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ひと月後

ひと月後は、神世の会合だった。

蒼は、焔と共に、急遽変更になった会合の場である、龍の宮へと赴いた。焔は、さすがに緊張した面持ちであったが、その堂々とした様と、炎嘉に匹敵するほどの大きな気を見て、誰も鷲の序列を最高位に戻すことに、反対するものは居なかった。

そうして、無事に神世に戻って来た焔であったが、その日の終わりに設けられた宴では、冴えない表情で座っていた。己の宮で行なわれる宴なので出ていた維心も、その様には気になったようだったが相変わらず何も言わず、言ったのは炎嘉だった。

「どうしたのだ、焔?三千年ぶりに戻って参ったのであろうが。序列も元通りぞ。これでこちらでの地位も回復したし、主も思う存分正妃にする女とやらをこっちで探せばよかろう。女はいくらでも居るし、一人ぐらい良いと思う女も居るであろうから。」

焔は、それを聞いてぴくりと反応した。

「…我は、別に妃など良い。もう女のことは考えぬことにした。」

表情が硬い。炎嘉は、それを見て思っていたより根が深いことに、同情したような顔をした。

「焔…ま、主の気持ちも分かる。前世でよほど嫌な思いをしたのだろうて。だが、維心と言うておったではないか。一人にしたらいいのだと。維心だって、ずっと一人で来て探し当てたのだし、主だってそのうちにの。」

焔は、杯を置いた。

「もう、本当に良いのだ。そんな気になれぬ。」と、維心を見た。「維心、我は先に部屋へ戻る。あまり気分が良うなくての。」

維心は、片眉を上げたが、頷いた。

「無理はするでない。東の客間を与えておったの。戻るが良いぞ。」

焔は、頷くと、そこを立って出て行った。炎嘉は、その背を見送りながら、維心に小さな声で言った。

「何ぞ、どうしたのだ焔は。もっと明るくよう話すヤツであったぞ?しばらく見ぬ間に、何やら影が出来て。何かあったのかの。」

維心は、じっと去って行く焔を見ながら答えた。

「…宮の何某かもあるのやもしれぬの。我には分からぬが…主も、あまり女の話しを出すでない。我の時もそうであったが、面倒だと思うておることを話題にされるとゆっくり出来ぬのだ。あれのことは、あれが考えるであろうから。気長にの。」

炎嘉は、ふて腐れて横を向いた。

「結局我が悪いのか。良いわ、もう気に掛けてやらぬからの。」

機嫌を悪くした炎嘉に、維心はため息をついた。それにしても、焔の気が時に乱れるのが気に掛かる。あれほどに安定した大きな気であったのに、本当に何かあったのかもしれぬな。

「義心。」

維心が小さく言うと、すぐに義心が脇から出て来て、維心の側に膝をついた。

「御前に、王。」

「焔の宮の様子を調べよ。」

維心が言うと、義心は頭を下げた。

「御意。」

さっと義心は去って行った。維心は、ふっと息をついて回りを見回して、蒼がひとり、酒を手に考え事をしているのに目を留めた。珍しい…いつなり、炎嘉や他の神が話すのを、笑って聞いているのに。

「蒼。」維心は、声を掛けた。「これへ。」

蒼は、ハッと我に返ったような顔をすると、急いで立ち上がって、維心の隣りへと来て座った。

「維心様。」

維心は、頭を下げる蒼に、会釈を返した。

「蒼、どうした?何か思い煩うことでもあるか。」

蒼は、驚いた顔をした。維心様、何でもよく見ていらっしゃるから…。

「はい…と言うて、オレじゃないのですけれど。」と、苦笑した。「十六夜が、困っていて。母さんは、何か言っておりませんでしたか?」

維心は、頷いた。

「本日の宴は、十六夜と話し合うことがあって出られぬとだけ。我は元よりあまり維月を皆の目に晒したくなかったし、居間へ置いて参ったがの。今頃、月から話しておるのではないか。」

