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誰が育てる?

十六夜は、呆気に取られて言葉もない。維心も、どう言えばいいのか分からず言葉を探していた。だが、結局は見つからずに口を閉じた。碧黎はそれを見て、息をついて大氣を見た。

「なんぞ大氣、主は責任放棄するか?」

大氣は、困惑したような顔をした。

「なぜに責任放棄か?婚姻とは、相手を育てる義務もついて参るのか。ならば我は、婚姻関係など最初から無理であったの。知らぬとは申せ、無責任であるなら謝ろうぞ。」

十六夜が、大氣に詰め寄った。

「そういう問題じゃねぇ!維心だって、維月がこうなったからって、放って置いたりしねぇだろうが。相手を想っていたら、世話をするのが普通じゃないのか。」

大氣は、眉を寄せた。

「我は子供など無理ぞ。我らに子が無いのは、ただ機が悪いだけだと思うておるのか?違う、我が作らぬように考ておるからぞ。碧黎とは違って、我には子を慈しむような感情はない。意思疎通が出来ぬ命とは、関わらぬようにしておる。我が関わらずとも、昔から碧黎が全てやってくれたゆえ。」

碧黎は、呆れたように大氣を見た。

「主は…神を学んでも、そこは受け入れられぬか。だが、維織も赤子であるのに、どうするのだ。誰が面倒を見る?十六夜は一度維織を育てておるが、手一杯で残りは陽蘭と我がやっておった。だが、我とてやることが多いゆえ、ほとんどが陽蘭ぞ。あれは今、黄泉の島に居る。呼びに参るのは面倒であるし、呼んでも戻らぬだろう。」

大氣は碧黎を見て、険しい顔をした。

「だから、なぜに我にそんなことを聞く。維織が赤子に戻ったのなら、我はまたその辺りでもふらふらしながら時を過ごすわ。育った後に、また慕わしいのなら、側に居れば良いではないか。それ以上のことは、考えられぬ。」

十六夜は、呆然と大氣と碧黎が話すのを聞いていた。確かに、気ままな命の大氣なのだから、子供が嫌いなら維織だって例外ではないのだろう。維心のように、維月だからしたことのない子育てもする、という考えは浮かばないのだ。

維心が、心配そうに十六夜を見ている。十六夜は、ふと維心と目が合って、我に返った。

「…だったら、維織のことはもう諦めてもらおうか。」十六夜は、大氣をじっと睨みつけて言った。「恐らく維月だって同じことを言うはずだ。維織は、蒼に乳母を多めにつけてもらって何とか育てる。お前のことも思い出さないように親父に頭の中を何とかしてもらう。」

大氣は、まるで自分のことを言われたのではないように、普通に不思議そうな顔で片眉を上げた。

「なぜに?主は憤っておるのか?訳が分からぬ。」

十六夜は、唸るように言った。

「分かってねぇ。人でも神でも、愛情を持った相手ってのは大切にするもんだ。例え歩けなくなったって、話せなくなったって、自分のことも忘れちまってボケちまっても大切にするんだ。お前には、それが無い。赤ん坊は面倒だから嫌なんだろうが。だが、維織は維織だ。オレと維月の娘。オレは、あいつをまた何とか育てる。」

維心が、見かねて言った。

「ならば、ここに置くか?」十六夜が、維心を驚いたように見た。維心は続けた。「ここならば乳母にも困らぬ。侍女も余るほど居る。維織に付けさせようぞ。維月と同じ赤子であるし、遊び仲間になるやもしれぬし。主にも、我が宮に部屋を与えてあるであろうが。そこへ、育てておる間滞在すればどうだ。さすれば、維月にもいつなり会えようぞ。」

十六夜は、それを聞いて確かにそうだ、と思った。ここならば、何にも困らない。維心には、有り余るほどの財力と権力がある。そこで、前のように維織を教育してもらって育てれば、困ることなど何もないのだ。

