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披露目の式2

結界に掛かった。

焔は、顔を上げた。維月が来た…維織として。

輿の列が、スルスルと到着口へと滑り込むのが見える。焔は、固唾を飲んで待った…もうすぐ、謁見の間へとたどり着くはず。

臣下達も、迎えが戻ったことを気取り始めて、落ち着かぬように体を揺らしている。そんな中でも綾は驚くほどに凛と顔を上げ、そこに座っていた。自分の方が美しい、自負があるのだろうと焔は思った。しかしこれほどに皆が騒ぐ中、そんな風に落ち着いて居られるその心の強さには、少し感心していた。

大扉の脇の、小さな戸から出て行った侍従が、戻って来た。何やら真っ赤に上気した顔をして、皆が待つのにいつものように声が出ない。何をしている、と焔がイラッとした時、パクパクと口を動かしていたその侍従は、やっとのことで声を絞り出した。

「つ、月の宮…、い、維織様の、ご到着でございまする!」

いつもの声ではなく、何やら裏返ったような変な声だった。しかし、戸は左右に大きく開かれ、その途端、ぱあっとその赤い毛氈の上を、今まで感じたこともないような、珍しい癒しと誘うような気が、謁見の間に流れ込んで来た。

しずしずと、ベールに包まれた維織らしい女が、その赤い毛氈の上を、それは淑やかに歩いて行く。その様は堂々としていて、それで居て控えめであり、匂い立つような気品があった。神世随一と言われる厳しさを持つ龍の宮で、王族の嗜みとして教わった所作だった。

そして、何よりその気…。皆が一斉に我を忘れ、ただ女が歩く先を、目で追うことしか出来なかった。

そうしているうちに、その女は立ち止まってスッとベールを上げると、後ろに控える侍女達と共に、焔に深々と頭を下げた。

焔は、ただ呆けたようにそれを見ていたが、そこでハッと我に返った。そうして、小さく咳払いをすると、言った。

「…表を上げよ。」

維月は、顔を上げた。その気にまた眩暈を覚えた焔だったが、維月はそれに気付かず言った。

「焔様。このたびはお招き頂き、誠にありがとうございまする。」

焔は、頷いて維月に手を差し出した。

「よう来たの。宮が大変な時に、こちらの都合で無理を申して、心苦しいのだがな。」

維月はスッと足を進めると、焔の手を取るために玉座への階段を登った。

「いいえ。我も、早よう焔様の宮を見てみたいと思うておりましたので。」

維月の手が、焔の手に重ねられる。焔は、そこから一気に流れ込んで来る気にクラクラとして、椅子から立ち上がれなかった。なので、自分の隣りの椅子へと維月をいざない、そこへ座らせた。

「我が臣下達に、目通りさせようぞ。」と、端から順番に、指した。「筆頭重臣の河はもう知っておるな。こちらの端、高位に座っておるのが、兄の燐。」

焔にも似た、しかし髪は黒く目が赤いような紫のような、不思議な色の神が立ち上がった。維月は、その神を見て驚いた…驚くほどに、美しかったからだ。

維月がそう思って口元を扇で押さえて目を丸くしていると、燐はそんな維月を見てフッと表情を緩めた。維心のような影のある感じを受ける燐が、そうして微笑む様を見た維月はポッと顔を赤らめた。まあ、美しいかた…でも維心様ほどお美しいかたは他に居らぬけれど…。

維月はそう思っていたが、焔は先を続けた。

「そして、そのすぐ下の兄、(ほう)。」と、烽も頭を下げるのを見てから、その横に並ぶ女を見て、顔を険しくした。「そして、燐の母の綾。」

維月は、視線を綾へと移した。では、あれが維心様が言っておられた、どうにかせねばならぬとかいうかた…。

綾は、すっと立ち上がった。その様は、重々しく長く王妃をしていただけはあった。確かにとても美しいのだが、維月を見た後の皆には、それが表面上取り繕っただけの美しさに見えた。なぜなら、綾の気は維月の気と、比べ物にもならなかったからだ。

神は、姿の美しさも見るが、それよりも内面を映し出すと言われる、その気に惹かれることが多かった。維月には、非の打ち所のない珍しく、感じた事もないほど慕わしい気がある。それが皆を圧倒している今、綾はとても軽い女神に見えた。

