20話
クライルの診察によるとおそらく疲れか、新しい環境になれて緊張の糸が緩んだ為倒れたのではないかと言われカプリコーンは知らず知らずのうちに詰めていた息をほっと吐き出す。そしてこの幼いクロノス様の養い子の存在がこれほどまで自分の中で大きくなっていたのかと改めて自覚をした。まさか今まで業務一辺倒だった自分がその全てを投げ出していこの娘のために駆けつけるなんて昔の、常に魔王様の為にあれと律してきた自分が聞けば驚き私の魔王様への忠誠心の低下に叱責するだろう。もちろん私のクロノス様への忠誠心がなくなった訳では無く、ただそこにユースティアナ様という新たな主が加わっただけだ。カプリコーンは次第にこの人間の幼子がいつか大人になった暁にはクロノス様の伴侶となり子を成してはくれないだろうかと願うようになっていた。クロノスもこの幼子をかつてないほど可愛がっており、ユースティアナ自身もクロノスに憧憬の念を抱いている。もしそれが実現すればあの卑しく姦しい女共をこの城に入れる理由もなくなるのに、と思いちらっとその代表格であるレークォの姿を盗み見る。
豊かな艷のある金色の髪を纏めあげたレークォは確かに美しい。清廉なエルフを思い起こさせる涼やかでいて妖艶なその顔は見るもの虜にする魅力があり、女性らしい出るべきところはしっかりと出た肉体も男達の目を捉えて離さないだろう。しかしそんな美しく均整のとれた見た目とは裏腹に心は醜く歪なことをカプリコーンは知っていた。
魔族はその出自故亜人や人間よりも他社の魔力を感知するのに秀でている。魔力には魔族は黒、人間族は白、亜人族はその特性によって左右されるもののそれぞれ色がある。そして、これは人間族にのみ起こる現象なのだが人はどのような人生を歩んできたかによって色が移りゆき、欲深いものほど黒に近い色になり心優しいものほど白に近い色を持つのだ。このレークォは人とエルフのハーフなので、人族の白とエルフの黄がもとの色であるはずなのに今は果てしなく黒に近い鈍色だ。
「いったいどれだけの業を重ねてきたんだ…。」
カプリコーンはレークォに聞こえないようにそうつぶやく。
その見た目と子供を産む能力を有しているという理由だけでクロノスの嫁候補に上がっただけだというのにつけ上がり城の者達を蔑ろにする。最近では城に近寄ることも無かったので気を抜いていたが、なぜユースティアナ様がここでの生活に慣れたこのタイミングで来るのかとカプリコーンはそのトレードマークである山羊の頭蓋骨の下でギリッと唇を噛み締めた。
「ねぇ、カプリコーン様?この子が魔王様の養子になった人間とやらですのぉ?」
その名前を貴様が口にするなっ!!そう言いたいのをぐっと押さえ込み、カプリコーンは嫌悪感を押さえ込み努めて冷静に振る舞う。
「左様でございます。クロノス様自ら足をお運びになり連れてこられました大切なお方でございます。」
「まあ!でしたらわたくしが1番に見つけられたのも何かのご縁かもしれませんわ!魔王様の、いえクロノス様と仰るのかしら?彼の伴侶候補として、クロノス様のご息女様をお助けできたなんて……運命かも知れませんわね。」
口元に長くしなやかな指をそっと当て美しく、しかし妖艶に微笑むレークォにカプリコーンは思わず舌打ちしたくなった。
「……ねえ、その子が起きるまでそばに付いていてもいいかしら?きっと急に倒れたからここで目を覚ますとびっくりするわぁ。わたくしが説明をした方が負担も少ないんじゃありませんこと?」
カプリコーンが言い淀んでいるとレークォはさらにそう提案をしてきた。しかしレークォの提案も一理あるので断りきれず、
「……ええ、ではユースティアナ様が起きるまで、よろしくお願い致します。ああ、もちろん私もご一緒させていただきますよ。」
そのレプラーンの発言にほくそ笑んだのはレークォだった。少なくとも自分は魔王改めクロノス様が大切にしているもののそばに置いていただけるほどにはこの宰相からの信頼を勝ち得ているのだと思ったのだ。ならばこの小娘に取り入り、従えることさえできればあの美しいクロノスの伴侶の座に収まることも夢ではないと思えた。
「ん……?」
そうこうしているうちにユースティアナが目を覚ました。先ほどはまさかこのクソガキが例の養女だとは思わずに高圧的な態度をとったがこれから先カプリコーンとクロノスに取り入るのであればそれを悟られてはいけない。
「あらぁ?やっと目を覚ましましたのね。よかったわぁ、急に廊下で倒れるんだものぉ。心配しましたのよ、わたくし。」
狡猾な蛇のようにユースティアナの横にするりと歩み寄ったレークォはカプリコーンにばれないようにユースティアナの枯れ枝のように細い腕を力強く握る。
「っ!」
「ねえ、あなたユースティアナと言うのでしょぉ?なかよくしましょう、ね?」
そういって笑ったレークォの顔は誰もが見惚れるほど美しく慈愛に満ちているように見えた。しかしユースティアナはそのレークォの瞳の奥深くに自分の母親と同じ自分に対する嫌悪があるのがわかった。そして同時に心の底にこびりついた母親への恐怖がレークォに立ち向かう気力をすべてそいでしまう。
「あ、あり、ありがとう、ござい、ます…。」
「…いいのよ。クロノス様の養い子だもの。ならクロノス様の伴侶であるわたくしには娘も同然だわぁ。」
ユースティアナに向けた優越感を含んだその言葉にユースティアナは目を見開き驚く。
「っ!レークォ嬢あなたはまだ伴侶候補でございましょう?まるでご自分がもうクロノス様の伴侶のように振る舞うのはおやめくださいませ。」
「あらぁ?そうだったかしら?ごめんなさいね。でも、わたくし以外の候補の方々はもう国に帰られたのでしょぉ?ならば暫定的にわたくしが伴侶になるのは一目瞭然じゃないの。」
レークォの発言をカプリコーンが咎めるがユースティアナの耳にはその言葉が入ってこない。この母のように狡猾な女性はクロのお嫁さんになるといわなかったか?クロは私をお嫁さんにはしてくれないの?あの日私を助けたときに言った言葉は嘘だったの?仮にこの人がクロのお嫁さんになったとして、私はまたあの母親と暮らした苦痛を味わわなければならないのか?
考えが堂々巡りし次第に息が浅くなったその時。
「ユースティアナっっ!!!」
誰よりも待ち望んだクロがどこからともなく光とともに現れユースティアナの幼い肢体をぎゅっと抱きしめる。
「ユースティアナ!大丈夫か!!?」
「ク、ロ……っ!!」




