21話
その日自ら人間との国境沿いにある周りを壁に囲まれた円形の防衛都市であるアパルクライスをアルカードと共に視察していたクロノスは思わず舌打ちしたい気分になった。
「逃亡奴隷の数が増えておるな。それも亜人の奴隷ばかりだ…。」
そう、この国境沿いの防衛都市にはこのところほとんど毎日人間の国からの逃亡奴隷がやってくる。今までは多くとも数か月に一人いるかいないのかだったのが、その頻度が毎月になり毎週になり、今では毎日だ。
「奴隷が力をつけ始めたかと思うたが、子供の逃亡奴隷がいるところを見ると奴隷の数を増やしすぎて制御できなくなったか……。」
そう、今まではヴォルフのような青年の逃亡奴隷が多かったのが、今ではユースティアナとさして年齢の変わらぬ奴隷もちらほらいる。
「いかがないますか?」
「どうにもせん。今まで通り自治区で世話をしてやれ。望むなら亜人の国の国境まで送ってやれ。」
「御意…。」
魔族の国で王都に次いだ規模を誇るアパルクライスの街は多数人間の商人も出入りする貿易都市であると同時に世界屈指の軍事力を誇る防衛都市でもある。その中には地位の高い魔族のみの逗留が認められた中心街、人間亜人魔族関係なく市民権を持つものが入ることのできる平民街、そして商人や観光客が入ることを認められた外街の三つに領域が分かれている。その平民外と外街の間にいくつかこぶのように存在するのが逃亡奴隷による自治区で、逃亡奴隷は平民街と外街への出入りが認められている。
昔から逃亡奴隷を受け入れることの多かったアパルクライスでは数百年前からこの街に逃げ込んできた奴隷のためにこのようなエリアを設け、奴隷の保護と自立を促している。
「しかしこのままでは自治区が足りなくなるな。やはりそろそろ本格的に妖精王と話し合わねばならんな。」
ユースティアナがいなければほとんど表情筋が動かないクロノスだがこの時ばかりは事態の深刻さにわずかに眉をひそめる。世間の評判とは裏腹に平和を望むクロノスは人間の欲深さに辟易とする。
その時、街を囲む城壁の向こうからカプリコーンの使い魔が飛んでくるのが見えた。使い魔とは意思を持たない魔力の塊で、その使役者によって姿は動物だったりただの塊だったり様々なのだが、カプリコーンの使い魔は山羊だ。使い方は多種多様で、少ない魔力だと遠方への言伝に使ったりそれなりの魔力はいるが使い魔越しに遠方の風景を見ることに使われる。今回はどうやら前者のようだ。
「カプリコーンが使い魔を使うとは…。」
「うむ、何かあったようだな。アルカード、すまぬが自治区の視察は任せるぞ。」
「御意。」
スタッとクロノスたちの前に降り立った山羊の使い魔はその口を開き、
『ユースティアナ様が城内にて倒れてしまわれました。』
その言葉を聞いたクロノスはすぐさま空間転移魔法を発動させ魔王城へと飛んだ。
以前日本で使ったときとは違い寸分たがわずユースティアナの眼前に転移したクロノスは魔法の余韻の光が収まるのも待たずにベッドの上で息を荒くして苦しむユースティアナを抱きしめる。
「ユースティアナっっ!!!」
自分の腕の中に納まる子供特有の少し高い体温を感じ改めてユースティアナの無事を確認する。
「ユースティアナ!大丈夫か!!?」
「ク、ロ……っ!!」
少し震える声で自分を呼ぶ養い子が痛々しい。なぜユースティアナがこんなにも心を痛めているのだ。
「おぬしが倒れたと聞いて、最悪を想像した…。人であるおぬしは脆いのだ、無茶してくれるな。」
その長い年月の中で幾度となく諍いを目の当たりにし人や亜人の命のはかなさを知っているクロノスはユースティアナが倒れたと聞き、そんな人や亜人と同じようにすぐ死んでしまうのではないかという恐怖を感じずにはいられなかったのだ。
「大丈夫ですわぁ。わたくしが倒れていらっしゃるその子をすぐ見つけて助けたんですもの。」
「む、キィか。おぬしも居ったのか。」
クロノスは後ろから声を掛けられてやっとその場にレークォがいることを知った。魔王の第一伴侶候補を自称するこの女をクロノスは疎ましく思っていた。欲深い人間でも珍しいほど濁った魔力、自分に媚びながらカプリコーンにもすり寄るその性根の悪さ、城の魔族どもはこの者に子を産ませるだけ産ませて用が済んだら捨てればいいと言っていたがクロノスは自らの魔力をこの女の腹に注ぐのも嫌悪感を覚える。
「ねえ、クロノス様。わたくしもユースティアナ様と仲良くしたいのぉ。お話ししてもいいかしらぁ?」
「キィよ。誰が余の名前を呼ぶことを許可した。口を慎め。その名を呼んでいいのはユースティアナとカプリコーンだけだ。それから、ユースティアナは倒れたのだ、今日は部屋で休ませる。出直せ。」
この女の目にユースティアナをさらせばユースティアナの人にしては珍しいほど白く美しい魔力まで濁る気がして腕に抱き込んだまま自室に移動する。その間ユースティアナはぎゅっとクロノスの胸元をつかんで離そうとしない。
歩くのも惜しくさっさと転移で自室にとんだクロノスは胸の中で固くまるまったユースティアナをそっとベッドに下ろそうとしたのだが服を掴んで離さない。
「ユースティアナ?どうしたのだ…。」
「………。」
「…ユースティアナ?」
「…………。」
呼びかけても返事をせずにぐりぐりとクロノスの胸に頭を擦り付ける。
しょうがないのでもう一度抱き上げ一緒に布団に潜り込む。
「話したくないのなら良い。ただ今日はもう休め。」
優しく背中を撫でくれるクロノスにユースティアナは複雑な気持ちを抱いていた。
さっきの女性は何なのか。あの怖い女の人がクロの奥さんになるのか。そうなったら私はどうなるのか。
クロが母親や母の恋人のように無責任に自分を捨てるとも思わないが、レークォと会い蘇った母との記憶が自分を苛み最悪の想像をしてしまう。
不安とクロを疑うような自分の思考に悲しくなりポロリと涙が一筋零れ落ちた。




