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その心は?

維心は、維月が自分を想っている事実を他ならぬ碧黎から聞いて、嬉しくて龍の宮へ飛んで帰る間にも、維月に何度も頬を摺り寄せた。維月は、そんなことをバラされてとても恥ずかしかった。普段から、それは愛し合っているのはお互いに分かっていることだったが、それでも離れていてさえも、しかも父親にまでそんな風に気取られるほど、維心のことを想っているなんて、それを知られるなんて、とてもはしたないと思われるのではないかと案じたのだ。しかし、維心はただ喜んでいて、居間へ着いて、定位置の椅子へと腰掛けても、まだ維月を抱きしめていた。

「維月…碧黎とべったりだと聞いた時には、我はどれほどに案じたことか。だが、離れておっても主はそのように我を想うてくれておるのだの。忘れておらぬのだ。」

維月は、小さく頷いた。

「はい。あの…ですがそのように、何度もおっしゃらないでくださいませ。恥ずかしいではありませぬか。」

維心は、首を振った。

「何が恥ずかしいと申す。主は我の妃であるのだから、それで良い。」

維月は、頷いた。しかし、蒼のことも、炎託のことも気になった。十六夜がついているので、大丈夫だと思いたいが、それでも蒼は娘を、炎託は妻を失ったのだ。自分が維心を失った時のことを思うと、維月は胸が痛んだ。将維や明維、晃維、亮維を失っても、維斗や維明を失っても、きっと維月は立ち直れないほど苦しむだろう。自分でさえ、あれほどに悲しかったのだ。

維月が暗く沈んでいるので、維心は気遣わしげに維月を見た。

「維月…?まだ、瑞姫のことを悲しく思うておるか。」

維月は、頷いて維心を見上げた。

「はい。それは悲しいですわ。ですが、私のことよりも蒼や炎託殿ことの方が。蒼は、あれで私よりも世を悟っておるところがありまするが、お父様に逆らってまで瑞姫を助けようとした炎託殿は…。私が維心様を失ったことを思うと、それは苦しんでおるのではと案じられまするの。」

維心は、それを聞いて深刻な顔をした。

「…それを言われると、我とて主を失うなど考えたくもない。前世、あったよの。我は呆けてしもうて、政務も出来ず、正気ではなかった。炎託があれと同じ心持というのなら、我は深く同情する。」

維月は、頷いた。

「助けて差し上げられれば良いのですけれど。将維は友でありまするが、それでもこういうことには疎いので…どの程度支えてやれることか。」

維心は、ふっと息をついて頷いた。

「葬儀が終わった頃、また様子を見に参るか。我も少し、それまでの間に碧黎に言われたように炎嘉にでも会うて来るわ。今生はマシになっておるといわれておるが、それでも我はまだ、あまり付き合いというものが分からぬ。興味のない神には、本当に興味がないゆえ接することもないし…。」

維月は、苦笑した。確かに、根本的な性質は変わらないのだもの。

「炎嘉様も、お喜びになりまするでしょう。ここのところ、会っておられませぬもの。」

維心は、同じように苦笑した。

「最近訪ねて来ぬからの。前世でも我から訪ねるなどなかったから。あやつが押しかけて来るので、話もしたが、こう長く来ぬと話すこともない。時間を取って、行って参ることにする。」

維月は、頷いた。

「はい。ですが、葬儀も心が重いものになりますこと…。しばらく、月の宮も喪中になりまするわ。」

維心は、空を見上げた。

「皇女が崩御したのだ。我も正式に悔やみの言葉を送らせる。」

そうして、その夜は更けて行ったのだった。


葬儀は、仰々しいこともなく、内々でしめやかに執り行われた。

龍王が参列すると他の宮の全てが出てこなければならなくなるので、維心も維月も、その葬儀に参列することは出来なかった。維月は、こんな時に龍王妃という地位の重さを感じ取る。宮を背負っている、その責任を実感するのだ。

それでも、最後の時には立ち会えた。維心が居たことで、黄泉への暗い道を歩かずにも済んだ。瑤姫が迎えに来ていたことで、二人で幸せに黄泉に入ったのもしっかりと確認することが出来たのだ。

維月は、葬儀には参列できなかったが、そのことを胸に、瑞姫を偲んだ。

碧黎は、葬儀というものに重きを置いていなかった。亡骸の側で故人を偲ぶ、言わばあれは遺された者のための儀式であるというのが、碧黎の考え方だった。本人は、確かにもう黄泉へと旅立っていて葬儀の様子など知らないだろう。自分も維心も十六夜も、死んだ後あちらからこちらを振り返る暇もなかった。最初、あの場へ慣れねばとそればかりで、やっと現世を振り返った時には、もう葬儀などとっくに終わっていたからだ。

なので、碧黎は維月を気にして、そっと様子を見に来てくれた。維心は、政務が通常通りあるので不在であった。維月は、努めて元気であるようにたくさん話して平気なように振舞ったが、碧黎にはその空元気が分かるようで、息をついてこちらの話しに付き合ってくれた。そんな碧黎に、維月はとても安心した…確かに父であるのに、その安心感とは、最近では違って来ているように思える。碧黎の、こちらに何も求めないその癒されるような温かい愛情は、維月の心にじわじわと浸透して行くようだった。碧黎を見ていると、心の底から嬉しいと思い、そして側に行きたいと思えた。子供の頃からと、明らかに違った感覚だった。

