違和感
十六夜がハラハラしながら維月を追うべきかと悩んでいると、出て行った維月がまた窓から帰って来た。ゼイゼイと肩で息をしている。
「維月!」と十六夜は駆け寄った。「良かった、今あいつらの所へ行って焔と遭遇したりしたら、また維心のヤツがめんどくさい事になるかもって、連れ戻そうか悩んでたんでぇ。」
維月は、まだ息を乱しながら眼だけで十六夜を見た。
「あ、会っちゃった。」
十六夜は目を点にした。
「何だって?」
維月は、今度は全身を使って訴えた。
「だから、会っちゃったの!焔様に!」
「ええ!?」十六夜は目を見開いた。「どうやったらこんな短い間によりにもよってあいつに会うんだよ!どうすんだ、維心のヤツがうるさいぞ!炎嘉がどうのなんて、聞けなくなっちまったじゃねぇか!」
維月は、半泣きだった。
「急がなきゃと思って飛んでたら草履が抜けちゃって落ちたのよ。それで拾いに降りたらそこに居たんだもの。口止めはしたわ。きっと黙っててくれると思うんだけど。」
十六夜は、維月の肩を抱いて引き寄せ、落ち着かせようと頭を撫でた。
「まあ、会っちまったもんは仕方がねぇ。しばらくここでおとなしくしてな、維月。そうしたら、焔だって他の珍しいもんに気を取られて忘れっちまうよ。」と、維月を促して椅子へと座った。「で、お前の好みだったろ?」
すると、維月は途端にぱあっと明るい顔をした。
「ええ!焔様ってほんと、維心様とはまた違った感じで、男っぽいっていうか、野性的な感じの端整なお顔よね。じっと見つめられたら、恥ずかしくなってしまったわ。あんなに綺麗なかたなんだもの、私なんてそこらの雑草程度にしか思ってないと思うわ。時々でもあのお顔を見れたら、目の保養になりそう~。」
十六夜は、苦笑した。
「お前にかかったら、男もみんな庭の花みたいなもんだな。綺麗な花を見ているような。」
維月は、何度も頷いた。
「ええ、そうね。人の頃、テレビで綺麗な俳優を見て幸せになった、あんな感じよね。好きとかは別問題なのに、維心様ったらすぐにご心配されるんだもの…困っちゃうわ。」
十六夜は笑って答えた。
「あいつは生まれ変わっても心配性だからなあ。維月が見た目だけで好きになるなら、神世には綺麗な男が多いんだから、今頃何人居ただろうってな。炎嘉だってあれだけの美形だ、とっくにあいつのものになっててもおかしくないだろうに。そこが分からないんだよなー。」
維月は、ふふと笑った。
「でも、あまり維心様をご心配させてはいけないから、私が焔様を褒めてたとか言わないでね。あの、正式に会った後のことだけど。」
十六夜は、頷いた。
「ああ、言わねぇよ。だが、正式になんて会う機会あるか?維心のやつが許さないと思うぞ。」
維月は、息をついた。確かにそうだ。でも、あれだけ心配する維心だから、きっと炎嘉と関係なんてないだろう。そう信じていよう、今これ以上動いたら墓穴を掘りそう、と、維月はそれからおとなしく十六夜と話しながら部屋に篭っていたのだった。
焔が客間へ戻って来ると、弦が難しい顔をして待っていた。焔は、そんな弦に言った。
「なんだ?弦。まだ緊張しておるのか。」
弦は、首を振った。
「正式に宮を案内されるまでは、お部屋で落ち着いて座っていてくださいませと申しましたのに。王よ、ここは幼い頃より過ごした宮とは違うのです。もしも蒼様が礼儀などにもうるさい王であったなら、お約束も反故にされるやもしれませぬのに。」
焔は、ふふんと笑った。
「主は心配性よな、弦。案ずるでないわ、蒼殿はそのような神経質な王ではない。あれは穏やかで相手の顔色を見て立ち位置を決めて、回りを気遣う神。我には分かる。」
弦は、少し驚いた顔をした。この僅かな間に。
思えば焔は、大変に利口で父王が舌を巻くほどの博識な皇子だった。思慮深く、まだ幼かったのでそうはならなかったが、何度も譲位をした方がいいのでは、と臣下達が話し合いをしたほどだ。広く世を見渡し、書などもよく読んでいるのか離れていた神世のこともそれはよく知っていた。考えも、父王よりもずっと深かった。なので、急な病で父王が亡くなった時には、焔がやっと王位にと、皆安堵したほどだったのだ。
