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知らせ

龍の宮では、明日焔が訪ねて来る、という書状を受けていた。十六夜と維心は、その書状を前に考え込んだ…やはり、おかしい。先見では焔は宮を出ることが出来ず、書状ばかりを送って来ていたからだ。だがしかし、焔はここへ来ると言う。出来れば炎嘉も蒼も、ここへ呼んでおいて欲しいとのことだった。

「…何か、別のことを言って来るんだろうか。」十六夜が、維心の前で考え込んで言った。「どっちにしても、蒼は来れないんだ。今、華鈴の具合が悪くってな。もうここ一年ほど寝込んでたんだが、最近は何かの拍子に気を失ったり…そろそろじゃあないかって。」

維心は、気の毒そうに眉を寄せた。

「長く連れ添ったからの。華鈴がまだ成人もしておらぬ歳から一緒であったろう。なので他の妃が亡くなっても、華鈴は残っておった。蒼も気が気でないの。」

十六夜は、頷いた。

「今は宮を離れたくないらしい。最後の妃だし、分かるからよ。翔馬も気にして政務もあまり入れないようにしてるぐらいだ。」

維心は、ため息を付きながら頷いた。

「ならば無理には呼ばずで良い。こちらでどうにかしようぞ。」と、侍女を呼んだ。「兆加を呼べ。」

侍女は、頭を下げて出て行った。十六夜は、ふーっと息をつくと、側の椅子へどっかりと座った。

「ハラハラしてしょうがねぇ。維月が、あんな事になるところを見ちまったからよ…。」

「あんなことって何?」

十六夜は、びっくりして飛び上がった。見ると、維月が横に立って、十六夜の顔を覗き込んでいた。

「い、維月!お前、維心の居間には最近あんまり来てなかったんじゃねぇのか!」

維月は、拗ねたように十六夜を見た。

「少し、気持ちの変化があって。それよりも、維織が拗ねておったわよ?我が遊んで参ったけれど、お父様がお顔を見せてくださらない、って。今朝は維織が起き出す前にこちらへ来てしもうたのではない?」

