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異次元

維心は、目を覚ました。

何やら別の感覚がする…ここは、自分の宮の中では、いや、結界の中ではない。それどころか、空気全体から感じが違う。なんだ…ここは、どこだ。

維心が身を起こすと、そこはどこかの臣下の屋敷のような感じであった。寝台を降りて、自分が着物も何もかも着たままで寝ていたのに驚きながら、窓から外へと歩き出た。

そこは、見たこともないような大地だった。

この屋敷のほかは、見渡す限りの原っぱで、人っ子一人居ない。誰の気も感じなかった。

維心が、見慣れない土地に戸惑っていると、後ろから声がした。

「気付いたか。」碧黎だった。「ここは、主らの次元とは違う場所。十六夜も蒼も居る。こちらへ参れ、維心。」

維心は、慌てて碧黎に歩み寄った。

「碧黎!どうなっておるのだ、なぜにここに?維月は…」そこで、維心は気を失う最後に見たことを思い出した。「維斗は?二人はなぜに消えた?宮が廃れた様子になったのも見た。どうなっておる?!」

碧黎は、分かっているというように、何度も深く頷いた。

「分かっておる。全て説明してやるゆえ。その上で、我に手を貸せ。蒼も目覚めておる…さあ、こちらへ。」

維心は、仕方なく碧黎について歩いた。案外に広いその屋敷の中、維心と碧黎以外は誰もすれ違わなかった。侍女も侍従も居ないように感じた。

碧黎について入って行った部屋では、蒼が十六夜に気遣われて座っていた。蒼は、見るからに疲れ切っている。維心が入って来たのを見ると、十六夜が言った。

「目が覚めたか、維心。」と、息をついて下を見た。「維月は…間に合わなかった。」

維心は、どうしようもなく不安を感じた。

「間に合わなかったとは?維月は生きておろうの。どうなったのだ、我には分からぬ!」

碧黎が、なだめるように言った。

「説明するゆえ、座れ。蒼にも、まだなのだ。」

維心は、そこにある椅子の一つに座った。碧黎は、息をついて、言った。

「まず、ここは我が逃れるために飛び込んだ無人の次元ぞ。そして、維心、蒼、主らの意識をこっちへ引っ張って来た…身は、もう無い。」

二人は、目を見張った。

「身が、ない?!」

碧黎は、頷いた。

「そうだ。我らとてそう。本来身は持たぬから、意識だけをこっちへ逃した。我が気取って何とか出来たのは、主ら二人だけ。十六夜と我は、己でこちらへ意識を逃したからの。」

維心は、額に手を置いて、首を振った。

「分からぬ。何があったのだ。あちらは今どうなっておる。」

十六夜と、碧黎は顔を見合わせた。

「…どうって、お前が居ない世だ。月の宮は最初から無く、今のお前は七代龍王だったが、五代龍王だったお前が寿命で死んだ後の世界。お前は生涯独身で、龍王の血筋は途絶えている。龍王は居らず、龍は衰退して鳥と虎が台頭している。」

維心は、絶句した。蒼が、言った。

「じゃあ…月の宮が消えてなくなったのは、始めからなかった事になっていたから?」

十六夜は、頷いた。

「そうだ。」

維心が、急いで言った。

「維月は?!十六夜、維月は生きておるのか?!」

十六夜は、碧黎を見た。碧黎は、首を振った。

「いいや。維月はこの世では居らぬ。人としての生涯を閉じ、黄泉へ行ったことになっている。」

維心は、愕然とした。では…6百年から7百年も前に、維月は死んでいることになる。

「なぜ…なぜ、そんなことに。」

蒼が、ショックが強すぎたのか、声を出す力もないようで、小さな声で呟くように言った。碧黎が答えた。

「時を遡って、歴史を変えたヤツが居るのだ。我が最後に見たのは、炎託が瑞姫を助けるのだと言うて、次元の扉を使って時を調整しようとしておる時だった。あれの結界を破ったやつが居るからと、我は様子を見に参って…他に、二人の男が居った。」と、じっと思い出すように目を遠くへ向けた。「そう、我が止めようとして…炎託がそれを阻止しようと先に扉へ飛び込み、その後二人の男も次々に飛び込んで行った。あのように急いでは、あれらが正確に行きたい時間に行けたのか疑問ぞ。我でも調整に時が掛かるもの…いったい、いつの時に行ったのか、我もこれから探さねばならぬ。そうして、あれらが何をどう干渉してこんなことになっておるのか、調べねばならぬのだ。」

