File1-1
男に連れられて道を進む、頭のどこかに騙されて変な場所へ連れ込まれてしまうのではないだろうか?という疑問がよぎるが、そんな少年の心配を余所に足早に歩を進める。
細道や路地裏を通り抜け一軒の店の前に立つと、店の入り口には炎を纏った車輪のオブジェが看板のように掲げられていた、それを見てたぶんここで間違いないのだろうと、幾分の安堵感をに浸る少年を余所に、男は無遠慮に扉を開け中に入って行く、少年はあわてて後に続くが男の発した言葉で完全に虚を突かれキョトンとしてしまった、それほど男の発した言葉は違和感に満ちたものであった、
「あ、お休みの所失礼いたします、お客様をお連れいたしました」
その声は完全に下僕が主人に対するような声であり、どこからどう見てもチンピラとしか見えない男が発する言葉としては違和感を感じざるを得ないものであった、
「ふぁ~」
なんとも間の抜けた返事を発した人物はカウンターの向こう側にチョコンと座った少女だった、艶やかな長い黒髪、透明感さえ漂う白い肌、これで口許の涎の痕がなければ完璧なのに、少年がそんな事を考えていると、少女は案内をしてきた男とその後ろにいる少年をチラッと一瞥すると、ゴソゴソとカウンター下の引き出しを探り、指で銀貨を男へと弾き飛ばし、まだ眠そうな声で言った、
「みんなでお分けなさいね」
男は銀貨を受け取ると、平身低頭しながら、さらにへりくだった声で言う、
「毎度どうも!何かありましたら是非!おぅ坊主ここ関連の話だったらいくらでも持って来い!協力は惜しまんからな!」
言うだけ言うと、アッと言う間に店を出て行った、その素早い挙動に呆気にとられていると、少女が話しかけてきた、
「で、どういうご用件」
その声に触発され少女の方を向くと、ギョッとしてしまった、いつの間にか手に長細い筒状のパイプを持ち、うまそうにタバコの煙を吐き出していた、10歳に満たなそうな少女のその動作には妖艶ささえ漂っていた、一瞬呆気にとられたが気を取り直して、自己紹介から始めた、
「あ、すいません、僕はチャフ村から来たペテロと言います、行商で村と王都を行き来するボーマンさんから、困ったらここへと言われて来ました」
彼の言葉を聞いてはいるのだろうが、まったく興味がなさそうに明後日の方向をボンヤリと見ながらタバコの煙をくゆらせている、ペテロはその様子を見ながら、留守番の少女では話にならず主の帰還待ちになるだろうと、朧気にかんがえていた、しかしその考えを見透かすように少女が言う、
「続けて」
その少女の態度に腹立たしいものを感じたが、先ほどのチンピラの態度と合わせて考えると、この少女の父がこの店の主で、この少女を怒らせる事は得策ではないと考え、続ける事とした、
「姉が王都に出稼ぎに行ったんです、ですが今年に入ってから一切便りが無くなってしまって消息を探して欲しいと思ってきたんです」
彼の言葉を聞くと、フーっとタバコの煙を吐き、のんびりとした口調で少女は言った、
「あきらめたら?消息不明で生きてたためしはないわよ」
呆気にとられてしまった、会話開始数分でクライアントを断る店番なんていくら自分が田舎者であったとしてもあまりにひどい、そう思ってしまった、しかも自分より年下の少女に言われて自尊心もかなり傷つけられた気がした、たださすがに強く文句を言う事もできず、店の主が帰ってくるまで所在なげに店の中を見回していると、便利屋と言うわりにポーションの類が所狭しと並べられており、薬の類も扱っているのが見て取れた。
ペテロがシゲシゲと店内を見回している間、少女は何も言わずペテロの存在を完全に無視して虚ろな目でタバコの煙をくゆらせているだけだった、さすがに狭い店内で商品を手に取る事も憚られたため、いよいよ所在なげにしていると、店の扉が開き一人の男が入って来た。
男は長身で細身ながら、露出している部位の筋肉に一切の無駄が感じられず、精悍な印象を見る者に与えていた、しかし整った顔立ちながらどことなく軽薄で無邪気ささえ漂う顔が精悍な印象に若干の柔らかさを与えており、見る者の警戒感をほぐしてもいた。
男はペテロを一瞥すると少女にむかって、問いかけた、
「お客さん?」
少女は男の声を聞くと軽くペテロの方を向き、興味なさそうに言う、
「人探しだって」
少女の言葉を受けて男はペテロの方を向くと、親指を立て笑顔で言った、
「がんばれ!」
言い終わると、カウンターの横を軽く飛び越え店の奥へと消えて行った。ペテロは呆気にとられていたが、我に返るとその場に残る少女に喰ってかかった、
「探してくれないんですか?」
少女は半開きの眠そうな目をペテロに向けると、静かな声で話し始めた、
「さっきも言ったけど、いい結果はまず望めないわよ、むしろどこかで楽しくやっている、って思いながら探さない方がいいんじゃないの?」
彼女の言葉が真実であろう事は予想ができた、しかし肉親の情としてそれをすんなりと受け入れる事はとうてい無理な相談であった、ペテロはうつむきがちながらしっかりと意思を持って話した、
「0じゃないなら、探して欲しいです、もし仮に生きていないとしても、きちんと弔ってあげたいんです」
その言葉を聞くと、少女はフーっとタバコの煙を吐きながら手元の呼び鈴を軽く振るった、すると奥からさきほどの男が現れ彼女の後ろに立つ、
「私はナミ、こいつはカーシャ、あなたの依頼お引き受けするわ」
ナミと名乗る少女の言葉を聞き、訳が分からなくなった。決定権を持っているのがどう見ても10歳に満たない少女で、しかも下町のゴロツキがペコペコしている、いったいここはどういう店なのかがペテロには全く分からず、パニック一歩手前の状態となっていた。