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維心は、単身炎嘉の所から龍の宮へと飛んでいた。炎嘉と話したことで、頭の整理が出来た。維月は、自分を見捨てたわけではない。それに、碧黎のことを真実男として愛してしまったわけでもない。ならば、まだ間に合う。維月の側から、離れている場合ではなかった。

遅くなってしまったと、暗くなった空を急いでいると、十六夜の声がした。

「維心!お前、呑気に炎嘉と遊んでる場合じゃねぇのに!」

間近でいきなり声がしたので、維心はびっくりして振り返った。

すると、そこに十六夜が浮いて、必死の形相で居た。維心は、そこに浮いたまま言った。

「…その様子だと、主も聞いておったのか。」

十六夜は、眉を寄せた。

「何をだ?オレは今、維月から親父を好きになりそうかもとか聞いたばっかりでぇ!」

維心は、目を見開いた。

「何だと?!維月が、己の口で主に言うたのか?!」

十六夜は、頷いた。

「オレ達の間に、隠し事なんて無いんだよ。小さい頃から何でも話して来た仲なんだ。だが、今度のことはさすがに堪えた。一番恐れてたことだったからよ…。」

維心は、それを聞いた時の十六夜の気持ちが分かった。なので、同情するような目で十六夜を見た。

「十六夜…。」と、息をついて言った。「我は、居間へ帰ろうとした時に、碧黎と維月が話しておるのを聞いてしもうた。維月は、まだ分からぬようだった。碧黎は、驚いて本体へ帰ると言うた。それでも…戸惑っておるようだったがの。維月を手にしたいと、碧黎自身も思う気持ちがあるように、我には見えた。それでも、十六夜と約したと言って、それは口にしなかった。」

十六夜は、下を向いた。

「…親父は…約束は必ず守る。出来ない約束はしないんだ。昔からそうさ。まだオレ達が子供の頃から、絶対に約束したことは守った。あんな風にいい加減そうだけど、本当は律儀で真面目なんでぇ。」

維心は、頷いて強い調子で言った。

「十六夜、主は諦めるのではないであろうの。維月は、まだ碧黎を男として愛しておるのか分からぬような状態。もしかして違うのかと、気取った直後ぞ。まだ、間に合う。我は、炎嘉と話して参ったのだ。諦めぬぞ。我に気持ちを留める。主が諦めるというのなら、止めはせぬ。」

十六夜は、慌てて首を振った。

「諦めるはずないだろうが!だが、あの親父相手に…。ちょっと自信が無くなってただけでぇ。」

維心も、それには頷いた。

「我だってそうよ。敵わぬ相手。だが、それでも維月の心だけは渡せぬだろうが。長く愛して来たのだ。今までも、これからもずっと。だから、我は宮へ帰ろうと急いでおったのだ。」

十六夜は、頷いた。

「分かったよ。オレも、いつものように維月に話し掛けるよ。何より、維月はオレに話してくれたんだ。あいつの信頼は、まだオレにある。何も変わらない…だから、これを留めるように努力する。」

維心は、薄っすら微笑んだ。

「お互いに努めようぞ。ではの。早よう帰らねば。」

十六夜は、月を見上げた。

「オレも帰る。」と、光に戻った。《じゃあな。》

維心は、月へと戻って行く十六夜を見送ってから、また龍の宮へと急いだのだった。


龍の宮へ降り立つと、維月が慌てて出て来た。途中雨が降り出して、それを維心は気で避けながら飛んだのだが、いつもの雨とは違い、かなり強い雨で辟易した。なので、着物が幾らか濡れたのだが、それを気取ってタオルを手に駆け出して来たのだ。

「まあ、維心様…先ほどから急に降り出しましたの。面倒な雨のようなので、今夜はあちらへお泊りかと思うておりました。」

維月はそう言って、急いで維心の濡れた着物や髪を拭いた。維心は、そんな維月を見ながら、言った。

「何やら我でも抑えられぬ雨での。どうしたことか、これまでこのような雨が降ったことは無かったのに。…いや、一度あったか。蒼が、妃の桂が死んだ折、こんな雨を降らせたの。」

維月は、口に手を当てた。

「まさか…瑞姫のことで?」

維心は、首を振った。

「わからぬな。だが、しようのないことぞ。そのうち収まる。それより」と、タオルの影から維月の手を握った。「主はもう、休む支度を整えたのか?では、我は湯殿へ。まさか我が雨に濡れるなど、思いもせなんだゆえ。」

