先見2
場面が変わる。
暗転している間に、維心はこの維月を説得するのはかなり大変だろうと案じていた。維月は、一度言い出したら聞かない。維織を嫁がせることに反対していて、自分が身代わりになろうとしている維月を、納得させるのは本当なら十六夜でなければ無理なのだが、その十六夜が維織をと言い出したので、今回ばかりは維月も十六夜の言葉は聞かないだろうと思われた。つまりは、自分と蒼が頑張るよりないのだが、維心は全く自信がなかった。維月の頑固さは、並大抵ではないからだ。
維心がそんなことを思いながら大氣に見せられている先見の映像へと気持ちを切り替えると、それは今、維織に与えている部屋だった。蒼と十六夜が、維織に前に立っている。
「お父様は、我にあちらへ参れと申すのですか?!」
幼いながら、維織は龍の宮で教育を受けているのではっきりとした口調で言った。十六夜は、頷いた。
「行くだけだ。場所が変わるだけで、何もねぇ。ここで付いてくれてる侍女達だって、維心が連れてっていいって言ってくれてるし、そのうちに帰って来れる。維織、仕方がねぇんだ。お前ぐらいしか、独身の王族って居ないんだから。」
維織は、首を振った。
「我は王族ではありませぬ!だって、お父様は月であって王は蒼様ですもの!」
確かにそうだった。十六夜は、困った顔で答えた。
「確かにそうだけど、蒼だってオレの前世の息子だしな。オレは王って柄じゃねぇだけで、実際は王族の扱いなんだよ。維織、ここと変わらない力を持つ宮だし、お前は子供だから焔だって相手にしねぇし、そのうちに帰って来れるし、何も変わらねぇんだぞ?オレは月に居るから、いつでも話が出来る。独りじゃねぇ。」
維織は、ぶんぶんと首を振った。
「嫌です!維月様はいかがですの?!お父様と同じ命であると我は聞きました!維心様に嫁がれるのは嫌なのだと聞いておりまするし、ならば焔様の所へ維月様が参られたら良いのですわ!」
「維織!」
十六夜が叫んだのと同時に、パンっという乾いた音が響いた。蒼が、慌てて維織の側に膝を付く。維織は、突然に自分の左頬に走った衝撃に驚いて、ふらっと床へ倒れる。押さえた左頬は、熱くジンジンした。十六夜を見ると、右手を振り切った後の状態で固まっている。維織は、そこで初めて、十六夜に頬をぶたれたのを悟った。
「十六夜…。」
蒼が維織を気遣いながらも、悲しげな顔で十六夜を見上げる。維織は、涙ぐんだ目で十六夜を睨んで叫んだ。
「…酷い…!ぶつなんて!」
十六夜は、少し後悔したような顔をしたが、振り切った後の右手を握り締めて言った。
「…どっちが酷いってんだ!維月はな、お前がかわいそうだと自分が行くと言い切ったんだぞ!それを蒼と二人で、どれだけ苦労して押さえ込んだか。お前と違って維月はもう大人だ!あっちへ入ったら焔だって何もしないわけにはいかねぇ。最初の一夜だけでも通うのが礼儀だからだ。お前なら、傷も付かずに帰って来れるんだ。それを必死に言って、何とか押さえ込んだんだぞ!それなのに、お前は自分が嫌だからって維月に行けと言うのか!お前…お前なんか、大氣が愛想尽かして当然だ!」
「十六夜!」
十六夜は、くるりと背を向けると、蒼が止めるのも聞かずに出て行った。蒼は、呆然と十六夜を見送っている維織の手を引いて立たせ、側の椅子へと座らせた。
「維織…十六夜が怒るのも当然なんだ。お前は、自分勝手が過ぎる。今度のことは焔だって子供には手を出さないからってことで、決まったことなんだ。オレも他に方法があればといろいろ考えたが、嫁げるような姫が居ない。この幼さで不憫だと思ったが、維月を代わりにと言うなんて…お前は、幼くなっても全然変わらないぞ。そもそも、この姿になってしまったのはなぜなのか、考えたことがあるのか。」
維織は、まだ呆然としていた。そうして、蒼の方を見ると、涙を流した。
「…蒼。我は思い出した。」蒼は、何を言っているのか分からず、維織を見つめた。維織は、大きな瞳から涙を流しっぱなしで蒼を見上げて、続けた。「大氣様は、我を育ててはくださらなかったのだわ。お父様のおっしゃる通り、我は、自分勝手で…なぜにこのような考え方になってしもうたのか。お母様を、身代わりにしてまで助かりたいなど…我は…我は…!」
