先見3
「なんだ、どうした?!」
十六夜は、維織をぶってしまったことに、少なからず自責の念を感じて戸の外でじっと佇んでいたが、蒼の叫びを聞いて慌てて引き返して来た。そうして、部屋の中で真っ白に光り輝く維織を、蒼がどうにかして見ようとしている現場を見た。
「十六夜!思い出したんだよ、維織は!元の姿に戻るんじゃないのか!」
十六夜は、光を凝視した。そして、首を振った。
「いや、そんな感じじゃねぇ!人型を取ろうとしてないんだ…どうしようとしてるんだ!!」
そこへ、維心が維月を腕に、物凄い勢いで飛んで来たかと思うと、ぴたりと止まった。維月は、維心の腕から降りると、維織の光を見て叫んだ。
「ああ!維織、駄目よ思いつめては!」
十六夜は、慌てて維月の手を掴んだ。
「駄目だ維月!それ以上近寄るな!また変な術にでも掛かったらどうするつもりだ!」
維月は、十六夜を振り返った。
「違うわ、維織は術なんて掛けようとしてないのよ!十六夜、この子は消滅しようとしているわ!自分で自分を消そうとしておるのよ!」
「なんだって?!」
十六夜は、光を振り返った。そして、あまりにも維月をないがしろにした自己中心的な考えの維織を、腹が立ってぶってしまった自分を責めた。
「オレが、維織を叩いたりしたから。思わず、腹が立っちまって…」
維月は、首を振った。
「大氣よ!大氣のことで、絶望しておるのよ!育ててくれておるのだと、信じておった大氣が、それをしなかったことを知ってしもうたからだわ!」
十六夜は、維織の光を見た。維織の光は最早大きく乱れた動きをしながら、ふらふらと窓を抜けて庭へと出て行く。維月は、その光を必死に追った。
「維織!維織、お父様はあなたを育ててくれたではないの!こうして、また一から…私達はあなたを大切に思うておってよ!戻って参って!」
すると、維織の光から声が聴こえた。
《お母様…違うのですわ。我は、己に嫌気がさしたのでございます。お母様は、記憶を失っても我を思うてくださっておったものを。我は己のことばかり考えておりました。もう、我など消えてしもうた方が良いのです。》
維月が言った。
「良いのよ!子供などそんなもの。親が思うほど、子は親を思うておらぬものなのは、たくさん子を産んで参って知っておるわ!子を産んでやっと、親の気持ちが分かるもの。あなたにそんなに多くは望んでおらぬから!」
《……。》
維織からの、返事はない。代わりに、光が段々に小さく弱くなって来た。維月は、悲痛な声を上げた。
「ああいや!私が、私がもっと早くに術を破っておったなら!私が共に維織を育ててやれておったなら…そんな思いは、させなかったのに!」
十六夜が、必死に維織の光に向かって叫んだ。
「維織!オレが悪かった!オレは維月が戻らないから焦ってあんな風にお前を突き放しちまったんでぇ!オレが悪かったから…戻って来い!」
しかし、光は答えない。次第に、維織の光は小さく、弱くなって芝の上に何かが落ちたように見えた。維月は、それに向かって走った。
「維織!」
見ると、元の姿の維織が、芝に倒れていた。もう、生きているのかも分からない。ただ弱々しい気が感じられるだけだった。
「維織!維織!ああ、どうしたらいいの!」
十六夜が、維月に追いついて来て維織を見て言った。
「ああ…心配ねぇよ。維織だって不死なんだ。死のうと思って、死ねる命じゃねぇ。維心か、親父の力がなきゃ。」
維月は、十六夜を見上げた。
「でも、こんなにも弱々しくなってしまったわ。どうしたらいいの…維織は、自分の意識を殺そうとしておるのではないの?姿も、気が少ないせいか薄れてしまっておるわ。」
十六夜は、じっと維織を見た。しかし、維織の意識はまだあった。しかし、気自体が少なくなっているようだった。
「単に気を放出させただけだろう。意識はあるようだし…。」
それでも、維織の人型は段々に薄れて来ている。維月は、こみ上げて来る不安感に、思わず空に向かって突然に叫んだ。
「お父様!ここへいらして!」
十六夜は、びっくりした。そうか、維月は術が解けてるから…前の維月と同じなのか。
すると、ぱっと碧黎の人型が目の前に現れた。そうして、維月を見て嬉しそうに微笑んだ。
「おお維月よ。戻ったか。」
維月は、頷いた。
「お父様…維織は、どうなってしまっておるのですか?不死だとはいえ、とても案じておりまする。このように、気が少なく…さらに減って来ておるような…そのせいか、姿も薄れて参っておりまするの。」
碧黎は、残念そうな表情をすると、首を振った。
