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転校生

 いつも通りの平日。

 俺はいつも通り幼なじみの武里樹ぶりき 結愛ゆあと学校に来ていた。

 教室に入る。俺の席は前から三列目、右から二列目のところ、結愛の席は一番前の一番左、窓際の席になっている。俺と結愛はそれぞれ自分の席へと向かった。


「おはよう」

「おう、おはよう」

 俺は右隣にいる女子生徒、田井夢たいむ 理富りふとあいさつを交わした。こいつとはお互いボケたりツッコんだりと、冗談を言い合える良い仲だ。


「どうした? 私の顔をじっと見て。私の顔になんかついてる?」

「いや、今日もお前は可愛いなって思って」

「なッ!? ……はッ!? ……ふ!?」

 ただし理富はこういう冗談は苦手だ。

「冗談だ冗談」

「え? あ、ああうん。冗談ね冗談。うん。分かってる分かってる………………一発殴っていい?」

「俺以外ならどこへでも」



 しばらくすると後ろから一人の男子生徒に声をかけられた。

「おはよう、歩斗、理富さん」

「おお、セイン。おはよう」

「おはようセイン」

 彼の名前は伊部海いぶかい 瀬院せいん。俺の後ろの席のやつだ。みんなから『セイン』と呼ばれている。比較的ツッコミに回ることが多い。


「どうしたの? 歩斗。そんなお腹を抑えて。理富さんに殴られた?」

「ちょっと待ってセイン。『お腹を抑えてた』で、なんで真っ先に私に殴られたが出てくるの? 普通腹痛とかじゃない?」

「ごめんごめん。普段の二人の様子を見てたらね。違ってた?」

「……私が殴りました」



「おはようだー!」

 三人で駄弁っていると、元気いっぱいといった感じの一人の女子生徒が現れた。彼女の名前は夜村よむら 和々わわ。みんなからは『ワワ』と呼ばれている。席は理富の後ろ、セインの右。俺から見ると右後ろということになる。


「なーなー、今日、天動説が来るらしいぞ」

 ワワが自分の席に着き、そんなことを言い出した。

「え、なに? 天動説が来るって。なんか怖い」

 理富が言った。

「ん? いや違う。天動説ではなくて……てん……てん……」

 ワワがなにかを思い出そうと唸る。

「もしかして、転校生?」

 セインが言った。

「おお! それだそれだ。転校生! さすがセイン」

 ワワが思い出したようにポンッと手を打った。

 転校生と天動説は、言葉の雰囲気としても全然ちがうだろ。どうやったら間違えるんだ。普通間違えんぞ。

「で、その転校生はどんなやつなんだ?」

 俺はワワにきいた。

「んー、詳しくは知らないが、女だ」

「女か、可愛いやつだといいな」

「………………」

 理富がジト目でこちらを見てくる。この話題はこの辺でやめとこう。



「よーし、馬鹿共。席に着けー」

 しばらくすると、俺らの担任教員がクラスに入ってきた。名前は夜村よむら こころ。性別は男。いつもどこか気怠そうにし、俺ら生徒のことをよく馬鹿共と呼ぶ。これどっかお偉いとこにチクったら問題になるよな。まあ、なんだかんだ言っても良い先生だから誰もチクるわけはないんだが。


 ちなみに先生とワワは二人とも名字が『夜村』だ。当然みんな気になるわけで、みんなできいてみたところ、二人は親戚なんだそうだ。親戚でワワは先生の家に泊まっているらしい。先生は独身だ。「間違っても手を出したりするなよ」と冗談で言ってみたら「俺は年上が好きなんだ。お前らぐらいの年頃は興味ねえよ」と言われた。まあ、その言葉が本当かどうかはさておき、その辺りのことは大丈夫だろう。