「ようこそお越しになられました、維織様。」

それでも、綾はそう挨拶して、頭を下げた。維月は会釈を返して、答えた。

「歓迎に感謝致しまする、綾様。」

妥当な返答だった。綾は今、実家に帰っていて臣下の娘でしかないが、維月は月の宮王の妹、つまりは王族なのだ。なので、立場が上なので、深く頭を下げるようなことはしない。綾は、維月が会釈だけしか返さなかったことに少なからずショックを受けたようだったが、それでもそれが礼儀に反しているわけではなく、黙ってまた腰を下ろした。焔は、その緊張感に早く済ませてしまいたい、と次々と重臣達を紹介し、他の臣下はそれをぼうっと呆けて見てるだけだった。維月は、いちいち焔が説明してくれるのに、本当に嫁ぐよう、と思って見ていた。しかし、これは見せかけなのだ。自分を臣下達に認めさせ、そうして、焔様に嫁ぎたいとおっしゃる綾様に新しいご縁を…。

なので、維月はそのまま辛抱強くそこに座り、穏やかに微笑みながら皆に自分を見せることを意識していた。自分の力の及ぶ限り、皆に慕わしく思われるように…。

それは充分に発揮され、維月の絶えることのない慕わしい抗えないほどの珍しい気は、ずっと維月がそこに居る間、謁見の間に充満して皆を癒して魅了していた。


そうして、その他にも臣下達からの質問などを受けて話をさせようと思っていた焔だったが、あまりにも皆が呆けてしまって、声を掛けて維月がそちらを見るだけで火を噴いたように真っ赤になってうつむくしか出来ない臣下達にどうしようもなく、仕方なく早々に式は切り上げた。唯一、維月に話が出来たのは、燐だけだった。燐は、とても落ち着いた様子で特に目立った責めるような事は言わず、ただこちらの庭の美しさや、宮の作りの変わっていることなどを、維月に話して聞かせただけだった。維月も、それを興味深げに聞いていて、僅かな間に燐とは打ち解けたように見えた。

式の後、維月を客間へと案内させた後、臣下達ばかりを集めた会合の場で、河が己の熱を冷ますように息をつきながら言った。

「ほんに王よ、維織様とは大変に見目麗しく、大層に珍しい気、高貴なお生まれらしく流れるように美しい所作であられ、我らあれほどとは思いませんでした。誠、我らは井の中の蛙であったのだと、此度思うた次第でございます。」

他の臣下達も、何度も頷いた。すると、いつもは寡黙な燐が言った。

「…焔が宮を開くと申した時には、なんと思い切ったことをと思うたものだったが、宮の外には我らが思いもせぬような神が居るということよな。あのような女が居るとは、思っても見なかった。」

焔は、複雑な気持ちでそれを聞いた。確かにそうなのだが、あれは稀少な月。滅多にあそこまでの神は居ない。

しかし、焔は答えた。

「女神の美しさは、何もその上辺のものだけではない。あの気を感じて、正気で居られる神も少ないであろう。月の宮は、夢のような宮。王の蒼殿だけをとっても、大変に大きな癒しの気を持っているのだ。主らも、少しは外と交流をして、いろいろなことを学ぶが良い。そうして、この宮も良い所を取り入れ、更に神世で崇められる価値のある宮へと変えて行かねばの。」

臣下達も、もうそれには異存がないようだった。これまで、反対していた臣下達までも、毒気を抜かれたようにただ頷いている。焔は、つくづく陰の月の力を感じていた。あれは元は、相手の好みに合わせた気に変化させ、そうして自分に懸想させて殺す気など起こさせないという、自己防衛の機能なのだと十六夜から聞いている。確かに、あんな気を目の当たりにしたら、誰も殺そうなどと思わないだろう。自分のものにして、どうあっても守り抜こうとするだろうからだ。あの、龍王の維心のように。

燐は、考え込むような顔をしている。焔は、先を続けた。

「…して、皆あれが王妃なることに異存はないの?」

河が、慌てて答えた。

「もちろんでございます!お血筋から言っても、維織様は最高のかた。加えてあの所作といい、王の妃と頂くのに、我ら何の異存もありませぬ!あのようなかたからお生まれになる皇子は、どれほどに素晴らしいお世継ぎであることか。我ら、今から大変に楽しみに思うておりまする。」