なので、焔がいとも簡単に初対面の蒼の気質を見抜いても、弦には不思議なことではなかった。だが、他の王達が、焔をいう神を知らないばかりに、まだ若い王だと下に見ることだけは、避けたいと思っていた。なので、礼儀を弁えないなどと言われて、その名を貶めたくなかったのだ。
「最初が肝心でございまするゆえ。」弦は、神妙に言った。「どうか、弁えてくださいませ。我が聞いて来た所によりますると、王妃の里との事で、龍王もこちらへ今滞在しておるようでございます。顔を合わせる事もあるでしょう。」
すると、焔はすっと眉を寄せた。
「…龍王が来ておるのか。」
弦は、頷いた。
「はい。ここは、龍王の妃の里で、妃は頻繁に里帰りをするのでそれについて参るのが常のことのようで…炎嘉殿とは友と聞いておりまするので、恐らくは話をしておるのではないでしょうか。」
焔は、じっと考えていたが、側の椅子へと座ってフッと笑った。
「面白い。まさか月と龍王に同じ日に会えるとは思わなかった。そうか、龍王も来ておるのか…今の龍王は、張維の後の維心の、そのまた後の将維の息子である維心であったの?」
弦は、まだ神妙な顔のまま重々しく頷いた。
「はい。ですがご油断召されますな。この維心も大変な力の持ち主であると聞いておりまする。まだ情報が少ない状態でございますので、詳しいことはまだ分かりませぬが…。名ばかりを最強の龍王から継いでおるのではないと聞いておりまする。」
焔は、ふふんと鼻で笑った。
「分かっておるわ。龍はどいつも油断がならぬ。さっき会うた炎嘉も、大層な狸であるぞ?あれは腹にあることの一分も表に出してはおらぬ。」弦が驚いた顔をするのも構わず、焔は続けた。「良い。ならば会うて置かねばならぬゆえ。蒼殿に連絡を。こちらはいつなり大丈夫であるから、早よう宮を案内してもらいたい、との。」
弦は、頭を下げた。まだ300歳にもならない王が、まるで年季の入った王のような振る舞いをすることには慣れているつもりでいた。だが、それでも初めて出て来たほかの宮であるのに、この落ち着きようはなんだろう。他の神達のことまで、少し話しただけでも悟ってしまうその能力は、経験に裏打ちされるものでは絶対にない。いつなり、あの領地に篭って外へ出ることが出来ずに育ったのだから。
それでも、弦はそこを出ると、蒼へと遣いを送ったのだった。
炎嘉と維心は、コロシアムで月の宮の軍の訓練を眺めていた。
さすがにここ数百年、龍軍に指南を受けたりと精進したせいか、見違えるほどに成長していた。特に筆頭に長く座る嘉韻は、驚くほどに巧みになっていた。維心が連れて来ていた義心相手に、ひけを取らない立ち合いを披露して皆のため息を誘っていた。
維心は、眉を寄せて黙ってじっとそれを凝視している。炎嘉は、ふっと呆れたように頬を緩めると、言った。
「嘉韻は、さすがに鳥の軍で居ただけあるではないか?」炎嘉は意地悪げに維心を見やった。「あの臨機応変に鳥と龍を使い分ける様には我も共感できるわ。さすがに我が筆頭軍神の子よ。」
維心は、ブスッと膨れっ面で言った。
「確かにの。だが我には遠く及ばぬがの。」
炎嘉は、呆れたように維心を見た。
「何ぞ主は。己で初めに許したのであろうが。まだあれに某か思う事があるか?」
維心は、ふん、と横を向いた。
「別に思うたまま言うまでよ。」
炎嘉は、ため息をついてまた皆の方へと視線を向けた。
「まあ、己の感情はこの際隠しておけ。しっかり視察しておるように見えねばならぬのだからの。そんなだらだらとしておったら、主が待ち構えておったのだと気取られるわ。」
維心は、面倒そうに言った。
「そんなもの。普通の王ならいくら妃の里でもこんなタイミング良く来ておったら、己を探りに来たと気取るわ。とにかくは、不自然でないように会うのが目的ぞ。」と、義心が嘉韻から一本取ったのを見て、表情を緩めた。「おお、やりおるの。あれも嘉韻には腹に一物あるであろうから。負けるわけには行かぬだろうて。」
炎嘉は、ふーっとまたため息をついた。
「主らはもう。我の方が余程落ち着いて大人であるなと、今思うたわ。そんな個人的な感情はこんな時に出さぬ良識があるからの。」
維心は、炎嘉を軽く睨んだ。
「嫌味ばかり言いよって。」と、何かに気付いたようにちらと視線を上げた。「…お。来たようだぞ。」
見ると、蒼が赤い袿の男と共に浮いていた。維心は、久しぶりに炎嘉と同等ほどの気を持つ神を見て、目を細めた。