維織は、自分の体を抱え込むようにすると、床に崩れた。そうして、目の前で激しく光輝いた。
「維織!」蒼は叫んだ。「十六夜!維心様!!維織が…!!」
蒼の目の前で、維織の姿が崩れて光の中に見えなくなって行った。
暗転して、維心の居間では、維月が拗ねたように維心に背を向けて座っていた。夜はとっくに明けて日は高くなっていたが、夜中から朝まで掛かって、維心は何も言えずに、十六夜と蒼が必死に説得して何とかこうして黙ったのだ。
十六夜と蒼は、維織に話をすると言って、出て行った。しかし、こうして不機嫌な維月を残されてしまったので、維心はどうしたらいいのかと、ただ気に障らぬようにとそっと維月を見守っていた。
不機嫌に黙っているのだから、部屋へ帰れと言えば済むものなのに、何も言わずにただ、じっと自分を見守っている維心に、維月はフッと息をついた。本当に、我を気遣ってくださる。維心様は…。
維月が、くるりと振り返った。維心は、びくっと身を硬くすると、じっと何を言うのかと維月を構えて見つめた。維月は、表情を緩めた。
「維心様…分かっておりまする。無理を申して、申し訳ありませぬ。それでも我は…維織や、瑠維殿がそのように無理に政略の道具にされるのを、黙って見ておることが出来なかったのでございまするわ。」
維心は、維月が落ち着いた様子なので、ホッとして頷いた。
「我とて、利用される者にはすまぬと思う。だが、王族とはそのために居るのだ。我ら、誰よりも臣下達からかしずかれて豊かに暮らしておる。それはひとえに、何かあった時は身を挺して皆を守るためであるのだ。臣下達の期待に応えるのが、我ら王族の役目。出来ることがあるのなら、己を犠牲にしてでもせねばならぬのだ。」
維月は、頷いた。
「はい。どこの宮の皇女でも、宮のために臣下のためにと、顔も知らぬ王に嫁いで参るのだと我はもう知っておりまする。我らは、恵まれておるのですわ。ですが、ならば我が代われればと思うたのです。今の我は覚えておりませぬが、それでも維織は我の娘なのでしょう。なのですから、そうするのは当然ではないかと。」
維心は、ため息をついて維月に近付くと、その手を取った。
「主はそういう女ぞ。何も変わっておらぬの、維月…主は、記憶が無くともやはり主よ。」
維月は、維心に取られている手とは、反対側の袖で口元を押さえて、寂しげな顔をした。
「維心様…。」
すると、取っている維月の手がびくっと硬くなった。維心はびっくりして、慌てて維月の顔を覗き込んだ。
「維月?どうした、どこか痛むのか?」
維月は、身を縮めた。
「維心様…何かが、何かが頭の中に…、」
維月は、言葉を詰まらせてふらつくと、維心の方へ倒れ込んだ。維心は、慌てて維月を抱きとめ、支えた。
「維月!?しっかりせぬか!」
すると、維心の耳に蒼の念の声が響き渡った。
《十六夜!維心様!!維織が…!!》
維心は、目の前で光に包まれ始めた維月に、維織に何かあって連動しているのだと咄嗟に思った。
「おお維月!しっかりせよ、何が起こっておる…、」
維心がそこまで言った時、維月が突然にがばっと顔を上げて、維心の首に飛びついて来たかと思うと、維心の唇に噛み付くように自分の唇を合わせた。維心はそれこそびっくりして棒立ちになってそれを受けていると、維月は維心に深く口付けて、唇を放した。
「い、維月…主、その…」
維心が呆然と腕の中の維月を見下ろして、何と言っていいのかと思案していると、維月は言った。
「ああ維心様!愛しておりまする!私をここまで育ててくださって、見守ってくださったこと、どれほどに…!」
維心は、目を瞬かせた。私、と言った。我を、愛していると。
「維月?」維心は、維月を見つめて抱く手に力を入れた。「維月か!おお維月よ、戻ったか!」
維月は頷いて、維心に抱きついた。
「愛しておりまするわ!ああ維心様、ですけれど維織が今、混乱しておるのを感じるのです。お話は後からゆっくりと。参らねば!」
維心は、今すぐにでも維月を抱いて奥へと駆け込みたかったが、ぐっと我慢して、頷いた。
「参ろうぞ。」
そうして、維心は維月を抱いて、宮の中を物凄いスピードで飛んだのだった。




