序章
この世界には大きく分けて三つの種族が生息している。人間、亜人、そして魔族だ。
人間は文化や宗教によっていくつかの小国を作り互いに盟約を結んでいる。その盟主として君臨する者を人間王と呼ぶ。
亜人はドワーフやエルフをはじめとし、シルフやウンディーネといった妖精族の総称である。ドワーフは火山に、エルフは森になど、民族や種類ごとに村を作り自然とともに生活をしている。それらを束ねるこの世界唯一のハイエルフは妖精王と呼ばれ、人間や魔族が亜人の領域を犯さぬように目を光らせている。
そして最後の種族、魔族は見た目こそ人間や亜人と似通っているが、決定的に違う点が一つある。ほかの種族が胎生なのに対して、魔族だけは、もちろん胎生で増えることもできるが、一般的には自然発生的に生まれてくるのだ。それでもある一定の種類に分類され、国を作っている。その魔族の国の頂点に立つのが、かつてこの世界にまだ神々が暮らしていた神代から生きている唯一無二の最強の個体、魔王、その人である。
人間と亜人の間では、魔王とはこの世の罪悪のすべてを一心に受けた最も邪悪な存在で、髪は闇をまとったような漆黒、その鋭く輝く目はまるで血潮のごとく赤色をしていると言われ、極悪非道で冷徹無慈悲な生き物を生き物と思わない魔王と出会えば死ぬよりもつらい責め苦を味わわされた後に魂の一片すら残さずに殺されるとまことしやかに囁かれていた。
ここにそんな罪の化身のような男といわれる魔王の住まう城がある。
しかし噂とはえてして不確かなもので、背びれ尾ひれがついて回るものだ。実際の魔王様はというと、今日も今日とてごろごろ寛いでいるところを部下に結婚をせっつかれていた。
「魔王様。いい加減伴侶を見つけて子をなし魔族の未来のためにご尽力なさいませ。あの半亜人のレークォ嬢などはいかがですか?」
そう言うのは魔王の右腕、宰相の座につく山羊の頭蓋骨を仮面のように被った魔族である。余談だが、一般的に自然発生で生まれてきた魔族たちは名を持たずに身体的特徴や、その発生した場所の名前で呼ばれることが多い。
「そうは言ってもな、山羊頭よ。余もことしで37億5862万7891歳になるであろう?正直10億歳を超したあたりから伴侶よりも子か孫が欲しいのだ。女は面倒くさい…。」
そう魔王が答えると山羊頭は心底めんどくさいといった顔で大きくため息をついた。
「はぁ…。よろしいですか、魔王様。いくら魔王様がお強いといってもおひとりでは限界がございましょう?我々のように魔王様を敬愛しているものばかりではございませんし、手っ取り早くあなたの意思を継ぐ者が必要なのですよ。」
「む、それは余もわかっている。」
「ならばもういっそのこと養子でも構いませんからさっさとあなたの意思を継ぐ個体を連れてきてくださいませ。」
山羊頭はそう言って、いっそのこと慇懃無礼といえるような態度で恭しくお辞儀をした。
山羊頭にとっても養子など半分以上が冗談のつもりだったのだが、魔王はそうか、おらぬのなら連れてこればよいのかと、止める部下の言葉も聞かずに意気揚々と養子探しの旅に出かけてしまった。
まず魔王様は魔族の子供で有望なものを探してみたものの、会う魔族会う魔族すべてがその場にひれ伏し、いかに自分の力が強いのかを語ってくる。平和主義を公言する魔王様は魔族は血の気が多すぎると呆れた。
次いで訪ねた亜人の国では、魔王様の姿を見るや否や村や国を挙げて攻撃をされた。子に会えぬでは養子は探せぬと痛む心を無理に納得させた。
最後に訪れた人間の国では、姿を見せれば阿鼻叫喚地獄に早変わり。あるものは泣き叫びながら逃げまどい、あるものは気を失い、あるものは失禁しながら許しを乞うてきた。魔王様は、世間に根付いた噂のせいでここまで他の種族に嫌われるとは、と目に涙を浮かべて城に引きこもった。
「全く…魔王様はこの世界のすべての悪しきものの権化と言われていらっしゃるのですから他国から養子が取れるわけないでしょう。そして、大変メンタルが弱くていらっしゃる。」
そういって山羊頭は部屋の隅で布団にくるまりいじけている魔王様にまた特大のため息を漏らす。
「ここでいじけられても業務の邪魔になりますので、いっそのこと一週間ほど別の世界でいじけてきてはいかがですか?」
山羊頭は魔王様の足元に異世界転移の魔法陣を発動させた。
いまいち状況が理解できず、え?え?とこぼす魔王様を無視して魔法陣を発動させた。
光に包まれる魔王様に一言。
「あちらでいい感じの子供を見つけたら一緒に連れて帰って来るとよろしいですよ。」
と真面目な顔で冗談を言ってみた。




