遭遇
維月は、十六夜と自分の部屋へ戻って、十六夜を見つけると開口一番言った。
「十六夜聞いて!炎嘉様ったら維心様とね、あの、夜を共にするようなこと出来るとかいうようなこと言ったのよ!どう思う?!」
十六夜は目を丸くした。いきなりのことだったので、理解が追いつかないらしく、呆気に取られている。
「ええっと…それは、炎嘉が維心とそんなことをしたいってことか?」
維月は、ぶんぶんと首を振った。
「違うわよ、私の代わりって話になった時にね。」十六夜がまだ訳が分からない顔をしているので、維月は幾分落ち着いて来て、十六夜の横へと座ると言い直した。「焔様のことよ。本当は私と維心様で南の庭でお茶を飲んでいる所へ、たまたま焔様がいらしたことにしようって話だったんだけど、焔様がお美しいお顔だって炎嘉様に言われた維心様が、私は奥へ残す、炎嘉様に代わりを、と言ったわけ。そうしたら、炎嘉様が、維月の代わり?維心は美しいから出来るだろうが、って言ったの。蒼も驚いた顔をしていたわ。でも、維心様は驚く様子もなく、普通にそうではないって否定されてたんだけど。」
十六夜は、やっと状況が読めて来た。維月の支離滅裂な説明のしかたを見ても、蒼と維月がどれほどびっくりしたのか分かる。何しろ十六夜は、長く維月の話に付き合って来たので、そんな支離滅裂な中に本筋を見出すのに慣れていた。なので頷いた。
「ああ、男同士ってことか。あのな維月、神世はそういうことに抵抗ないんだよ。結婚するのは異性だが、そんなことをするのはどっちでもいいってやつが結構居るじゃねぇか。まして維心も炎嘉も女でも良かったぐらい綺麗な顔をしてるんだから、そんな話になってもおかしくないんじゃねぇか。」
維月は、胸を押さえて息を整えながら、言った。
「でも、間近でそんな話を聞いて、しかも普通に返されたら驚くわ。維心様も、炎嘉様とは『無し』ではないってことでしょう?可能性があるってことじゃない。」
十六夜は、困ったように首をかしげた。
「どうだろうなあ…神世の常識がそんな感じだから、維心も慣れててそう答えただけなんじゃねぇのか?あくまで自分はストレートだけどよ。よく考えてみろ、あいつらどれだけ長い付き合いなんでぇ。そんな仲になるんなら、とっくになってるだろうよ。だが維心は、お前命で他は見向きもしねぇじゃねぇか。炎嘉だって今生はそうだろうが。」
維月は、恨めしげに十六夜を見上げた。
「でも…長い間に、何かあっても分からないわよね?私がお二人に出会ったのはここ数百年だもの。そういう感覚なら、気軽に関係持ってらしたかもしれないし。それは、経験のカウントに入ってないのかもしれない。そんな感覚なら、今でも隠れてそんなことをしてるかも…。」
十六夜は、肩をすくめた。
「知らねぇよ。あいつらがそんな仲でないとも言い切れないしな。そう言われてみれば、神嫌いな維心が前世で炎嘉だけとは親しくしてたってのが、どうしてなのか分かるような気も…。」
維月は、じっと黙った。今まで女ばかりを考えて、男は見てなかった。でも、確かに言われてみればそうだ。炎嘉とはずっと一緒だし、無理を言われても仕方なく付き合ったりしていた維心だから、もしかしてそんなことも応じていたのかも…。
維月は、突然に立ち上がった。十六夜は、びっくりして維月を見上げた。
「おい?まあ炎嘉は男だからもしそうでも妃とかないんだしいいじゃねぇか、維月。女と浮気されるよりは…」
維月は、十六夜をキッと見た。
「ちょっと、行って来る!」
十六夜は慌てて叫んだ。
「こら!お前ここに居なきゃいけないんだろうが!」
だが、維月は窓から飛び出して行った。
