18話
ユースティアナが魔王城にやってきて早数か月、ユースティアナの存在はすっかり魔族の間では受け入れられていた。素直で優しく、誰に対しても分け隔てなく接してくれる世界最強の個体魔王の養女様。なのに自分に優しくされることに慣れていなくて、些細なことにも例を言う控えめな少女。城にいるものは皆その少女の笑顔が曇らぬようにほほえましく見守っていたのだが、それをよく思わない者もいた。
カツカツと高さのあるピンヒールを履いて歩く妖艶な女性はギリッとその形のいい唇をゆがめて悪態をつく。
「なんなの、なんなの、なんなのよっっ!!!魔王様も宰相様もこのわたくしをほったらかしにして何かと思えば貧相な人間のクソガキに気をかけているですってっ!!?」
彼女の背中が大きくあいたオフショルダーの黒いドレスはその豊満な胸を惜しげもなくさらけ出し、コルセットで絞めたくびれは細くしなやか、そして太ももの深いところまで入ったスカートのスリットからは歩くたびに長く美しい足が見え隠れし見る者の視線を奪う。彼女の名前はレークォ・キィといい、ユースティアナが来る前からこの城にたびたび来ていた亜人族のエルフと人間族のハーフの女だ。亜人と人間のハーフには珍しく高い魔力を有しており、その見た目も美しいレークォはかつて魔王の伴侶候補として連れてこられた女の一人だった。
クロノスが養子を探す前のことだが魔界では魔王の嫁探しのための大規模なお見合いパーティーが幾度となく行われていた。魔族とはほかの種族からは忌諱されるものの、種族のグループからはみ出たはぐれ者たちにとってはこれ以上にない後ろ盾であった。また、クロノスの美しい顔に惹かれ集まる女性も多くいた。このレークォもクロノスの顔につられた女の一人で、彼女はエルフ特有の涼やかな顔ともって生まれたバランスのいい女性らしい身体、そして巧みなトーク技術と豊富な話題で魔王の第一嫁候補と囃し立てられた女性であった。
実際にはクロノス自身が結婚には乗り気でなかったのとレークォの高飛車な性格が災いし婚姻関係には至らなかったのだが、レークォはお見合いパーティーがなくなってからもたびたび魔王城を訪問しクロノスにすり寄っていた。
ついこの間までレークォに魔王様の子供を産むことを期待していた城の魔族たちは、ユースティアナの登場により高飛車で見下ろしてくるくせに命令ばかりしてくるレークォよりも血こそつながっていないものの魔王様からも大切にされているあの愛らしい少女を優先するようになった。しかしそれが面白くないのがレークォだ。今の今までそんなものはきっと一時的にすぎない、みんなすぐにわたくしの重要性がわかるはずだと腕や足を組んで高みの見物でもしてやろうとふんぞり返っていたレークォだが、それがひと月すぎふた月すぎと時間がたつにつれ組んでいた腕を解き足を直し遂にはその重い腰を上げて、まさに今日魔王城に乗り込んできたのだ。
「このわたくしにわざわざ足を運ばせるなんてたかだか人間族の小娘がっ!!」
レークォが苛立ち紛れにそばにあった甲冑を蹴り飛ばすと金属がぶつかり合うけたたましい音とともに小さな悲鳴が後ろから聞こえてきた。
「あ、あの…、おねえさん…どうし、たの……?」
「はあ?」
凄んだ顔で後ろを振り向くと幼い少女がびくっと体を硬直させてこちらを見ている。
「ッチ!なんなのぉ?あなた、わたくしが誰かわかっててそんな顔をわたくしに向けてるのぉ?」
「あ、う、ごめ、ごめんなさ…。」
「なんなのよぉ、そのうじうじしたしゃべり方。気持ち悪いんだけどぉ。」
メイクをばっちり施した美しい顔のレークォが威圧するようにユースティアナの顔を覗き込む。思わず顔を背けようとしたユースティアナに舌打ちをし先のとがった爪のついた指でガッと顎を掴みこちらを向かせる。
「ひぅっ。」
「あんたねぇ!このあたくしが話してるんだから顔背けようとしてんじゃないわよ!!」
「ぁ、ぅ、ごめん、ごめんなさい…。」
その剣幕にユースティアナの大きな目に涙が溜まっていく。
「ッチ!泣いてんじゃないわよぉ、わたくしがいじめてるみたいでしょぉ?」
「ごめ、ごめんなさい…。」
「……なんかいもなんかいもなんかいも謝ってんじゃないわよ!!うっとしい!!」
「ぁぅっ!」
何度も泣いて謝罪するユースティアナに気を悪くしたレークォはユースティアナの顎を掴んでいた手を思いっきり振り払う。それによりユースティアナの幼い肢体はバランスを崩し倒れこんでしまう。
「まったく、なんであんたみたいな貧弱でなんの役にも立たなさそうな人間族が魔王城にいるのよぉ。」
まるで汚らわしいものを見るような蔑む目線を送るレークォにユースティアナは自分の母親を重ねる。
自分を殴ったり蹴ったり髪の毛を引っ張ってきた高飛車な女。地獄のように寒くて息苦しいベランダに何度も何度も閉じ込めた女。ユースティアナの体はクロノスが助け出したものの、物心ついたときから虐げられてきたユースティアナの精神はまだそこに縛られていた。
幸せだった最近の生活で無理やり忘れようとしていたのが母親と同じような性格をしたレークォの存在によって鮮明にユースティアナの脳裏によみがえってきたのだ。
「ああ、ちょうどいいわぁ。」
「っっ!」
いいことを思いついたように機嫌のよさげな声を出したレークォにユースティアナは体を震わせた。
「あんた、魔王様の養女になったとかいうクソガキ知らないかしらぁ?」
背後に燭台の光を背負ったレークォの顔は暗く影が差しているにも関わらず、ユースティアナを鋭く睨むその長いまつ毛で縁どられた目はギラギラと不気味に光っていた。
はいむかつくー
因みに名前の由来は逆読みして頂ければわかると思います