「維織は、我らと同じ命とはいえ、この姿を持って生まれた命。最初から実体があったであろう。それがなくなれば、これは生きてはいけぬ。誰しも、本体がなくなれば生きてはいけぬのだ。主らは月に本体が、我は地に本体が、大氣は大気に本体がある。つまりは、維織の本体は、今薄れつつある、これ。これが無くなれば、代わりのものがない限り、死に至る。維織は、それを知っておるのだ。」
十六夜と維月は、衝撃を受けた。確かに、維織には自分たちのように別に本体があるわけではなかった。生まれた時から、身を持っていて…。
「そんな!では…ではこれを止めてくださいませ!」
碧黎は、首を振った。
「もう遅い。我を呼ぶなら、維織が光になる前にするべきであった。光になるのは、実体をなくすこと。我らが光に返るのは、己の本体へ戻る時であろう?維織は、今まで光になったことなどなかったであろう。これは、己の体を霧散させるために光に変えておったのだ。今は、霧散するのを待っておる状態。意識が留まっておるのも、あと数分ぞ。」
維月は、それを聞いて維織に縋った。
「ああそんな!そんな…維織をこんな絶望のまま死なせてしまうなんて…!」
維月は、声を上げて泣いた。それを、後方で維心と蒼が、黙って見ている。十六夜は、維月の肩に手を置いて、涙を流しながら言った。
「…助けられなかった。維織は、自分でこんな道を選んじまったんだ。維月…すまない。オレのせいだ。」
碧黎が、首を振った。
「誰のせいでもない。此度のこと、確かに維織はわがままが過ぎようほどに。しかしこうなると、不憫でならぬ。だがしかし、主らも知っておる通り、恋情とはままならぬ。こちらから何を言うても、当事者同士でしかどうしようもないことなのだ。」
十六夜は、黙って頷いた。維月は、ぴたと泣き止むと、まだ維織の薄れて行く体に顔を伏せたまま、言った。
「…ですが、当事者同士の話し合いなどさせてやれませんでした。大氣は元から逃げてばかりであったし、維織だってそれでは、どうしたらいいのか、憤るよりなかったのではありませぬか。私は、維織ばかりが悪いとは思うておりませぬ。」
あまりにも落ち着いた声音に、十六夜も碧黎も、維心も蒼も思わず維月を見た。維月は、ゆっくりと顔を上げた。
「…お父様。どうか大氣に、しっかりと向き合って本音で話し合うように、逃げぬように申してくださいませ。十六夜…」維月は、寂しげに笑った。「維織を、お願い。」
十六夜は、まだ維月の肩に手を置いたままだったが、何を言っているのか分からないまま、維月を呆然と見た。
「維月?何を言ってる、維織は、もう…。」
途端に、維月の手が肩に置いていた十六夜の手をしっかりと握った。十六夜が何事かと身を退くより早く、物凄い勢いで月の力が維月に向かって流れ込んで行くのを感じた。
「…なんだ?!維月、何をする!」
維月は、薄れた維織の体を抱きしめて、維心を見た。そして、叫んだ。
「維心様!きっと、また会えまするから!」
維心は、全てを悟って顔色を変えた。
「ならぬ!維月!やめよ!」
碧黎が、慌てて必死に力を放つ。だが、その時にはもう、二人は光に戻って、爆発するように空へと打ちあがった。
「維月!」
十六夜が叫ぶ。碧黎が、必死に追いかけた。
「ならぬ!維月、入れ替わるでない!やめよ、主だけは失いとうない!!」
十六夜は、碧黎の悲痛な叫びでやっと事態を把握した。維月は、自分と維織を入れ替えて、維織に月の本体、陰の月の場所を与えようとしているのだ。
碧黎は、追いつけない。碧黎でも、遅れたら十六夜には追いつけないのだ。維月は、それを知っていて十六夜の力を使って月へと打ち上がったのだ。
《維月!》
十六夜は、必死に月へと戻って体の中を探った。維月の意識…維月の意識はどこだ!
《お…お父様?》
帰って来たのは、維織の声。十六夜は、絶望が体の中を流れて行くのを感じた。同じ体の中に居るのは、維月ではない。維織だった。
《おお維月…!!》
碧黎の、天を切り裂くような大きな絶望の声が、地を震わせて地は激しく揺れた。昼間であるはずのそこは、上空に気が大きく乱れて渦巻き、日を遮って地上を広く闇へと覆った。
十六夜は、碧黎のその様を見て、維月がどうあっても本当に黄泉へと向かったのだと知った。前は、一緒に行った黄泉。そこへ、維月は今度は先に向かってしまった。自分と、維心を置いて。いつか会えるのか。自分は不死なのに、今度はいつ許されて黄泉へ行ける?維月にいつ会える…!!
地上では、維心が芝へとくず折れて、蒼に気遣われているのが見えた。
十六夜は、真っ暗な意識の中へと、自分を放り込んで出て来ようとしなかった…。