維月が、自分の気持ちの変化に戸惑っていると、碧黎はそれに気付いて言った。

「維月?何か我に言いたいことがあるか。」

維月は、ハッと碧黎を見上げた。お父様には、何でも分かってしまう…。

「…はい。お父様…私、最近変だと思うのですわ。」

碧黎は、眉を上げた。

「変?確かに主は、子供の頃から他とは違っておったがの。」

維月は、首を振った。

「そうではありませぬの。お父様…お母様のことは、どうお思いですか?」

碧黎は、何のことか分からないままに答えた。

「母か。あれは眠っておるし、今は意識の端に上ることもないの。だが、まあ同じ本体を共有する命といったところか。」

維月は、じっと碧黎を見た。

「ですが、前世あのようにわだかまりを解消なさって、仲睦まじげになさっておられたでしょう。愛しておられるのでは?」

碧黎は、考え込むような顔をした。

「うむ…あの時は、お互いにお互いを許したし、一人でなくなったことに舞い上がっておったのやもな。だがしかし、あれが愛情であったかというと、我にも未だ判断が付かぬのだ。遥か昔、我らはたった二人であった。お互いを唯一の存在として大切にも思うておったであろう。だが、離れて千数百年、長すぎたのやもな。結局は、陽蘭は我のほかに何人の男を愛した。人の男は愛しておったのではないやもしれぬが、しかし箔炎は愛しておったであろう。ゆえに、あれが死んだ後未だ眠って出て来ぬのだから。それに対して何の感情も湧かぬ我は、あれを愛しておるのだと言える立場ではあるまい。あれも昔言うたように、我らは選んで片割れとなったのではないからの。」

維月は、それを聞いて口を押さえた。今まで、いくら碧黎が自分にくっついていても、それは母の次だと思っていた。だが、そうではないと。

「お父様…では、今は?」

碧黎は、頷いた。

「我は主を大切に思うておる。なので、こうして会いに参るのだ。」

維月は、赤くなった。どうしたのか、嬉しいような気がする。だが、父親が母親を想っていないと聞いて、それはおかしいのに。

「お父様…。」

維月が、赤い顔をして下を向いたので、碧黎はそれを覗き込んだ。

「どうしたのだ?主らしゅうないの。顔が赤い。また十六夜か維心でも思い出したのか。」

維月は、首を振った。

「いいえ。あの…だから、私は変なのですわ。」

碧黎は、驚いたような顔をした。

「変とは…感じ方か?いったい、何の?」

維月は、言いにくそうにした。だが、碧黎はじっと待っている。なので、仕方なく口を開いた。

「お父様がお母様を想うておらぬとおっしゃったのに、なぜだか嬉しく感じたのですわ。今まで、何をおっしゃってもやはりお母様が一番で、次に私が居るのだと思うておりましたので。」

碧黎は、それを聞いて絶句した。嬉しいと?それは…いくらなんでも、自分にも分かる。

「…主、我を父とは別のものとして愛しておるか?」

維月は、びっくりしてもっと赤くなった。それを見た碧黎は、身を強張らせた。

「維月…」そして、しばらく黙ってから、先を続けた。「…ならぬ。我は主を愛していると、言わぬと十六夜と約した。主のことはあくまで娘として、そして主からは我を父として、そうして想い合うので良いと我は十六夜に約したのだ。なぜなら、我は主と身を繋ぐ必要を感じぬから…。ただ、主が幸福で、そうして癒しの気を発しておるのを、感じる事さえ出来ればと。なのに、主が我を愛してしもうたら…。」

約したことを違えることになる。

碧黎は、心の中で思った。十六夜と維心から、維月を取り上げるつもりなどない。だかしかし、維月が自分を望むなら、きっと地の宮へと連れ帰り、側に置いて離さぬだろう。

しかし、それは今の碧黎には出来なかった。

維月は、下を向いた。

「はい。分かっておりまする。私にも、よく分からぬのです。ですがお父様は、私に何も求めないでいてくださる。それなのに、私が呼べばすぐに来て、助けてくださる…私が誰を愛して誰の側に居ても、責めたりしないでただ、私の幸福を祈ってそれを喜んでくださる。その無償の愛情が、私には心に沁みるのです。気が付けば…どこか深い所で常、想うておるような。そんな気持ちになってしまっておりました。」

碧黎は、視線を落とした。

「…我が悪い。」碧黎は、立ち上がった。「主にあまりに干渉し過ぎた。普通の父は、こうではあるまい。主が悪いのではない。案ずるでない。しばらくは、父は本体に戻っておろうぞ。」

碧黎は、窓辺へ足を向けた。維月はそれを追った。

「お父様…そこまでなさらなくとも。」

碧黎は、振り返った。そして、いきなり維月を抱き寄せた。

「…我が堪えられぬのよ。主を連れ去りとうなる。それは本意ではない。」

そして盗むように維月に口付けると、碧黎はそこから消えて行った。

立ちすくむ維月には、それをうかがう維心の気配に気付くことは出来なかった。

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