17話
クロノスとカプリコーンにクッキーを渡した後ユースティアナは機嫌よく城内を散策していた。
「クロ、喜んで、くれたっ!」
あのマンションのベランダという息苦し場所から救い出してくれてクロノスにこちらの世界に来てから何も返すことができていないと実はずっと悩んでいたのだ。実際はクロノスも城のほかの者たちもユースティアナの分け隔てない態度に癒されているのだが、ユースティアナはそれを知らない。たとえ知っていたとしてもユースティアナはクロノスたちのために何かしようとするだろう。
るんるん気分で次にユースティアナがやってきたのは城の訓練場だった。
「アルカード、さんっ!ヴォルフ!」
「あん?お姫様じゃん!どうしたの?」
「……。」
訓練場にいたのは二人の男だった。
ユースティアナの姿を見るや否やかけてきて抱き上げてくるくる回るのは亜人の獣人種のヴォルフ。
褐色の肌に濃紺の髪の毛、そしてそれと同じ色の耳としっぽが生えている。彼はこの魔王城で保護された元奴隷の亜人族である。現在魔族の国で奴隷制は廃止されているが、たまに隣の人間の国から逃亡奴隷たちが流れてくるのを保護している。ヴォルフはそんな保護された逃亡奴隷のうちの一人である。
ひとしきりくるくる回ったヴォルフがユースティアナを下におろしたときに、無言でユースティアナの頭をなでる背の高い厳めしい男は名をアルカードといい、魔王城の警備の一切を請け負う将軍である。彼は魔王城警備から周辺の治安維持まで幅広い業務をこなしており、ヴォルフやほかの逃亡奴隷たちの保護にも力を入れている。ヴォルフはそんなアルカードにあこがれて亜人の国に帰らず魔王城で兵士として生活しているのだ。
背が高く厳めしい顔のアルカードはヴァンパイア種なのでいつもつばの広い帽子を目深に被り、コートや手袋などで全身を覆っている。唯一見える目も眼光鋭く、寡黙な性格もあり会うものを威圧してしまう。
しかしユースティアナも元々しゃべるほうではないし、見た目よりも性格や行動をよく見ている彼女にとって寡黙ながらにいつも自分を気遣ってくれるアルカードに懐いている。
「姫、どうした…。」
頭を恐る恐るなでてくれるアルカードをじっと見つめると、なにかいけないことをしただろうかとアルカードがほんの少し焦りを浮かべてユースティアナを見る。といってもほかの人にはいつもの無表情にしか見えないのだが。
「んーん。なんでも、ない、よ。」
そういってきゅっとアルカードの服の裾をつかむユースティアナにアルカードは小さくホッと息を吐く。
子供はもちろん大人にまで怖がられ怯えられるアルカードは、今でこそユースティアナと触れ合えるくらいにまでなれたが、初めて会ったときはユースティアナを怖がらせないように必要以上に距離をとったり話すときはわざわざヴォルフを通していた。
ここにいる人たちはクロも含めみんな優しくて不器用な人ばかりだとユースティアナは感じていた。でも、彼女にとっては日本にいたときに周りにいた人たちよりもよっぽど居心地がよく、また自分も不器用なのでひどく安心していた。
「今日は、ドラクーンに、会いに来た。」
頭をずっと撫でてくれるアルカードの手を捕まえてフニフニといじりながら言う。
「……そうか…。」
「ドラクーンに?そしたら俺ちょっと連れてくるわ。」
ドラクーンというのはヴォルフの愛獣であるドラゴンのことだ。赤い鱗が日の光を浴びてキラキラ輝くのが宝石みたいにきれいでユースティアナはたまに会いに来るのだ。
しばらくアルカードの手で指を絡めてみたり固くなった指先をフニフニとマッサージしたり遊んでいたユースティアナだったが、ヴォルフがドラクーンを連れてくるとすぐそちらに興味が移る。
連れてこられたドラゴンはサラマンダー種のドラゴンで、大きな体躯にいかつい顔。ギラギラと輝く金の瞳はユースティアナをしっかりととらえている。
「ドラクーンっ!!」
きゅっとドラゴンの首元に飛びついてその美しい鱗を優しく撫でるユースティアナ。一方彼女の興味を奪われたアルカードはというと、さっきまでユースティアナが触っていた手のひらを嬉しそうに眺める。今までこの見た目のせいで子供には泣かれ続けていたので、見た目で判断せずに中身を慕ってくれるユースティアナを好ましく思っていた。
そして今現在ユースティアナに鱗を撫でられているドラクーンは気持ちよさそうに喉をぐるぐるとならしている。人型の魔族よりも魔力を感じる能力にたけている竜種はユースティアナのもつ真っ白で清廉な魔力を心地よく感じており、さらにドラクーンの名前を付けたのもユースティアナとクロノスなので二人のことを親のように思っている。
「ほんっとドラクーンはお姫様のこと好きだよなぁ。」
万に一つ、億に一つもないとはわかっているがドラクーンがユースティアナを傷つけることがないようにそばで見守っているヴォルフは苦笑いを浮かべる。
なぜなら、プライドの高い竜種が人間族の、それも子供に忠誠心を抱くことなど普通はないからだ。
「ドラクーン、好き…。」
そう言ってきゅっと抱き着くユースティアナに返事をするようにドラクーンはぺろりとユースティアナの顔をなめる。
「っ!ドラクーン、くすぐったい…っ!」
くすくす笑いながらもそれを受け入れるユースティアナにますますドラクーンはじゃれつく。
「ほんとにお姫様かっわいいよなー。」
「………。」
頬を緩めてうんうんとうなずくヴォルフに小さくうなずいて同意を示すアルカード。
結局のところ魔王城に住む魔族たちはみなこの小さな人間を大切に思っているのだ。
「ユースティアナ。」
「クロっ!!」
しばらくそうやってじゃれあっていたドラクーンとユースティアナだったがちょうどクロノスが仕事を終え迎えに来たのをきっかけにじゃれあうのをやめる。ユースティアナはすぐにクロノスの元へと駆けていった。
「ユースティアナ、楽しかったか?」
ひょいとユースティアナを抱き上げてそう聞くクロノスの首元にすりすりと頭をこすりつけながら、
「楽し、かった…!次は、クロも、一緒がいい…っ!」
そうのたまう養い子のなんといじらしいことか。緩んだ頬をそのままに額に口づけを落とす。
「うむ、ならばまた余の仕事のない時に城内を歩いてみるか。カプリコーンに予定を調整させよう。」
「う、んっ!!クロ、大好きっ!」
クロノスの言葉に今日一番の笑顔を浮かべ喜ぶユースティアナを、その光景を見ていたヴォルフとアルカードはほほえましそうに眺める。
「ま、魔王様がお姫様にとって一番だってことっすよねー。」
「……。」
そういうヴォルフと小さくうなずいたアルカードを置いてクロノスはドラクーンの鱗にように真っ赤に染まった夕日の中、ユースティアナを抱き上げたまま城内へと戻っていった。




