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今の気持ち

維月は、炎嘉に南の庭へと送られた。そこで炎嘉に下ろされると、維月は頭を下げた。

「炎嘉様…では、これで。」

炎嘉は、頷いた。

「あまり思いつめるでないぞ。あくまで、主の気持ち次第。分かっておろう…誰も主の同意なくその身をどうにか出来ぬ。主は月であるから、身を光に戻されたら誰も触れることが出来ぬからだ。案ずるでない。」

維月は、薄っすら微笑んで、頷いた。

「はい。分かっておりまする。先ほど飛んでおって、それに気付きました。十六夜と話して、もっと月のことを教えてもらいまするから。」

炎嘉は、満足げに頷いた。

「行くが良い。」

維月は炎嘉にもう一度頭を下げると、そこを離れて奥宮の方へと走って行った。それを見送っていると、目の前に十六夜が舞い降りた。

「炎嘉。」

炎嘉は、驚いて思わず退いた。月の気配は、本当に自然すぎて気取るのが遅れる。維月の気配なら、すぐにわかるのに…と炎嘉は思わず苦笑した。

「何ぞ、急に出て参ったら驚くではないか。して、ずっと見ておったのか?」

十六夜は、頷いた。

「維月が奥宮を飛び出して、その気が尋常でなく乱れてたからな。慌てて月から見てたんだ。維心には、事情と聞いて来た。すまないな、維月の世話させて。」

炎嘉は、少し困ったような、呆れたような表情で答えた。

「何を言うておるのだ。我とて維月は愛おしい。あれが飛び出したのを感じたゆえ、慌てて宴の席を飛び出してしもうた。いくらあれが維心や主のものとは言うても、我には放って置くことなど出来ぬ。して…維心は焦って後悔しておったであろう?」

十六夜は、真面目な顔で頷いた。

「これ以上ないほど後悔してたよ。もう維月に口を聞いてもらえぬかもしれぬ、とか言って。気持ちは分かるが、維心も慌て過ぎたな。維月が気持ちもはっきりしないうちから、男に身を許すなんてありえないのによ。分かってるはずが、焦ったんだろうな。」と、息をついた。「じゃ、オレは維月と維心が気になるから。礼だけ言ってときたかったんでな。」

炎嘉は、頷いた。

「ああ。我も宴に戻るわ。維心が来ぬから、誰かが皆の相手をせねばな。」

そうして、炎嘉は大広間の方へと入って行き、十六夜は維心の居間へと急いだ。


維月は、庭からそっと居間を伺った。すると、維心が一人で頭を抱えていつもの椅子へと沈み込んでいるのが見えた。

きっと、炎嘉様がおっしゃるように、とても後悔していらっしゃるのだわ…。

維月は、そう思うと自分で良ければ、と思う気持ちが湧いて来た。維心は、それは美しく優秀で、尊敬すべき神だった。まだ赤子の姿の頃から、優しい維心がとても好きだった。だが、異性に持つような感情を、維月は維心に持てずに居た。何しろ、ずっと育ててもらったような気持ちなのだ…実際は、一年ほどしか育てては貰っていないのだが、それでも維月はその一年で、赤子からこの大きさまでになったのだ。

維月は、下を向いた。こんな気持ちのまま、お側に居てもきっと妃としてやって行くことなど出来ない。夫として愛するような気持ちが、どうしても今の維月にはなかったからだ。

維月がどう声を掛けていいのか迷っていると、維心がふと、抱えた腕の間からこちらをちらと見た。そうして、維月が立っているのを見た途端、弾かれたように椅子から立ち上がった。

「維月…。」

そのまま、言葉が続かない。

維月は、おずおずと居間へと入って来ると、頭を下げた。

「維心様。」

維心は、緊張したように背筋を伸ばして立ったまま、それに対して反射的に軽く返礼した。維月は、そんな維心に、意を決したように顔を上げると、向かい合って言った。

「あの…いろいろと、失礼を致しました。炎嘉様から、我がこのようになっておるわけをお聞きしましてございます。何かの術に掛かって、我は赤子になって全てを忘れてしもうておるのですね。」

維心は、炎嘉が維月を追っていたのを気を探って知っていた。なので、炎嘉が話してくれたのか、と少し力を抜いて頷いた。

「…我は、焦ってしもうたのだ。主の気持ちも考えず、すまぬ。違う主になってしもうたと、しばらくは放って置いたのに、突然にこのようなことを言うて、主も驚いたであろう。」

維月は、そこは頷いた。確かに驚いて、トラウマになってしまいそうなぐらいだったからだ。

「その、わけもお聞きしました。ですが…」と、維月はまた、涙ぐんで頭を下げた。「申し訳ありませぬ。維心様は我を、大切に育ててくださったものを。我は、どうしても今、維心様に嫁ぐような気持ちになりませぬ。お兄様や、お父様のような心持ちであるのです。どうか、今はお許しくださいませ。大変に尊敬致しておるのです。でも、夫としてお見上げすることが、出来ないのでございます。」