維月は、微笑む維心を顔を見て、ぽっと赤くなった。雨に濡れて、維心はいつも見慣れているはずなのに、大変に艶っぽい風情だったのだ。維心は、じっと維月を常より真剣に観察していて、何か知らないが維月が気に入る瞬間があったのだと瞬間的に感じ取り、スッと維月を引き寄せた。

「…どうした?このように雨になど濡れた我は嫌か。」

そんなはずはないことは、分かっていた。思った通り、維月はぶんぶんと慌てて首を振った。

「まあそのような…ただ、濡れていらしてもとてもお美しいと思うたのですわ。見慣れておる姿とは違っておったので…つい。」

そうか、いつもと違う姿を見ると良いのか。

維心は、心の中でそう思いながら、ふっと笑った。

「主は変わらぬの。そうやって、いつなり我の姿を褒める。我には己のことはよう分からぬが…しかし主が好むのなら、存分に見ておるが良い。」と、踵を返した。「湯殿へ参る。奥の間で待て。」

維心はそう言うと、さっさと歩き出した。維月は、その後ろ姿を見送りながら、堂々とした動きに見とれ、いつもより凛々しくおなりなような気がする、とドキドキする胸を押さえるのに苦労したのだった。


維心は、本当にいつもよりも凛々しかった。何かを決意し、そうしてそれに向かって戦う闘神は美しく凛々しいが、今の維心は正にそうだったのだ。侍女達さえも顔を赤らめて頭を下げる中、維心は維月の待つ奥の間へと足を踏み入れた。

「戻った。」

維心の声に、維月は寝台から降りて頭を下げた。

「お帰りなさいませ。お待ち申し上げておりました。」

維心は頷いて、維月を抱き寄せた。

「長く待たせたの。炎嘉とつい話し込んでしもうて。久しく会うておらなんだゆえ。」

維月は、首を振って維心を見上げた。

「いえ、そのようなこと、一向に…」

維月は、そこまで言って固まった。維心は、やはり物凄く美しい。凄みを増しているように思う。そして何より、何かの自信に満ちていた。

「どうした?」

維心は、微笑んで言う。維月は、慌ててまた首を振った。

「何も…。」

しかし、顔が赤い。維心は、常より念入りに手入れして来た効果が出ているのだろうと、維月を抱き締めて寝台へ入った。

「何やら、落ち着かぬの、維月。本日はどうした?我の留守に何かあったか。そういえば、碧黎が訪ねておったようだが。あれは何か言うておったのか。」

水を向けてみると、維月は少し、困ったように視線を動かした。きっと、自分に言うべきか否か迷っているのだろうと、維心はじっと待った。すると、維月は言った。

「…瑞姫の葬儀に、参列出来なかったので案じて来てくださったのですわ。いろいろお話しをして、お父様はお帰りになりました。しばらく本体へ戻っておるとおっしゃって。」

維月は、やはり維心には、自分の碧黎に対する気持ちの変化を話さなかった。十六夜には話すことを、自分には話さない事実に、維心は胸がちくりと痛んだ。前世でも今生でも、維月の信頼を十六夜ほどに獲得することは、自分には出来ないのか。

維心が黙ったので、維月は気遣わしげに維心を見上げた。

「維心様?」

維心は、首を振った。

「いや。本体とは異なこと。最近では、陽蘭が寝ておるので鬱陶しいとか申して、ついぞ本体へ戻っておらなんだのに。」

そのことか、と維月は下を向いたが、頷いただけだった。

「はい…。」

しばらく待ったが、維月は碧黎のことをそれ以上言わなかった。維心は、息をついた。己の思っていることを、話してくれないのは前世からよくあること。こんな時は維月は自分の反応の何かを案じていて、きっとそのせいで話してくれないのだ。信頼のある無しとかではないのだ、と維心は自分を鼓舞して、維月に唇を寄せた。

「さあ…今宵も共に過ごそうぞ。維月…愛している。」

いつものことなので、維月は維心の首に腕を回した。

「維心様…私も…。」

維心は、維月を抱きしめて口付けた。

そうして、その夜はいつも以上に丁寧に維月を愛したのだった。

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