狐と蛇と女の化け物の昔話
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喫茶アルト
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昔々、ある山を狐の集団と蛇の集団が支配していました。狐の集団は山の東半分を、蛇の集団は山の西半分を縄張りとし、一本の街道をその縄張りの境目と定めていました。
強力な妖力を持つあやかしによって統率された二つの集団は、時折、小さな諍いを起こす事はあれども、大きな争いなどは起こさず、平和に暮らしていました。
しかし、ある夏の終わり。
大きな嵐がこの山を襲いました。
今で言う台風、当時は野分と呼ばれる物でした。
それはそれは、とても大きな台風で山の木々も倒れ、川は氾濫し、狐や蛇ならず、山に住む多くの命が奪われてしまいました。
そして何より、山その物が崩れてしまったのです。
しかも、縄張りの境目だった街道までもが崩れてしまいました。
これには蛇の頭領も狐の頭領も大弱り。
目印がなくなっては、どこまでが狐の縄張りで、どこからが蛇の縄張りか解りません。他の目印もあるにはあったのですが、頂上近くにあった樹齢数百年を数える大杉は倒れてしまいましたし、南の斜面に流れていた小川もその流れを変えてしまいました。二つの縄張りを区切る目印になるような物は、何も残っていないのです。
人に化けた狐の頭領は、秋のススキのような髪に豪奢な振り袖を纏った美しい女性だったと言います。その狐の頭領が提案しました。
「とりあえず……お互いの縄張りには余り近づかないようにしましょう」
人に化けた蛇の頭領は、冬の雪のように真っ白な髪に白装束だけを纏った美しい女性だったと言います。その蛇の頭領も狐の棟梁の提案を受け入れました。
「そうですわね。ひとまずは近づかないようにしておきましょう」
山は豊かな山です。多少、お互いの縄張りが狭くなっても、生活していけます。
それから数年が経ちました。
その年はまれに見る大干ばつ。
豊かだった山の木々は葉を落とし、実をつけず。その実を食べていた小さな動物たちも死に絶えて、蛇と狐たちにも餓死していく物が増えていきます。
そして、少しずつ、少しずつ、近づかないようにと提案されていた互いの陣地へと近づく者が増えていくのも、しょうがない事でした。
ここは長い間、蛇も狐も近づいていませんでした。だから、ここにはほんの少しではありますが、他よりも食料が残っていたのでした。
お互いの目を盗み、そこに残ったわずかな食料を求めて、危険な狩りを蛇と狐たちは行います。
それは次第に諍いの原因となっていきました。
そして、間の悪い事にそれまで壊れていた街道を直そうとしなかった人間達が、この街道の修理に取りかかったのです。しかも、元の街道が会ったところではなく、元の街道よりもわずかに西側に新しい街道を作り始めたのです。
縄張りの増えた狐は大喜びですが、縄張りの減った蛇はそれどころではありません。
「人間の街道が出来次第、昔通り、街道を蛇と狐の縄張りの境目に戻しましょう」
狐の頭領は隠しきれない笑みを浮かべて、そう言いました。
「ふざけないで! 今の街道は昔の街道よりも十町(約一.一キロ)は西にずれてるはずだわ!」
蛇の頭領は髪を逆立てて怒鳴ります。
「十町も!? せいぜい、二町(約二百二十メートル)でしょう!?」
やっぱり、狐の頭領も怒鳴ります。
「十町よ!!」
「二町!!!」
「十町」「二町」お互いに譲りません。
何日もの間、互いに一歩も譲らず、怒鳴りあい続けた結果、二人の頭領は声を揃えて言いました。
「「お前ら滅ぼして、山全部、私たちの物にしてやる!!!!!」」
そういう訳で始まったのが、狐と蛇の大戦争。棟梁二人は強い妖力を持っているのはもちろん、彼女らの子分にもとても強い妖力を持つあやかしが何匹も居ました。そのあやかし達が毎日毎日街道を挟んで殺しあいをし始めたのです。
そうなると困るのは、何も知らずに街道を作ってしまった人間達です。
夜中に歩いていれば、木陰から狐火が飛んできて髪を焼いたり、昼間に歩いていれば、足を大きな毒蛇がカプリと噛みついたり……これでは、せっかく作り直した街道も使えません。
山向こうの村々との交易のため、なけなしの蓄えをはたいて作った道も台無しです。
そんな争いの日々が半年ほども続いたある夜……一人の旅人が峠を越えて村にやってきました。
