14話
そうして結局名づけの儀式は三日三晩続いた。時々ユースティアナの気がそれ始めたと思ったらクロノスが気分転換にと庭園に連れ出し、ほんの少し疲れが見え始めたら抱き上げて睡眠をとらせてやる。魔王たるクロノスが甲斐甲斐しく世話を焼くさまを見て、みながユースティアナを害せば世界最強の個体たる魔王を敵に回すことを理解した。
もっとも名をもらった魔族たちには、既にユースティアナを害そうと思う気持ちなどかけらもありはしないのだが。
そんな中、たった一人の魔族だけいまだに名をもらっていない。ようやく自分かと意気込んだその時ほかでもないクロノス自身がユースティアナによる名づけを終えると告げたのだ。
そのたった一人名を与えられなかった魔族はあの山羊頭の宰相だった。
やはり自分は魔王様に必要とされていないのかもしれないと落ち込みを見せたとき、
「これにてユースティアナによる名づけの儀は終わったが、もう一人、余自ら名をつける者がいる。山羊頭よ、前に。」
凛とした魔王の声でそう告げられた。すべての魔族から憧憬を含んだ目が自分に向けられる。あまりの衝撃に脳が言葉を理解しきれていないが、なんとかよろめきながら自らが敬愛してやまない魔王様のもとへとたどり着く。
「山羊頭よ、おぬし何か思い違いをしておったであろう。おぬしは余が魔族を束ね人間と亜人と共存すると決めたあの時からずっと余の隣にいたではないか。そんなおぬしの名をなぜほかのものに任せられると思ったのだ。」
この数万年ずっと望み続けた魔王様から信頼を表す言葉に山羊頭の象徴ともいえる山羊の頭蓋骨の下で涙を流す。
「おぬしが宰相として余の隣におらねば、余はもっと力をもって魔族を制圧せねばならなかったであろう。そしてこれから先、余はユースティアナを養女と迎えることによってより一層人間と亜人との関係修復に尽力するつもりでおる。」
もう目がかすんで前が見えない、嗚咽が漏れて魔王様に返事をすることができない、それでも敬愛する魔王様の姿を声をけっして見逃さないように聞き逃さないようにじっと意識を集中させる。
「余の望みがいつ実現されるかはわからぬ。すぐかもしれぬし遠い未来かもしれぬ。だが、それがいつになろうと余のそばを離れることは許さん。わかったな“カプリコーン”」
「はい、はいっ!何があろうともあなた様のおそばに居続け、たとえ身が亡び魂になろうとも、あなた様だけにお仕えいたします。」
「うむ。おぬしは本当に忠臣の鏡だな。そんなおぬしにもう一つ権利をやろう。余の名前を呼ぶ権利だ。」
家臣としてこれ以上の栄誉があるだろうか。名前を与え自分の忠誠を永遠に誓うことを許されただけではない、魔王様がご息女たるユースティアナ様より賜った魔王様の一等大切な宝を私のような矮小なものに呼ばせてくださる、その権利をくださるというのだ。この場で宣言なさるのは生涯その御名を呼ぶことを許されたのは今のところユースティアナ様を除き私ただ一人ということだ。
「あり、ありがたく…頂戴、いたします………っ!!」
「わが名はクロノス。魔王クロノスだ。異世界における時を司る神の名よりつけられた名だ。」
魔王クロノス。まさに魔王様、いやクロノス様にぴったりの名だ。この世界で唯一神代を知る生きた伝説たるクロノス様に時の神を冠する名前を付けるとはなんと素晴らしきものか。
「“クロノス”とは、とても素晴らしき、良いお名前ですね…。謹んでクロノス様の御名を呼ばせていただきます。」
カプリコーンはそういって自らのトレードマークの山羊の頭蓋を脱ぎ自分の横に置き、片膝を立てた状態で深く腰をおり頭を床につきそうなほど下げる。まるで首を差し出すかのようなその体制は家臣が自らの主に命も魂でさえも捧げる際に行う最高礼だ。
それに対し今度こそこの宴の終わりを告げたクロノスがユースティアナを片腕に抱き大広間を後にした。
カプリコーンはその後ろ姿が大広間を出てもしばらくその姿のままクロノスに忠誠を誓い続けた。
一方部屋に戻ったユースティアナは今までにないくらい嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「ユースティアナ、どうしたのだ?」
「カプリコーンが、いい名前、って!」
「ああ、余の名前のことか。言ったであろう?おぬしのつけた名前がおかしいはずがない。嘘ではなかっただろう?」
いまだ嬉しそうに顔を緩めるユースティアナを布団に入れてやり自分ももぐりこむ。
「クロ、」
嬉しそうに自分の名前を呼ぶユースティアナの頭をなでてやる。
「クロ、ノス…大好きっ!」
ギュッと自分の首に腕を回して抱き付いてくるユースティアナ。
ふわっと子供特有のやさしい甘い香りとともにユースティアナ自身のにおいが鼻腔をくすぐる。
それにこたえるようにクロノスもユースティアナの体に腕を回し抱きしめる。
「余も、おぬしが好きだよ。ユースティアナ。」