十六夜は、忘れてた、と椅子から起き上がった。

「そうだった、忘れてた。だが、オレだって忙しい時があるんだぞ。維心だけが忙しいんじゃねぇ。」

維月は、困ったように笑って、十六夜に片目をつぶって見せた。

「分かっておるわ。なので我が、そのように申しておいたから。」と、維心を見た。「維心様には、まだお仕事でございまするか?」

維心は、頷いた。

「だが、兆加に書状を遣わせるよう指示をしたら本日は終わりぞ。何か用があるのか?」

維月は、少し恥ずかしそうに下を向いた。維心は、なんだろうと顔を下から覗き込んだ。

「維月?我にははっきり申さねば分からぬと言うたであろう?」

維月は、顔を上げて言った。

「お花畑に参りたいのですわ。お仕事が終わったら、日暮れまでのお時間、お連れ頂けませぬか?」

維心は、フッと笑った。そういえば、記憶をなくす前の維月がようこうやって我を庭へと引っ張り出したものだ。

「良い、連れ参ろう。しばしあちらの中央の間で待つが良い。」

維月は、優雅に頭を下げた。

「はい。では、お待ちしておりまする。」

そうして、十六夜に小さく手を振ると、そこを出て行った。それを見送りながら、十六夜は複雑な表情で言った。

「お前のことは、好きなんだな。見てて分かるよ。だが、オレにはなんだかまだ兄弟みたいな感じだな。ま、いいけどよ。そのうち思い出すんだし。」

維心は、苦笑いしながら十六夜を見た。

「それでも、普段と変わらぬように我には見えたぞ?主に対しての維月の対応は、記憶があろうとなかろうと変わらぬ。ずっと、信頼感があって。羨ましいことよ。」

だがしかし、その維心の口調には今や、何かの余裕があった。十六夜は、維心を恨めしげに見た。

「…なんだよ維心、お前上から目線になっちまってよ。気ぃ抜くんじゃねぇぞ?維月の命が懸かってるんだからな。」

維心は、表情を引き締めて答えた。

「わかっておる。」

すると、そこに兆加が入って来て膝をついた。

「王、お呼びでしょうか。」

維心は、頷いた。

「兆加、書状を。炎嘉に明日、焔がここへ来るゆえ、参るようにと。」

兆加は、顔を上げた。

「焔様は、出て参られまするか。」

維心は、また頷いた。

「出て参るな。何か変化があったことは確か。義心を調べにやる必要もない。明日焔に聞けばよいことぞ。」

兆加は、深く頭を下げた。

「は。では、さっそくに明日のご準備と、炎嘉様への書状を。」

維心は、立ち上がった。

「下がって良い。」

兆加は、下がって行く。維心は、脇の布から居間の外へと出ようとして、ふと振り返った。

「十六夜?我は維月を迎えに行って庭へ出るが、主はここに居るのか?」

十六夜は、大袈裟に手を上げると、その手を下ろして肘掛に付き、ぐいっと椅子から飛び出した。

「部屋へ帰る。維織は何も知らねぇんだし、ほったらかしはかわいそうだ。じゃな、維心。お前、焦って維月に嫌われるなよ?長いこと手を出してないから、飢えてるだろうが。」

途端に維心は不機嫌に眉を寄せた。

「もう先走ったりせぬわ。維月のことを優先しておる。いちいちうるさい、十六夜。」

そう言い捨てると、維心はさっさとそこを出て行った。十六夜はフッと肩で息をつくと、自分はこの龍の宮の部屋へと戻って行ったのだった。


維月と花畑へ行った維心は、そこで駆け回って喜んでいる維月を眺めて時を過ごして、日が暮れて来たので維月を部屋へと送り、自分は湯殿へ行って居間へと戻って来た。明日には、焔がやって来る。あちらの様子は、義心から逐一聞いていたが、予断を許さぬ状況だった。それが、何があったのか宮を空けても良いほどに、突然に改善したようだ。それが何なのか気になったが、全ては焔自身の口から明日聞くことになるだろう。

維心がホッと息をついて庭に目をやり、そろそろ休もうか、と思っていると、脇の布が揺れた。ここから入って来るのは、侍女か身内だけ。維心がそう構えもせずに振り返ると、維月がそこから、入って来ていた。維心と同じように、もう休む支度を整えて、髪も結い上げていないし、着物も寝間着の上に軽い袿を羽織っているだけだ。以前はあまりに身を飾らない維月に、少しは飾り立てたいと思ったものだったが、今はむしろその、飾り気のない姿の方が慕わしかった。術に掛かってからというもの、維月は侍女達の言うままに、きちんと着物を着付けて髪を結い上げ、ある程度の飾りは付けていたからだ。

維月は、維心の前に進み出て、頭を下げた。

「維心様。ご挨拶に参りました。」

維心は、頷いた。

「我もそろそろ休もうかと思うておったところ。本日はどうであったか?」

維月は、顔を上げた。なぜか少し、緊張気味に見えたが、気のせいだろうと維心は黙っていた。

「本日は、朝から維織の相手をしてあちらの部屋に居りました。最近維織は、何やら夢を見るようで、そんな話を聞いておりましたわ。」

維心は、興味深く維月を見た。

「ほう?夢と?」

維月は、頷いて思い出そうと首をかしげた。

「はい。何やら、十六夜が出て参る夢だと申しておりましたわ。でも、維織はどうしてか泣いておるのですって。それが、なぜか分からないので不安で、お父様のお顔が見たい、と申しておりましたの。でも、しばらく話しておったら、忘れて笑っておりましたけれどね。」

維心は、十六夜の夢を見る、というのに何か引っ掛かるような気がした。しかし、維月がそんな維心を見て不安そうな顔をした。

「…維心様?何か、失礼なことを申しましたでしょうか…。」

維月は、まだ維心にどこか遠慮しているところがあるのだ。長く侍女達から、王は礼儀にうるさいかた、と聞かされ続けて来たので、不安なのだろう。維心は、慌てて表情を緩めると、微笑んで首を振った。

「何も。案ずるでないぞ。」

維月は、ホッとしたように微笑んだ。維心は、その笑顔に慕わしさがこみ上げて来てどうしようもなかった…いつもなら、このまま奥へと入るのに。

だが維月は、この後いつも挨拶をして、ここを出て今宛がわれている瑠維の部屋へと戻る。維心がその挨拶を待っていると、維月はそのまま、下を向いてモジモジと何か言いたげにした。維心は、またなんだろうとじっと待った。本来、維月はこんな風ではなく、言いたいことははっきり言うのだが、何しろ龍の宮で育ってしまったばかりに、言ってはならないことは言わないように躾けられていて、どうしても思いきれないようだ。

