シェンビスクに着いたぞ。」

ふと目を開けると目の前には自分を抱きかかえたままこちらを覗き込むクロノスの顔が映り込む。

「今のうちに起きておかねば夕食を食べる時に辛いであろう。」

心地の良い眠りの最後に聞こえた女の声が頭にガンガンと鳴り響く。嫌な声が、まるで呪いのように頭の中に谺響こだまする。その不快感に思わず眉を顰め、クロノスの懐に擦り寄った。


「?ユースティアナ……?どうかしたのか?」

トクトクと聴きえてくるクロノスの心音と、自分を心配するその声によって女の声は形を潜めた。

「魔王、何をやっているのですか?早く降りなさい。……ユースティアナ?顔色が悪いようですが、何かあったのですか?」

先に馬車を降りていたのであろうハインリヒがあまりにも遅い2人を呼びに馬車を覗き込み、クロノスの腕に収まるユースティアナを見て額のしわを深くした。

「……んーん。だいじょう、ぶ。クロ、リッヒ、ありがとう……。」

この優しい人たちがいれば怖いことは何も無い。きゅっとクロノスの服を掴んだユースティアナが薄く笑う。


「何かあれば遠慮なく言うのだぞ?」

「倒れたら元も子もありませんよ。」

それでもなお自分を心配してくれる優しい人たちにじわじわと心が温かくなるのがわかった。



大丈夫、大丈夫。私はまだ、

「だいじょうぶ。」

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