維心が、言った。

「主らは、どうやってこれを気取った。」

碧黎は、肩をすくめた。

「天性の勘かの。あれらが飛び込んだ瞬間に、己の意識を持って行かれる心地がした。この意識が消えるのだと直感的に思うた。逃すのは簡単であるが、一人では出来ぬこともある。なので、十六夜に念を飛ばして維心を連れてこさせ、我は蒼を。維月を助けられなかったのが気がかりであるが、これを正せば戻って参るはず。」

維心は、真剣な顔で、頷いた。

「維月を助けねば。維月が、人として死ぬ世など…我を知りもせずに死ぬような世など、我には許せぬ!」

十六夜が、頷いた。

「まだ、オレも親父も全部見てないんだ。どこから変わってこうなったのか、調べる必要がある。」

碧黎は、手を上げた。すると、目の前に大きな鏡のような空間が開いた。淵は、ぼやけていてこちらとの境は曖昧な感じだ。

「これで、飛ばして見て参ろう。今の世のことは見た。少し遡る。維月が死ぬ事は分かっておるから、その辺りまで遡るか。何か変化があって、それが原因やもしれぬし。主らも物凄い速さで流すゆえ、よう見ておれ。」

三人は、頷いた。原因を探る…炎託か、後の二人か、分からないが、あちらで何かしたはずだ。よく見ておかねば、皆が戻って来れなくなる!

鏡の中では、物凄い速さで画像が流れ始めた。


維月が、少し年上…人で言うところの、50代手前ぐらいか。

それでも、月の加護があるとは大したもので、40歳ぐらいにしか見えなかった。有、蒼、涼、恒、遙が回りを囲んでいた。そして、人の頃の夫である、彰もそこに居た。

「もう、最期ね。」維月は、囁くような声で言った。「後は、お願い、蒼。あなたが、十六夜を一人にしないであげて。」

蒼は、涙ぐんで頷いた。

「任せて、母さん。オレ、結婚するよ。十六夜は一人にしない。これからも、ずっと。」

維月は、頷いた。

《十六夜…。》

維月は、念を放った。

《維月…維月…オレはお前無しでは…もう…。》

維月は、微笑んだ。

《愛してるわ。愛してるわ十六夜。私、最後までこんなにあなたを愛してる。幸せだったわ。あなたを愛して。》

《維月…。》

維月は、目を閉じた。

「ありが…とう…。さよなら。」

維月の気は、抜け去って行った。

「母さんー!!」

皆の声が叫ぶ。

《維月ー!!》

十六夜の絶叫が、5人に聞こえる。彰も、静かに涙を流した。

そうして、維月は旅立って行った。


蒼は、維月と約束した通りに結婚した。しかし、子供は普通の人で、十六夜の声を聞く事はなかった。

そうしている間に兄弟姉妹達は次々と寿命を迎えて旅立って行き、蒼は、たった独りになった。歴代の月の声を聞く人の中で一番力を持っているせいか、蒼は70歳になってもまだ生きていた。外見はやはり若く、50代でもおかしくはなかった。

そんな蒼は、自分が死んだら十六夜が一人きりになってしまうことを怖れ、古くから龍を奉る滝へと、一人で向かった。そこに、神が居る事を期待したのだ。

そこに、確かに龍は居た。

蒼には、その姿が見え、声を聞くことが出来た。

「…月の声を聞く男よ。我に頼みとは何か?」

大きく美しいその龍は、蒼にそう問うた。蒼は答えた。

「私が、月の声を聞く最後の人です。どうか、一人残される月を、導いてやってください。神を嫌ってはおりますが、神を知らねばなりません。月の力を使う方法を。私の寿命はもうすぐ尽きるでしょう。闇を倒す力を、一人でも使えるように。どうか、よろしくお願いいたします。」

蒼は、深々と頭を下げた。その龍は、見る間に驚くほど美しい人型になると、言った。

「承知した。我が導こう。我は、龍族の王、維心。月のこと、案ずるでない。」

そうして、蒼はそれからほどなくして、黄泉へと旅立った。

十六夜と維心は、そうして出逢った。

維月の死から、50年後のことだった。

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