旅人は夏の太陽のように真っ赤な髪に色あせたぼろぼろの着物を纏いながらもどこか美しく見える女性でした。
女は一軒の農家の戸を叩きました。
「夜分、申し訳ありません。私は旅の者です。一日の宿をお借りできないでしょうか? 些少ながらお礼は出来ます……」
すると出てきた農家の女房は言いました。
「寝る所くらいは用意してやれるが、食事は無理だよ……今年は日照りがひどくて出来が悪かったし、何より、街道も通れないんだ……おや、そう言えば、おまえさん、どこから?」
「街道を北から……そう言えば、狐火が二つ三つ飛んでましたね……おかげで足下は随分と明るくて、助かりましたが……」
コロコロと女は楽しそうに笑います。
それに農家の女房はぞぞ……っとした物を感じてしまいます。
「……お察しの通り、私は人ではありません。ですが、あなたやあなたのご家族にご迷惑はかけませんので、どうか、明日の夜まで日の当たらぬ所を貸してはいただけぬでしょうか?」
深々と女は頭を下げました。
顔色をなくしながらも、女将さんは農機具を片付ける物置を女に貸す事にしました。それとあわやひえの混じった小さなにぎりめしと薄いタクワンも一切れ。それは貧しい干ばつの農家には精一杯のもてなしでした。
「……ありがとうございます」
翌日の夜、女は再び深々と頭を下げると懐から布の財布を取り出しました。そして、そこから小さな一分銀をお上に差し出しました。今の金額で言えば数万円ほど価値がある物です。
「こんなに受け取れません!」
女房は驚き答えます。
しかし、女はにこやかな笑みで言いました。
「あぶく銭ですから……お納め下さい」
遠慮する女房にむりやり押しつけると、女は改めて言いました。
「これからしばらくの間、峠から大きな声が聞こえるかと思いますが、その声が聞こえてる間は決して、峠を通ってはいけません。そのことを村の人達にお伝え下さい」
そして、女はトコトコと夜の道を峠に向かって歩きます。
峠の頂点……左右には奇妙な女をいぶかしそうに見ている蛇と狐の一団が居る事を女は感じていました。
昨夜、女はここを通ったときに狐火を投げてきた狐を木の上まで蹴り上げ、噛みついてきた蛇をちょうちょう結びにしていたのです。
「あの女は強い化け物ぞ」
蛇の一匹が別の蛇に言いました。
「頭領と同じくらいに強いぞ」
狐の一匹が別の狐に言いました。
「「でも、一斉に掛かれば負けやしない」」
蛇と狐はそれぞれ違うところで、同じ結論に達しました。
そんな相談がなされている事を女は知ってか知らずか……峠の頂点にちょこんと彼女は座り込みました。
疲れたから休憩……と言うような様子ではありません。
ぴんと背筋を伸ばしての正座。まるで、茶室で客を待っている主人のようです。。
もっとも、下は赤土と砂利の峠道でしかないのですが……
ゆっくりと時が過ぎていきます。
女は動きません。
見守っている狐と蛇の一団も動きません。
どれくらいの時が経ったのか……
東の空が明るくなってきました。
葉っぱを落とした木々の間をまぶしい太陽の光が差し込んできます。
その陽の光が峠の頂点に座っている女の元にも届きます。
「くっ……」
それまで身動き一つしなかった女が小さな声を漏らしました。
ぷつりぷつり……女の右腕が泡立っていきます。無数の水ぶくれが出来ては弾け、弾けては新しく生まれます。それはまさに『肌が沸騰している』と呼ぶにふさわしいざま。
「ぎゃあぁぁぁあっぁあぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
それまで静かに座っていた女がのたうち始めます。
その声は山全体にこだまし、麓の村々にまで届くほど。
そして、日はますます高くなっていきます。
腕だけではなく、背中、顔、足、女の全身の肌が沸騰していきます。
それでも女は死にません。
「ぎゃあぁぁぁあっぁあぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
ますます大きな悲鳴を上げ、苦しみ続けます。
たまらないのは蛇と狐、それから、麓の人間達です。
こんな大声で悲鳴を上げられていたのでは、おちおち狩りも出来ません。彼らの獲物になる小動物達はおびえて穴蔵の中に逃げ込んでしまいます。ただでさえ少ない獲物がますます少なくなるのです。
しかも、この声は夜になっても消えません。
陽の光で焼けたのですから、夜になれば落ち着くのでは? と狐も蛇も思っていました。
しかし……