「さーて、今日は転校生を紹介するぞー」

 教卓で夜村先生が言った。ワワが言っていた通りだ。まあ一緒に住んでるから、情報源もそこだろう。


 ガラッ


 教室の前の扉が開かれる。ツカツカと教卓まで歩いてくる女子生徒。そしてカカッと黒板に自分の名前を書き、

「今日からこのクラスに転校してきた津出つで 緋色ひいろよ。よろしくお願いするわ。覚悟しなさい!」

 と宣言した。『言った』というより『宣言した』という表現の方がしっくりくる話し方だった。


「あーッ! お前はッ!」


 突然クラスの左後ろの方で大声があがった。

 大声をあげたのは地糸ちいと 修地しゅうじ。クラスでは目立つ方でもおとなしい方でもない、まあ普通の男子高校生といった感じのやつだ。席は一番左の一番後ろ。


「なッ!? なんであんたがここにッ!?」


 転校生の津出も驚いたように地糸を見ている。知り合いなのかな。

「おー、お前ら知り合いか。ちょうどいい。津出、お前の席はあそこだ。さっき大声出した馬鹿の隣。一番後ろの窓から二個目。空いてるだろ、よしいけ」

「せ、先生! 私、違う席がいいです。ほら、そことか空いてるでしょ」

「そこのやつは今日は休みなだけだ。他に空いてる席はない。めんどくさいから早く行け」


 津出がしぶしぶといった具合に地糸の隣の席に移動する。座るときチラッと地糸を見て、プイッと顔を背けた。



 朝のHRが終わると、津出の周りには人が集まっていた。

「よし、行くぞ理富。転校生イベントだ」

「よしきた」

「やめなよ。津出さん困ってない?」

 俺が理富を引き連れて津出の方に行こうとしたら、セインにたしなめられた。

「本当に困ってそうならやめるよ」

 俺はそう言い残して津出の方へ向かった。


「ねえねえ、津出さんはどこから転校して来たの?」

鷹城おうじょう高校よ」

「えっ、鷹城高校ってあのお嬢様高校でしょ!? そんなすごいとこからどうしてこんなとこに?」

「まあ、ちょっとした事情があったのよ」


 津出はすでに質問攻めにあっていた。

 くっ、出遅れたか。前の質問をきいてないから、下手な質問はかぶる可能性があるから出来ん。ここは黙って見ておこう。

 津出はみんなからの質問に明るくしっかりと答えている。これはクラスに馴染むのも早そうだ。


「津出さん、好きな男性のタイプは?」

 一人のクラスメイトが津出にそんな質問をした。

「なッ!? ……なッ!?」

 こういう話は苦手なのか、津出は顔を真っ赤にしてうろたえていた。

 そして横の地糸を一瞥し、コホンと咳払いをして、

「そ、そうね。好きな男性のタイプは……い、いないけど。嫌いな男性のタイプならあるわ。覚悟のない人よ」

 と、最後の言葉は明らかに地糸に向けて言った。

「それはどういう意味だよ!」

 地糸が言った。

「どうもこうもないわよ! 私にあんなことをしておいて、責任とる覚悟もないなんて!」

 津出が少しきつめに地糸に言った。やっぱりこの二人は知り合いだったか。

「あんなことって?」

 俺らギャラリーの中からそんな声があがった。

「その……パ……パ……」

「パ?」

 津出は顔を赤らめながら少し言い淀み、


「パンツを見ておいて!!!」


 感情が高ぶったのかクラス全体に聞こえるぐらいの声量で言った。

 教室中が静まり返る。みんな津出の言ったことを改めて考えているのだろう。

 えーっと、つまり、地糸が津出のパンツを見たってことだろ。


『……………………』


 教室のみんなの地糸を見る目が、軽蔑する目に変わっていた。


「いや、あれは事故なんだって! わざとじゃないんだって!」

 地糸が津出を含むクラスのみんなに弁明する。

「聖華。離れた方がいい」

 理富が、最初から今までずっと興味なさそうに窓の外を見ていた折岩おりいわ 聖華せいかに声をかけた。聖華の席は一番左の後ろから二番目、つまり地糸の前の席だ。

「………………」

 聖華が黙って地糸から離れる。


「 そう。こいつはパンツ見た責任とる覚悟もない人なのよ!」

「あれは事故だって説明したし、見たことはちゃんと謝ったじゃないか!? 責任って一体なにしたらいいだよ!?」

「なにって、そんなの決まっているじゃない!」

 津出はそこまで言うと一息ついて、


「パンツを見ておいて、私と結婚する覚悟もないっていうの!?」


 ……………………???

 あれ? どういうことだ?

 彼女は何を言ってるんだ?

 クラスのみんなも津出が何を言ったか考えているように静かになる。

 えーっと、なんだ?

「……つまり、プロポーズ?」

 津出の顔が真っ赤に染まる。

 あれ? 俺今声に出してた?


「な、な、なんでそうなるのよ!!」

 津出が真っ赤になって怒鳴る。みんなは「あー、なるほど」という感じの空気になっている。

「いやだって、言葉から考えると……だいたいそんな意味合いだろ?」

「全然違うわよ!」

 全然違うのか。よく分からんな。


 キーンコーンカーンコーン


 そうこうしているとチャイムが鳴った。1時間目が始まる。戻るか。

 みんなもぞろぞろと自分の席に戻る。

 津出は何か言いたそうにしていたが、チャイムが鳴ってみんな席に帰ったので、黙ってキッと地糸を睨んでいた。


 津出つで 緋色ひいろ。クラスメイトが一人増えました。


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