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9話

光が収まるとあの日山羊頭がクロノスを異世界転移魔法で日本に送った部屋にいた。

「魔王様。おかえりなさいま、せ…。」

たまに雑な言葉遣いをするものの、話すときはよどみなくすらすらしゃべる山羊頭には珍しく言葉が詰まる。

「うむ、戻ったぞ。ああそうだ、山羊頭。この者が余の養女むすめになったユースティアナだ。」

「はじ、め、まして…。」

クロノスの腕に抱かれたユースティアナが緊張のためかぎゅっとクロノスの服をつかむ。

その姿がなんとも愛らしく思わず頬が緩む。

「な、ま、魔王様が…微笑んでいらっしゃる!?」

大げさに驚いて見せる山羊頭。…余だってたまには笑うこともある。それがここ数億年タイミングがなかっただけだ。

なまじ動きが丁寧な分慇懃無礼にみえてならない。

「…山羊頭よ。余の娘があいさつしておるのだぞ?」

「はっ!も、申し訳ございません。わたくしは山羊頭と呼ばれております。この国の宰相として魔王様の元で十三万年ほどお仕えさせてただいております。」

恭しく腰を折ってそういう山羊頭にユースティアナは無意識のうちに詰めていた息をホッと吐き出す。

「あ、の…ユースティアナ、です。」

正義ユースティアナですか、とても美しく清廉な良い名前でございますね。」

「!あ、あり、ありがとうっ!!」

今まで名のせいで虐げられてきたからかユースティアナは名を褒められることが好きなようだ。もっともその名をクロノスがつけたから、という理由もあるのだが。

「山羊頭。余らはしばし休息をとる。そうだな…あとで赤と橙と紫あたりに食事を運ばせよ。余の分はいらぬ、ユースティアナの分だ。」

「かしこまりました。」

また丁寧に腰をおりお辞儀をした山羊頭はそのまま音もたてずに退室する。

退室したのを見送ってから、ユースティアナを腕に抱えたまま寝台に潜り込む。

「クロ…?」

「ユースティアナ。食事が来るまでの間もう少し休むといい。」

困惑したような声のユースティアナにそう言ってやり布団をかけてやる。

布団の上からポンポンと優しくたたいてやると次第にうとうととし始めた。

「くろ…おやすみ…。」

ふにゃっと笑って眠りに落ちたユースティアナにクロノスは溶けるような笑みを向け音もなくおやすみと言ってやる。


「…山羊頭か、入れ。」

「失礼いたします。」

ドアの前に山羊頭の気配を感じ入室を促す。

「まさか本当に養子を連れてこられるとは思ってもみませんでした。」

「おぬしが連れてこればいいと言ったのであろう?」

「どうせまた逃げられると思っていたのですよ…。」

ユースティアナを起こさぬように静かに話す。

「しかし、人間の幼子にしても魔力が弱すぎませんか?生きているのが、不思議なくらいですね。」

「ユースティアナは、余と同じように世間に疎まれておったのだ…。自らの、母親からでさえもな……。」

そういうと山羊頭が顔をしかめたのが分かった。

魔族には元来親という概念が存在しない。しかし、親という存在がいないからこそ憧れや理想がほかの種族よりもずっと強い。無条件に自分を愛してくれる存在、いつでも抱きしめてくれる心の拠り所である親が子供を嫌い差別する人間の考えがわからずそれに嫌悪感さえ抱く。

「それは…。」

「だから余がもらい受けた。この子はあの世界でも浮いていた余に唯一何の偏見も嫌悪感もなく話しかけてくれたのだ。対等な関係なんぞ望めぬと思っておったのにな…、この子にだけは家族に抱く情のようなものを求めてしまうのだ。」

おかしいと思うか?と自嘲したような笑みを浮かべるクロノスに山羊頭は少しうれしく思う。

「よろしいのではないでしょうか。我々配下は魔王様に憧れ敬う気持ちこそ抱けど、この気持ちは一方通行ですので。」

「…なんだ、おぬしは余からの情を望むのか?」

揶揄ったように返してやるとまさか、と逆に笑われる。

「我々配下があなたに抱く情はあなたの求めるものとは違うでしょう。我々はあなた様の強さに憧れているにすぎません。そんな陳腐な感情に親愛で返されてはわたくしたちは身の置き所がありませんよ。あなた様の情をいただくならその前にわたくしたちもあなた様と対等であれるように努力すべきです。」

「おぬしはいつもながらにお堅いな。」

配下としては十二分すぎるその考えは、友や家族と呼ぶにはあまりにも遠すぎる。

ああ、やはり自分の渇きをいやすのはユースティアナしかいないのだと再確認する。

「なあ、山羊頭よ。」

「なんでございましょう?」

「ユースティアナがここで心安く過ごせるように気を配れ、いかなる障害も必要ない。この子はただただ溺れるような愛情と幸福の中に生きて死んでいけばよいのだ。どんな些細なことでも構わぬ、何かあればすぐ余に知らせよ。」

「御意。」

また頭を下げ出ていく山羊頭をしり目にユースティアナのあどけない寝顔を見つめる。

この子が望むことならどんな我儘でもかなえてやりたいと思う。たかが人間が生きれる残りの数十年間くらい好きに生きさせてやりたいのだ。その前にまず、


「早く元気になれ、ユースティアナ。そして余を安心させよ。」

ここからユースティアナを甘やかしにかかりたいと思います。

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