彼女は夜に生きる化け物なのでしょう。女の沸騰した肌は夜になると治っていきます。
「痛い、痛い、痛い、痛い!!!! 思ってたより結構痛い!! 痛がゆくなってきた!!!!」
しかし、意外と火傷は治る時も痛いのです。
こうして、昼の間は焼ける苦しみに悲鳴を上げ、夜の間はそれが治るときの痛みに悲鳴を上げるという日々が続きました。
こうなると、蛇も狐も狩りどころか寝る事も出来ません。
そこで力自慢の蛇が女の元へと行きました。その蛇は太い胴体で牛すら絞め殺した事があると、いつも自慢している剛の者です。
「皮を剥いで、蒲焼きにすんぞ!?」
痛みに我を忘れた女は怪力を振るって、蛇の皮を剥いてしまいました。いくら、蛇が脱皮をするとは言え、これはたまりません。這々の体で逃げ出していきます。
「蛇だけにね!」
体中、水ぶくれでどろどろなのに、意外と余裕があります。
そして、次は力自慢の狐が女の元へと行きました。その狐は強い妖力で多くの人々を化かしてきたと、いつも自慢している妖術の達人です。
「こっちは痛くてそれどころじゃないのよ!! 毛、丸坊主にして綿の代わりにするわよ!?」
痛みにのたうち回っている女に、幻術をかけても、それどころではありません。そのつややかな毛を引っこ抜かれてしまいました。いくら、毛更りをするとは言え、これはたまりません。尻尾を丸めて逃げ出していまいました。
「尻尾の毛はないけどね!」
やっぱり、この女、意外と余裕があります。
そして、こんな調子が二十日ばかり続きました。
もう、蛇も狐も限界です。みんながみんな、夜も昼も眠れないわ、狩りは出来ないわで、へろへろです。
そこで、蛇の棟梁と狐の棟梁が話し合いました。
「とりあえず、あの女をどこか日陰に連れて行こう」
狐の棟梁がそう提案しました。
「それじゃ、私たちの縄張りに荒れ寺があります。あそこの床下なら昼でも暗いですわ」
蛇の頭領はそう言ってその提案を受け入れました。
もちろん、捕らえに行くのは二人の棟梁達です。他の手下達にそんな気力はありません。
変化を解いた蛇の頭領が女の体に巻き付き、締め上げます。
狐の頭領は締め上げられた女の体を引っ張ります。
二人の棟梁も寝てない上に食べてもいないのでへろへろです。もしかしたら、この女が暴れたら殺されてしまうかも知れません。損な覚悟を決めて女の元へと参りました。
しかし、女はまるで抵抗する事もなく、蛇の頭領に体を締め上げられ、狐の頭領引き摺られて連れて行かれます。
そして、荒れ寺の床下に連れて行かれると、今までの悲鳴が嘘のようにすーすーと気持ちよさそうな寝息を立て始めたではないですか。
これには狐の頭領も蛇の頭領もぽかーん……
ぽかーんとしましたが、耳を澄ませば、二十日ぶりの静寂が山を包んでいる事に、気づきます。
そして、二人は顔を見合わせて、言いました。
「……寝ようか?」
「……お休みなさい」
こうして、狐と蛇、それから女は二十日ぶりにぐっすりと眠りました。
そして、翌日、女は目覚めると言いました。
「ありがとう。禿げるかと思った」
「ばっ、ばっ、ばっ、バカなの!?」
狐の棟梁は叫びました。
「自殺したいなら、私たちの山じゃないところでなさって下さい!!!」
蛇の棟梁も叫びました。
そして、女は「えへへ」と愛嬌のある笑みを浮かべて、言いました。
「バカに免じて、仲直りして? 今は飢饉で辛いけど、来年になったら、また、雨は降るんだからさ……ね?」
「……仲直りしないと……」
狐の頭領はため息を吐きます。
「……また、あそこで日向ぼっこ、し始めるのですね……」
蛇の頭領もまたため息を吐きます。
そして、女は屈託のない笑みで大きく頷きます。
「うん!」
こうして、蛇と狐の戦は一人の女の化け物の仲裁で幕を閉じました。
そして、その蛇と狐と女の化け物は……
国土地理院発効地形図の上を狐の棟梁の指がスーーーーーっと撫でて言う。
「だから、うちらの縄張りはこの線だって!」
そこから少しずれたところを蛇の棟梁の指がスーーーーーーっとやっぱり撫でて言った。
「そこから、さらに二百メートルは東に行ったところでしょう?」
そして、女の化け物はあくびをかみ殺しながら言った。
「今更ドングリ拾って、ネズミ捕まえて、生活してるわけでもないでしょうに……」
「「メンツの問題なの!!!」」
街道がアスファルト舗装の国道になった時、また、揉めた。
ぼーっと車を運転してるときに考えてた話です。もしかしたら、この三匹が現代でわいわいする話を書くかも知れません。期待しないで待ってて下さい。