命を重ねるということ
大氣は、ふっと息をついて、碧黎を見た。
「またこの姿を見て待たねばならぬか。ほんにもう、気が揉める。」
碧黎は、片眉を上げた。
「我が居るではないか?それに、此度は主でも戻せるように考えたぞ。」
すると、目の前の蒼が、ううん、と唸って目を開けた。大氣は、それを見て微笑んだ。
「お、蒼が目覚めた。時間が掛かったではないか。」
碧黎は、笑った。
「まだ子供ぞ。しようがない。」
蒼は、いきなりそんなことが耳に入って来たので、顔をしかめた。確かに、オレは他の王達に比べたらすぐ気を失うけどさ。
「確かに、あっちこっちで気を失っていますけど。」と、起き上がって他の皆がまだ眠っているのを見て、驚いた。「え?オレだけ?」
大氣は、苦笑して首を振った。
「主だけ、今目覚めた。他はとうに目が覚めて、焔が過去と現在の狭間に居るので連れ戻しに行ったのだ。なので、主とは別ぞ。」
よく見ると、十六夜も眠っている。蒼は、また自分だけ気を失ってたのか、と情けなくなった。同じ王なのに。でも、同じじゃないか。軍神じゃないし。
「オレは軍神じゃないし。そんなに早く動けないんだから、仕方がないじゃないか。」
蒼は、笑う大氣に向かって、膨れっ面で言った。大氣は、大袈裟に驚いて見せた。
「おーおー開き直りおって。だが、他は目覚めていきなり動けないと重そうにしておったのに、主はそれが無いの。そこは、他より優れておるし、胸を張って良いぞ。」
蒼は、それのどこがいいんだろうと思ったが、渋々頷いた。碧黎は、それを見て微笑んでいたが、自分はまだ眠っている維月の側へと寄って、元居たその、ソファの上に横になった。そうして、維月を抱き寄せると、まるで恋人にするようにその目元へ唇を寄せた。
蒼が、それを見て言葉が出ずにぱくぱくしていると、大氣がそれを見て肩をすくめた。
「何ぞ、維月を娶ろうとでも?」
碧黎は、首を振った。
「いいや。我は体を繋ぐなどに重きは置かぬ、主だってそうだろうが。」
大氣は、すぐに頷いた。
「確かにそうだが…しかし、維織の価値観ではそれが必要での。そういう場で育っておるし。なので行なうがの。」
碧黎は、ふふんと笑うと、大氣を見た。
「大氣…我は、維月と命を重ねた。」
大氣が、途端に顔を上気させた。蒼には、何のことなのか分からない。しかし、大氣は蒼をちらと見ながら、碧黎を諌めるように言った。
「こら…子供の前で!後で聞くゆえ!」
何が子供の前なのか分からなかったが、蒼は不機嫌になった。子供子供と、オレは700歳になるんだぞ!
「何のことですか?子供って言っても、オレだって月の命なんだし、同族でしょう?知っておいてもいいことじゃないですか。」
大氣が、驚いたように蒼を見た。
「いや…しかしの。またもっと育ってからで良いと思う。」
蒼は、腰に手を当てた。
「これ以上育ちません!どういうことでしょう、命を繋ぐって?」
大氣が、慌てて言った。
「こら!軽々しく昼間っから口にすることではないと言うに!」と碧黎を見た。「主も!なぜにここで申す、後でよかったのに。」
碧黎は、維月に頬を摺り寄せながら答えた。
「早よう主に知らせとうて。邪魔者が居らぬうちにとの。あれらには言うでないぞ。」
大氣は、ぶんぶんと首を振った。
「言えぬわ!」
蒼は、ますます意味が分からなかった。だが、この反応…。
蒼は、自分が思っている通りなのか確かめようと、言った。
「…それって、オレも母さんと命を重ねたり出来るんですか?」
大氣も碧黎も、仰天したように蒼を見た。そうして、慌てて首を何回も振った。
「何を言うておる!主の、曲りなりにも人としての母で、遺伝子的にも繋がっておったのであろうが!そのようなこと、我が許さぬ!」
碧黎は、明らかに怒った様子で強い声で叫んだ。大氣も、言った。