蒼は、頷いて言った。

「そうなんです。あの、維織のことで。」維心は、両眉を上げた。蒼は続けた。「月の眷族は皆自由奔放でしょう。碧黎様もそうですが、大氣も。大氣が、ひと月前に碧黎様の様子を見に行くと言って出て行ったきり、戻っていないそうなんです。」

維心は呆れたように肩で息をつくと言った。

「まあ、あやつらにしたら、いつでもどこへでも行く権利はある、ということであろうの。しかし、何も言わずにひと月か。碧黎には、聞いてみたのか?」

蒼は、首を振った。

「いいえ。あれから、碧黎様もどこかへ出掛けているようで、地の宮にも居ないし、月の宮へも戻っておりません。」

維心は、困ったように首をかしげた。

「ならばどうしようもないの。呼べば来るであろうが、維月が呼んでもなあ…。連れて帰るとか言われたら面倒であるし。これまでも、このようなことはあったのか?」

蒼は、また首を振った。

「ないんです。結婚してからこの方、大氣は無断で出かけることなんて無かったらしくて。維織は、それでとても心配していて…でも、案じているだけでなく、憤っているのもあるのですけれど。自分に何も言わずに帰って来ないことに対して。ま、誰でもそう思うとは思うんですけどね。」

維心は、肩の力を抜いて、どこへとも無く視線を移した。

「そうよなあ…我が同じことをしたら、維月に里へ帰られてしまうわな。それにしても困ったことよ。出て参る前、変わったことはなかったのか。」

蒼は、迷うように視線をさまよわせたが、答えた。

「あの…十六夜が、命を繋ぐことについて大氣に聞きに行った後、大氣とその話になったようなのですが。それで、維心様も十六夜も母さんと心を繋いでいると聞いているし、大氣と自分も繋ぎたい、というようなことを言うたらしいのです。それで、維織も十六夜の子ですから碧黎様がやった方法でも出来るだろう、と言ったら、大氣は自分の記憶は膨大だから、発狂するかもしれないから出来ない、と答えたのだと聞いております。その後、碧黎様の様子を見ると言って、出て行ったそうです。」

維心は、ぴくっとそれに反応した。蒼は、構えた…何しろ、知っているのだ。きっと、大氣は維織と命を繋ぎたくないのだろう。そんな気持ちにはまだなれない、と言っていたのだ。それを、強要されるように思ったのではないだろうか。だから、帰って来ないのではないだろうか…。

維心は、じっと蒼を見ながら言った。

「命を繋ぐ話をした後に、出て参って戻らぬのだな?」

蒼は、渋々ながらも頷いた。維心は、もしかして気付くのではないか、とハラハラしているのだ。何しろ、維心は勘がいい。それに助けられたことも、今まで一度や二度ではなかった。

しかし、それが今は恨めしかった。

「…気に掛かる。やはり我が感じた通り、命を繋ぐとは別の意味があるのではないのか。」

蒼は、知らずに息を詰めた。やはり気取られる…。

維心は、立ち上がった。

「主に聞いても分からぬわな。とにかくは、我は奥へ戻る。主も、己のことではないのだからそのように案じるでない。宴を楽しんでおれ。」

そうして、奥へと足を向けた。それに気付いた炎嘉が、その背に叫ぶ。

「こら維心!もう戻るのか、もっと付き合わぬか!」

しかし、維心は炎嘉をちらと振り返ると、歩みを止めずに言った。

「維月が待っておる。戻るわ。蒼の守りを頼むぞ、炎嘉。」

炎嘉は、側に座る蒼に視線を移して、ぱっと明るい顔をした。

「おお蒼!そんな隅に。ささ、飲め!皆先に戻ってしもうておもしろうない。」

そうして、蒼は心ならずも酔った炎嘉にまとわりつかれて、誰が誰のお守りをしているのか分からないような状態で宴を過ごしたのだった。

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