焔は、苦笑した。確かに、我もあれが我の子を産んでくれるならと思うが…。

「では、綾のことぞ。」焔は、燐を見た。「主の母ではあるが、あれの希望通り、外の宮の王に嫁ぎ先をと思うておる。」

燐は、頷いた。

「何事も、王の良いように。」

燐は、いつもこうだった。自分の母親ではあるが、それでも愛情のようなものは、燐から感じたことはない。ただ、困ったものよ、と何をしていても、ただ黙って見ているだけだった。綾が居なければ、留守の宮を任せるのは燐しか居ないと思うほどに優秀な燐だったが、綾が居ると、何も反論をしない。それがなぜかと思って来たが、焔も深く聞くことはした事がなかった。

焔は続けた。

「あちらでは、茶会を開いてくれるとのことでの。」焔は、臣下達にも言った。「最上位の宮と、上から二番目の宮の王達を呼んで、見合いをしてくれるのだ。さすれば、綾も選ぶことが出来ようとな。もちろん、構えることが無いようにと、集団の見合いだということにして、あちらの西の宮を解放してくれることになっておる。」

河が、感心したように焔を見上げた。

「なんと。王、そこまで綾様にお気遣いを。それならば、嫌々嫁ぐこともありませぬし、良いことでございまするな。」

焔が、頷いた。

「どこも大きな宮であるし、誰を選んでも良い縁であろうぞ。だがしかし、集団であるから、他の宮の皇女達も参加する。その中で勝たねばならぬから、人気のある王などであったら大変であろうぞ?」

それを聞いた燐が、黙っていたが口を挟んだ。

「いろいろな宮の、王と皇女が来ると?」

焔は、燐を見て頷いた。

「そうだ。そこに混ざって、綾も己の相手を探すということぞ。」

燐は、急に真剣な顔になった。

「ならば、その席に我も参る。」

焔は、びっくりして言葉に詰まった。河も、他の臣下達も仰天したように燐を見る。燐は、焔と同じように女に全く興味を示さない皇子だったからだ。

焔が、やっと言った。

「そ、それは良いが…主、本気か?見合いの茶会であるぞ?相手を探す場であるのに。」

燐は、大真面目に頷いた。

「参る。神世には、維織殿のような想像もしておらなんだ女神が居ることを知った。我とて、主のようにあのような女神ならば娶りたい。本当なら、あれを娶れると言うのなら、母上の言うように、王座に就くのも良いかも知れぬと思うたほどよ。」

それには、焔も険しい顔をした。そんなために、維月をここへ連れて来させたのではないのに。だが、確かに陰の月は男を狂わせる。この燐が、そんなことで王座を狙ってもおかしくはない。

しかし、焔の険しい顔を見て、燐は笑った。

「何を本気にしておる、冗談ぞ。我は欲しければ、主の妃であっても同じ宮に居るのだし奪ってみせようぞ。」ますます焔が眉を寄せるのに、燐は続けた。「だがしかし、我とて分かっておるわ。宮の安泰を考えたら、そのようなことはするべきではない。だからこそ、同じように慕わしい女神を探しに出ると申しておるのではないか。我もそれに、参加出来るように計らうが良い。」

焔は、憮然とした顔をしながらも、頷いた。

「…では、主も茶会に参るように、あちらへ打診しようぞ。だが、ゆめ維織を奪おうなどと考えるでないぞ。あれは、我の妃ぞ。」

燐は、ふふんと笑った。

「ならば首に縄でもつけておくが良い。我は、嫌がる女を手篭めにする趣味はないゆえ、あれが我になびかぬ限り、何もせぬわ。」

燐は、そう言うと、立ち上がった。

「では王よ、御前失礼を。」

そう言って頭を下げると、燐はそこを出て行った。

焔は、燐のあの、綾譲りの美しさと、父譲りの風格をもってして、なびかぬ女が居るのだろうかと、不安になった。そう維月は、嬉しそうに楽しげに燐と打ち溶け合って話していたのではなかったか。このままでは、維月は燐を思うようになるのでは…。

焔は、落ち着かずに、維月の居る客間へと急いで足を向けたのだった。

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