維心は、その言葉が心に深く刺さった。維月は、我を愛していない。いや、正確には、男として見ていない。育てた我のことは、身内のように思ってしまっているのだ。

だが、維心はそれを見せないように、苦労して微笑した。だが、無理をしたので口元が微かに引きつっただけだった。

「良い。無理は言わぬ。だが、出来れば努力して欲しいのだ。我は、主を愛して来た。我には、本当に、この魂のうちで、主だけしか…」と、維月に背を向けた。「…部屋を、離れた場所へ与えよう。このままでは、主も落ち着いて休めまい。」

維心は、それだけ言うと、逃げるようにサッと奥の間へと入って行った。

維月の前で、涙を見せることは出来ないと思ったからだった。

「維心様…。」

維月は、維心を見送って、ただ呆然と立っていた。きっと、心の底から愛してくれていたのだ。なぜに、自分は覚えていないのだろう。どうして、術などに掛かってしまったのだろう。何が自分をこうしているのか、維心を悲しませている自分に、維月は腹が立って仕方がなかった。

しかし、心はどうしても、維心を男としては、見せてはくれなかったのだった。

そんな様子を、十六夜は声を掛けることが出来ずにじっと見守っていた。このままでは…本当に、維月は維心を想うこともなく、そうして、いつか誰かを愛するようになり、そこへ嫁ぐのではないのか…。そうしたら、維心は、自分はどうなるのだ。

十六夜の心は、激しく乱れた。


維心は、奥の間へと飛び込んで自分の寝台へ足早に向かった。維月に拒絶される恐怖…それが、今現実となって目の前にある。それも、ただ拒絶されているのではない。愛情の種類が違う…つまりは、肉親になってしまって、維月に男として受け入れてもらえないのだ。

維月を育てようと思った時には、思ってもなかったことだった。だが、確かにそうなる可能性はあった。それに思い当たらなかった自分、そして、維月の本質を見誤って、どうにかしようともしなかった自分が、維心には腹立たしかった。維月は、維月なのに。どんな維月でも、愛する自信があった。それなのに…。

「…わかったであろう?」聞き慣れた声が、維心に言った。「それが、父親というものぞ。」

維心は、急いで振り返った。そこには、碧黎が悲しげに微笑んで立っていた。

「碧黎…主には、見えておったのか。」

碧黎は、頷いた。

「主が、己で育てると申した時にの。主らは、いくら我が血の繋がりはないと申しても、父親だと言うて聞かなかった。だが、今分かるであろうが。それが、我の心境ぞ。だが、我はたとえ父でも維月が我を想うておるのなら、それで良かった。そこが、主らと我の違いかの。」

維心は、縋る思いで碧黎の袖に取り付いた。

「どうしたらよい。どうしたら、我は維月に、主のように思うてもらうことが出来るのだ。我は…このまま維月が元に戻らなかった時のことを思うたら、恐怖で居た堪れぬ。あれほどに愛しておったものを…。もし、維月が他の誰かを愛して、嫁ぐと言うたら我は狂うであろう。」

碧黎は、息をついた。

「そうよな…十六夜は、無欲であったから我が維月の心を惹き付けたとか言うておったの。だがまあ、我とてわからぬのだ。人や神の心など、我に分かると思うのか。」

すると、入り口から何かが入って来た。碧黎と維心がサッと振り返ると、十六夜がそこに居た。

「親父…分かってたんなら、どうしてオレに育てさせてくれなかったんでぇ。月の宮にだって、乳母は居る。蒼に言えば何人でもつけてくれたのに。これじゃあ維心もオレも、誰かに維月を持って行かれるのを、指をくわえて見てることしか出来ねぇ。」

碧黎は、それでも冷静に答えた。

「これもまた、一つの道。しっかりと見ておるが良い。維月は、そのうちに記憶を戻すであろう。そうしたら、あの維月が戻って参る。だが、いつになるのかは分からぬ。それまで耐えられぬのなら、維織を殺すが良いぞ。主らが選んだことぞ。我は、違う道を示したのであるから。主らが己でこれを選び取ったのだ。」

維心は、ぶるぶると震えた。維織を殺す…それは、戻った維月に厭われる危険をはらんでいる。だが、それでも維月が他の男に、目の前で奪われるのを黙って見ているなど自分には出来ない。

十六夜は、叫んだ。

「なんだってオレ達にそんな決断を押し付けるんでぇ!分かってたんなら、どうして警告してくれなかったんだよ!親父のくせに…オレは、自分の子を殺すなんて出来ねぇよ!」

碧黎は、険しい顔で十六夜を見た。

「甘えるでない。誰もが通る道。人も神も、そうやって己で決断して選び取った道で最善の方向を見て必死に生きておる。たとえ境遇は違っても、皆そうぞ。ならば主らも、全てに良いようになるよう、これから先を選び取ってみよ。それが、生きるということぞ。誰も、正解など教えてはくれぬ。そして、正解であったかなど誰にもわからぬ。わかるのは、選んだ本人が世を去る時に生涯を、振り返った時のみ。それを、主らはいつまでか知らぬが期限付きで行なうことが出来るのだ。維月が、復活するまで。全ては己の責任の下に、これからを良いようにすることを考えるのだ。」

十六夜も維心も、うなだれた。維月の心…だが今はもう、自分たちは父親や兄でしかない。良い方向になど、考えることが出来ない。ならば、維織を殺すしか…。

碧黎は、沈み込む維心と十六夜を残して、またスッとそこを消えて行った。

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