焔は、広い客間は見慣れた風だったので、早々に探索を終えて掃き出し窓から庭へと出ていた。弦からは正式に蒼に宮を案内されないうちは、客間でおとなしくしていろとやんわり釘を刺されていたが、幼い頃からそんな事を聞いた事はなかった。
これほどに清々しい朝の庭であるのに。
焔は、さくさくとよく手入れされた芝を踏みしめて、それでもあまり遠くには行くまいと遠慮はしながら、そこを歩いた。
しばらく行くと、小さな人工の川が緩やかに流れていた。その川の水さえも清涼で、本来池に居るはずの鯉が通り過ぎて行く。きっと、この川はどこかの池に繋がっているのだろう。
焔はそこにじっと佇んで、景色を楽しんでいた。こうして他の宮の庭を楽しむのは、何年ぶりであろうか…。
焔が感慨深く風を感じていると、不意に川の上を何かの影が過った。何かが横切ったのかと見上げると、女が一人、どこかへ向けて飛んでいる最中だった。まだ日がこれほど明るい時間に庭を飛ぶなど、焔の常識ではあり得なかった。女は少々時間が掛かっても、宮の中を歩くものなのだ。無防備に飛んでいて、こうして誰かの目にでも留まったら面倒な事になるかもしれないからだった。
焔が呆然としていると、上から何かが落ちてきて芝の上に転がった。何だろうとそれを目で追うと、それは女物の草履だった。
「あ!」
声がしたかと思うと、上空の女が急降下してきた。焔はなぜか身の危険を感じて構えた…物凄いスピードだったからだ。
「もう…だからこんなに重い草履は要らないと申し上げたのに、勝手に作らせておしまいになるから。」
女は、ぶつぶつと何か言って着物の裾を持ち上げると草履に足を通している。焔は、その女から発しられる珍しい気に驚いた。なんと変わった女…それとも今時の女は皆こうなのか?
「…草履は無事か?」
焔は、思わず声を掛けた。相手はビックリしたようでかなりの速さで振り返って、焔を見た。焔は、一々素早い身のこなしに、軍神なのかと勘繰った。
「え…ど、どなた?!」
相手は自分を抱き締めるように構えて焔を見上げている。焔は、案外に美しいその女に近付きながら、言った。
「我は鷲族の王、焔。主は見たところ侍女でもないようだが、誰か?珍しい気よの。」
相手はばつが悪そうに顔をしかめた。何やらいけないことを見咎められた子供のようだ。しかし、焔がじっと待っていると、観念したのか渋々口を開いた。
「…私は、陰の月の維月でございます。」
焔は、眉を跳ね上げた。陰の月…では、あの陽の月と同じ、月なのか。
「我は先程陽の月に会うた。では、主は対の月か。」
維月は、頷いた。
「はい。ですが私には大きな力はありませんし、陽の月が世間で言う月であるので。御前に出るのは、陽の月なのでございますわ。」
焔は、まじまじと維月を見つめた。これが月…癒しの気。なぜか惹かれる珍しい気…。
黙ってひたすらに維月を見ていると、維月は顔を赤らめて横を向いた。
「あの、それでは私はこれで。それから…私に会った事は誰にもおっしゃらないでくださいませ。」
焔は、片眉を上げた。
「なぜに?」
維月は、赤い顔のまま焔を見上げた。
「奥から出てはなりませんでしたの。なのに出て参ったのがバレたら、大変に叱られるのですわ。ですから、どうかおっしゃらないで。」
確かに女がふらふら飛んでいたなど、親にも叱られて然るべきだろう。焔は自分の常識が間違っていなかった事にホッとしながら、頷いた。
「では、そのように。」
維月は安堵したように肩の力を抜くと、驚くほど優雅に頭を下げて、飛び立って行った。
礼儀は教わっておるようなのに。
焔は不思議な女だと、それを見送ったのだった。