「そうよ!知らぬとは申せ、簡単にそのようなことを口にするでないぞ!まだ子供のくせに!」
蒼は、息をついた。やっぱり。
「冗談です。つまりは、それはオレ達にとっては体を繋ぐような感じってことですね。碧黎様や大氣にとって、それは重大なことなんだ。」
碧黎と大氣は、顔を見合わせた。そうして、大氣がはあっと息をつくと、頷いた。
「そうやもな。命を重ねるとはの、体だけではなく、記憶も感じ方も全て、つまりは本当に何もかもをさらけ出して繋がるということでの。」
碧黎は、頷いた。
「そうなのだ。主らは全てをさらけ出すとか言うて体を繋ぐが、我らにすれば、体など一部。命は全て。なのでよほどでなければそんなことはせぬのだ。己すら相手にさらけ出すのであるぞ?余程相手を信頼し、愛情を持っておらねば出来ぬ。我は、今までそんな必要もなかったし、そんなことをしたいとも思わず生きて来た。しかし、維月は良いと思うた。陽蘭にすら、我はしたことが無かったのだ。」
大氣は、頷いた。
「我も…まだ、維織にすらしたことがない。誰にも言うでないぞ。」
蒼は、ただ頷いた。つまりは、本当によっぽどのことなのだ。おそらく、こちらで言うところの婚姻に匹敵することなのだろう。
「じゃあ…それって、母さんと結婚したことになるんじゃあ…。」
それには、碧黎は首を振った。
「何を言うておるのだ。婚姻というのは、体を繋ぐのであろう?我は婚姻はしておらぬ。ここで断っておくが、婚姻というのは、人や神が決めたことで、その名称ぞ。我らには何の意味もない。」
大氣は、頷いた。
「その通りぞ。我が体を繋ぐことに何のこだわりもなかったことを覚えておるであろう?あんなもの、我らには意味はないのだ。特に好きでもない。だが、慕わしい相手が望むならばするがの。」
蒼は、分かっていたがいろいろ聞いていて、気付いたことに目を見張った。
「え…じゃあ、大氣って維織と婚姻してるけど、こっちが思ってるほど大きなことじゃないってこと?!」
大氣は、渋々頷いた。
「維織のことは、慕わしい。だが、まだ命を重ねるまで思うておるわけではない。しかしこちらでは、共に居ようと思うたら、婚姻という形を取るしかなかろう?なので、そうしておるのだ。あくまで皆には言うでないぞ。また騒がれたら厄介であるから。我は、別に無責任とかそんなつもりはないからの。あくまでこちらの理に従っておるだけなのだ。」
蒼は、開いた口が塞がらなかった。じゃあ、付き合ってる程度なんじゃないか。困ったぞ…そんなこと、誰にも言えるはずないじゃないか。でも、知ってしまった。見る目が変わってしまう…。知らないからそこまで求められないが、知ったら求められるだろう。大氣は、あえて維織にそんなことは言わずに居て、それを避けているんだ。
「…じゃあ…絶対にこれは、維織には言えませんね。」
「十六夜にもの。」碧黎は、釘を刺すように言った。「あれも間違いなく命を重ねたがるであろう。だが、我は譲るつもりはない。我は常共にとは言わぬ。その代わりこれだけは譲れぬ。もう、維月は我と命を重ねたのだから。我だけぞ。」
大氣は、碧黎を見て、少しそわそわした。何か聞きたいらしいが、蒼が居るので聞けないようだ。蒼は、肩をすくめた。
「あの…何を聞いても、オレには別にそんなやらしいこととかには聴こえませんから。だって、そんな価値観じゃないですし。」
碧黎は、大氣を突付いた。
「何ぞ?」
大氣は、小さな声で言った。
「して、どんな風であった?興味はあるが、我も経験がないし…そんな風にしたいと思うた相手が居た例がないゆえ。」
碧黎は、ふっと笑うと、眠る維月の髪を撫でた。
「良い心地よ。体を繋ぐなどとは、比べ物にもならぬ。本当に全てが溶け合う感覚ぞ。あまりに心地よいので、維月は気を失ってしもうての。疲れたようで、まだ眠っておるのだ。」と、頬に頬を摺り寄せた。「まだ信じられぬ。維月と、命を重ねたとは…。」