「…いいのか?」

十六夜が言うと、維心はすぐに頷いた。

「良い。主が側に居った方が、何かあった時の対処もしやすい。維織を、ここへ連れて参れ。我が兆加に命じて準備させようぞ。」

維心にも、さすがに維織が不憫に思えたのだ。困った命との婚姻だと覚悟があっただろうとはいえ、維織は神世で育ったのだから、きっと思いつめるほどつらいことがあったのだろう。

碧黎が、十六夜を見た。

「では、主はここにしばらく居るのだな?我も、あっちこっち見て回らずで済むゆえ助かる。維月も主も気になるしの。」

十六夜は、苦笑した。

「孫のことも気にしてやってくれよ。可愛がってたじゃねぇか。」

碧黎は、ああ、と手を振った。

「ま、可愛いのは可愛いのだ。だが、維月とどちらを選ぶと言われたら、我は迷わず維月を選ぶ。殺してでもの。」

十六夜は、あまりにはっきりと迷いが無いのに身震いした。嘘がない、本心を言っているのを知っているから尚更だ。

「分かったよ。今度はお袋に似た所が表に出ないように育てるよ。」

「それが良いの。我も出来ることはするがな。」と、碧黎は大氣を突付いた。「さ、主はまた放浪の身か?我が宮が東にあって、誰も居らぬが侍女侍従は一応揃えておるから、そこに居っても良いぞ?主が居るなら、我もそこへ戻る。しかし度々出掛けるがの。」

大氣は、大きく肩で息をついた。

「別に大気へ戻っておっても良いのだが、退屈であるしな。主の宮へ参るよ。」

大氣は、あっさりしている。十六夜はまだ言いたいことがあったが、何を言っても大氣には何のことか分からずに、ただ困惑するだけだと黙った。

碧黎は、大氣を連れて龍の宮を去って行った。

十六夜は、維織が不憫に思えたが、それでも気持ちを奮い立たせて、維心に見送られて維織を迎えに月の宮へと飛んだのだった。


「な、な、な」兆加は、維心の前に膝を付いて何とか言葉を発しようと必死に息を吸った。「なんと!そ、そ、それが、王妃様であられると?!」

維心は、維月を腕に居間の椅子へ座りながら頷いた。

「我が育てる。乳母は要らぬ。維月の侍女をそのまま世話係りとするゆえ。左様皆に通達を。それから、十六夜が維織を連れて参るが、こちらには乳母を数人付けよ。侍女も必要なようなら貸し与えよ。しばらく、ここで我は十六夜と子育てよな。」

腕の中の維月が、維心の頬をぺちぺちと叩いた。維心は、それを見て微笑んだ。

「おお、機嫌が良いの、維月。」と、自分の指を差し出した。「腹は空いておらぬか?気を与えようぞ。そら、飲んでみよ。」

維心は、過去の映像の中で、父王が自分にやっていたのを真似て維月に指を差し出した。維月は始め、それをじっと見て小さな手で握り締めているだけだったが、口へと持って行き、ちゅうちゅうと吸い出した。維心は、そっと自分の気を維月に向けて放った。途端に維月は、んく、んくっと喉を鳴らしている。どうやら、きちんと気を摂取出来ているようだ。維心は、それを見てホッとして微笑んだ。

「上手く出来たではないか、維月。やはり主は利口よな。」

維月は、鳶色の瞳で維心をじっと見ながら、気を飲んでいる。維心は、嬉しくなった…維月を、我が育てるのだ。

一方、兆加は呆然とそんな維心を見ていた。ご自分のお子さえ、あんな風に育てたことがなかった王が。それにしても、ようあんな方法を知っておられたもの。

兆加が感心して見ていると、維心がそんな兆加に気付いて言った。

「兆加?十六夜は直に戻るぞ。早よう乳母と侍女の手配を。」

兆加は、ハッとして慌てて維心に頭を下げた。

「は、ははー!では、すぐに手配を。」

維心は、黙って頷く。そうして、また維月に視線を移した。

兆加は、また困ったことになった…とこれからのことに頭を痛めていた。



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