維心は、いつまで待ってもそのまま沈黙なので、控えめに問うた。

「どうした?他に何かあるか。申してみよ。」

維月は、それを聞いて思い切ったように顔を上げた。だが、維心と目が合うと真っ赤になり、それでもしどろもどろになりながら、言った。

「あの…我も、もう休もうと思うておって、その…維心様ももう、お休みになられるというので、あの、昨夜もこちらでお泊め頂きましたし、我は…幼い頃はご一緒しておりましたし…」

維心は、それを聞いて目を見開いた。維月は…我と共に、休みたいと申すか。

「維月。」維月がまた何か言っていたが、維心はそれを遮って、立ち上がって維月に手を差し出した。「これへ。」

維月は、素直にその手を取った。維心は、維月を引き寄せると、じっとその目を見て、言った。

「我と共に休みたいか。」

維月は、耳まで赤くなりながら、黙って頷いた。維心は、それを見て胸が早鐘のように高鳴るのを感じた。まだ、今夜そこまでとは、考えていなかった。だが、維月がこうして歩み寄って来るのだ。もし今夜、共に過ごせるのなら…。

だが、維月は昨日のように共に寝ることだけを考えているのかもしれない。

維心は、怖いほど真剣な顔で、瞬きもせずに維月を見て言った。

「休むとて、奥へ入れば主の歳では我の妃となるぞ。我とて、昨夜のように主に手出しなく過ごすことなど出来ぬ。それでも、共に参るか?」

維月は、少しためらうような顔をした。やはり、まだ婚姻まで考えてはおらぬか。

維心が少し、消沈して視線を落とすと、維月は何かを決心したかのように顔を上げた。

「い、今少しお待ちくださいませ!あの、婚姻がどういったものか、しっかり学んで参りまするから!」

維心は、びっくりして維月を見た。そうか、維月の姿が大人になったので、知っているとばかり思っていたが、維月はそんな教育を受けていない。王族の自分でも、成人した時に巻物を見せられて教えられるだけだった。つまりは、維月はそんなことを何も知らない状態なので、不安なのだ。自分のことを拒絶して、嫌がっているのではないのだ。

維心はそう思うと、ふっと肩の力が抜けた。そうして、維月の手を両手で握ると、維月を見つめて言った。

「維月、全て我が教えようぞ。なので、それほど構えることはない。案ずるでない…共に奥へ参ろうぞ。」

維月は、ごくりと固唾を飲んだ。大体のことは、何となく侍女達の話を盗み聞いていて知っているが、肝心のことが分からない。維心が自分に何をするのかと思うと、さすがに少し、怖かった。

「維心様…」維月は、言いにくそうに言った。「決して嫌なのではありませぬ。我は、維心様ならと思いました。ですが、何も誰も教えてくれぬので、心の準備が出来ておりませぬの。本当に、もうしばらくで良いのです。お待ち頂けませぬか?」

維心は、それを聞いて心の中に湧き上がった希望がしぼむのを感じたが、それでも維月は、一生懸命維心に向き合おうとしてくれている。それで良しとしなければ、と、ゆっくり頷いた。

「分かった。主の準備が出来たなら、我に申せ。我は、待っておるから。」

維月は、維心が気を悪くしたのではないのだと知り、ぱあっと明るい顔をして、笑った。

「はい!きっと、早よう学んで参りまする!」

維心は、その幼さに苦笑しながらも、後ろの寝椅子を見た。

「では…本日もここで休むか。ここでなら、良いかの。」

維月は嬉しそうに弾むようにそこへ座った。

「良いのですか?ご一緒出来まするか?」

維心は、困ったように頷いた。

「良い。」と、自分が先に袿を脱ぐと、そこへ横になった。「さあ、参れ。」

維月は嬉々として自分も袿を脱ぐと、維心の横へと飛び込んで、そうして維心の胸にぴったりとくっつくと、すりすりと頬を摺り寄せた。その様子を見て、大人になったとは言っても、まだ中身は本当に子供なのだ、と維心は思った。そして、その夜も維月を腕に抱き、時に口付けたりしながら、眠りについたのだった。

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