蒼は、それを聞いて複雑だった。まるで維心のような反応なのだ。維心が維月を娶った時、こんな感じだった。なので碧黎も、そんな感じなのだろう。新婚初夜を終えた新郎のような気持ちなのだ。
あくまで、蒼には全く分からなかったが。
しかし大氣は、珍しく頬を赤くしていた。
「おお!そんな相手が居って、羨ましいというよりない。我も、維織にそんな気持ちが湧く時が来たなら、分かるであろうが…。しかしまだ、踏ん切りがつかずで。そんな軽々しく、手を出す気にもなれぬ。それから全ての命の責任を持たねばと思うゆえ…。」
碧黎は、頷いて大氣の肩を叩いた。
「主はそういうところが真面目であるからの。まあ、よう考えるのだ。我はもう諦めておったが、維月が消滅を覚悟で我を探しに参ったのを知った時、我が命の限り共にと決意したのだ。夢のような時間であった。これからも、こうして過ごせるかと思うと心持ちが明るくてならぬのだ。」
大氣は、大真面目に頷いた。
「大切にの。まあ十六夜や維心が居るし、大っぴらには出来ぬが、あれらは体を繋いでおるだけで良いのだから。許してやるが良い。」
碧黎は、笑った。
「そんなこと。我は気にせぬよ。」と、維月の頬に触れた。「命を重ねておるのは、我だけなのだからの。」
維月が、んん、と動いた。碧黎は、じっと維月の顔を見るが、大氣は何やら赤くなって所在無さげに横を向いた。確かに、話の流れから行って自分が大氣でもああなるだろうな、と蒼は思って、黙って見ていた。
すると、何も知らない維月が、眩しげに目を開けた。そうして、目の前にある碧黎の顔を見て、涙ぐんだ。
「ああ…!お戻りくださったのですね、お父様…。」
首に抱きついて来る維月を、碧黎は大事そうに抱きしめた。
「主の頼みであるから。我は、どこに居ても戻って参るぞ。」と、維月を少し離してその目を見つめた。「大事ないか…?我が慣れぬことをしたゆえ、疲れておったのではないのか。」
大氣は、聞いていないと言う風に、回りで目を閉じている十六夜や維心の方を見ている。わざとらしいなあと思いながら、蒼はじっと二人の様子を見ていた。維月は、少しぽっと赤くなったが、頷いた。
「あの…あんな風だと思わなくて。」維月は、しどろもどろに言った。「その…ええっと、婚姻の時のような感覚もあって、びっくり致しました。でも、命ですものね。」
碧黎は、頷いた。
「そう、命よ。そんな婚姻のような上っ面だけのことではない。」と、維月の頬を撫でた。「時にこのように。主に命を重ねられるのは、我だけぞ。分かったの。」
維月は、よく意味が分からなかったが、そんなことが出来る神など聞いた事もなかったので、頷いた。
「はい…お父様。」
碧黎は、微笑んだ。
「良い返事ぞ。」
蒼は、どこまでも維心に似ている、と思った。維心の命は、碧黎が作ったのだと聞いている。なので、恐らく根本的にはよく似ているのだろう。
蒼は、もういいかな、と声を掛けた。
「母さん?大丈夫?」
維月は、こちらを向いた。
「蒼!ああ良かった、帰って来れたのね。でも、維心様達は…?」
蒼は、答えた。
「何でも一度目覚めたけど、焔様がどこかに引っ掛かってるらしくて、連れ戻しに行ってるんだって。オレも、さっき目が覚めたばっかりなんだ。」
維月は、皆を気遣わしげに見た。
「そう…十六夜まで行っているのね。早く帰って来て、安心したいわ。」
碧黎が、笑って維月の肩を抱いた。
「案ずることはない。直に戻るわ。我と大氣が居るからの。」
維月は頷きながらも、大氣がなぜか赤い顔をして目を合わせないのを怪訝に思った。だが、十六夜や維心が心配で、そんなことはすぐに気にならなくなったのだった。




