鎌地家の朝。
多少同性愛表現があるので苦手な人は気を付けてください。
家に帰ると、さっきまでの非日常が嘘みたくなる。ただ、家族全員寝静まった家はいつもうるさいだけあって少し寂しい感じのする。
俺はリビングのソファーに座り、誰かがおきるまで携帯をいじっていた。
しばらくして、半分目をつむったままの弟がゆらゆらと歩いてきた。
「おはよう兄ちゃん・・・」
二つ下の弟、葵は頼りない足取りのまま俺の座った。放っておいたらそのまま寝てしまいそうな勢いだ。
「こんな暗い部屋の中携帯やってたの?不健康だなぁ・・・」
「ほっとけ」
葵は母のような事をいいながらおおきなあくびをした。
「ふわぁあ。そんな早くから起きるぐらいだったら朝飯ぐらい作っといてよ」
「いいのか?俺が作って。俺は調理実習で体調不良者を大量発生させた程度の料理の腕だぜ」
「あー・・・」
「俺にかかれば目玉焼きはボンドの味。ウィンナーは絵の具の味。スクランブルエッグは粘土の味になるぜ」
「ホントなんでだろうね。変なものいれてないはずなのに、兄ちゃんが作ると手軽に小学校の図工の味が味わえるの。不思議でしょうがないんだけど」
「キャハハお兄の料理の腕はもう才能だよねアハハハッ」
いつのまにやら、後ろに妹の茜が立っていた。何がそんなに面白いのやら朝からハイテンションだ。
茜と葵は双子なだけあって顔立ちはそっくりだ。そっくり、というよりも同じと言ってもいいほどだ。見た目だけで見分ける方法は髪型と声と茜のおてんばを象徴する傷だけだ。
ただし、性格はあまり似ていない。
「何を言う。お前の料理の腕も俺に負けてないぞ」
「目玉焼きは土の味!ウィンナーも土の味!スクランブルエッグも土の味だよ!!」
「何作っても土の味になるのも相当すごいよな」
「二人の料理食べてるとすごく心が不安定になってくるんだよね・・・」
「というわけだから!葵君!頼んだよ!」
「ったく・・・しょうがないなぁ」
そういいながら葵は気だるげにキッチンへ歩いて行った。
「アイツ、ホントすごいよな。」
「だって目玉焼きは目玉焼きの味、ウィンナーはウィンナーの味、スクランブルエッグはスクランブルエッグの味がするもんね!」
「そうならない方がすごい事なんだよ!」
葵特性のまともな朝飯ができあがり、俺達は三人だともてあます大きさの机についた。
「それにしても起きるタイミングまで一緒なんて本当に仲良いな」
俺がパンをほおばりながら言うと、二人は顔を見合わせて自慢げに答えてきた。
「そりゃあね」
「生まれてくるタイミングも一緒なら起きるタイミングも一緒だよっ」
どこの家さがしても、そんなロマンチックな表現を自分たちに使う双子はお前らだけだよ。心の中でつっこむ。この二人のせいで双子ってどこの家も仲よしなんだと思ってた。こいつらの仲良しさは半端ないぞ。この年で二人で映画見に行ったり遊園地行ったりしてるんだぜ?
「葵君。どうやらお兄は私達の仲良しさに嫉妬してるようだよ(笑)」
「あはは。兄ちゃんも今度一緒に出掛ける?」
ニヤニヤと弱みを握ったとばかりに同じ顔で笑う。
「い、いい年して兄妹三人でかよ・・・」
「あ、いやならいいよ。」
「別に行きたくないとは・・・」
「葵君明後日暇だったらショッピングつきあってよ」
「あぁ、明後日なら丁度暇だし・・・」
「あーごめん明後日デートだ」
デ、デートか。うん。それは仕方ないな。うん。心の中でそう唱えて、心を落ち着かせた。落ち着かせたっていうか?別に浮かれてたわけじゃないけどな!
「デート?お熱いねー月何回デート行っての!?」
「今月はそれで三回目かな」
さらりとすごい数字をだしてきた葵にさすがの茜も驚いた。もちろん俺も驚いた。
「ほぼ毎週かよ・・・」
「えー・・・」
「が、学校違うんだしそれぐらいいいだろ!?」
顔が恋する乙女のようになった。この手の話題は苦手らしく、落ち着いた葵にしては珍しい。っていうか、普通の男はこんな顔しない。
「まぁ、バカップルな話は置いといて、ねぇお兄!あのアナウンサーのお姉さんかわいくない?ヤバくない?」
話題の方向を百八十度かえて、興奮気味に茜が話し出した。男の葵じゃなく女の茜が。
「わーっスタイルいいなぁ!」とか騒いでるが、たぶん普通の女子高生の持つ「私もこうなりたい!」的な憧れとは全く違う方向の感情なのがわかる。
「何て言うのかな?ただ清楚なんじゃなくて、こう、純粋すぎないっていうかある程度遊んでそう感じがいいよね、みずみずしくて。」
片手でコーヒー牛乳を飲みながらもう片方の手をわきわきと動かす。朝から何をもんでいるつもりなんだお前は。
「俺、あの筋肉好き」
ちょうどニュースがスポーツニュースに変わったところだった。今度は葵がそうつぶやいく。
「あー葵君好きそう」
「うん好き好きめっちゃ好み」
葵が見ている画面は何度見直しても筋肉質な男だ。
「こういうインテリみたいな顔してよい筋肉みたいな男すきなんだよ。ね、兄ちゃん」
「何故俺にふった、」
「兄ちゃんもねぇ・・・おしいなぁ外見はいいんだけど野蛮人はなぁ勘弁だなぁ」
「余計なお世話だ。お前恋人いるだろうが」
「いるけどさ、いるけどさ!あいつもすごくいい男なんだけどさ!そういうのとは別に・・・鑑賞用と実用用みたいな?」
「最悪じゃねぇか」
ここまで聞けばわかると思うが。俺の周りの変態は吉高だけではない。
いや、別に変態なわけではない。恋愛対象がちょっと他の人と変わっているだけだ。
二人は生粋の同性愛者だ。
恐らく生まれた時に、顔が似すぎて心を間違えたんじゃないかと思ってる。
「葵君の今の彼氏だってめっちゃ葵君好みだしね!よくそんな好みの人捕まえられたね」
「いやぁ茜ちゃんの審美眼には負けるよー俺のクラスの男子から師匠って呼ばれてるよ?」
二人は口ではこう言っているが、おそらくお互い異性に興味ないので、審美眼云々は本当に口先だけなのだろう。
「そんな健気にかわいい子を見つめるだけの私に対して、葵君ってば本当にしたたかだよねぇ」
「狡猾さは恋愛にはかかせないから」
お前は一体恋愛の何なんだ。
「葵君の相手、葵君の性別知らないからね」
そこで茜はさらりととんでもない事を言い放った。
「はぁ!!?」
俺の声に合わさるように食卓がゆれた。葵は気まずそうに目を反らす。
「あれ、お兄に言ってなかったの?」
「だって兄ちゃんうるさいじゃん・・・」
「そりゃ弟が男だましてると聞いて黙ってるわけねぇだろ!」
俺が本当の事を言うまで折れないつもりでいたのを察したのか葵はめんどくさそうに話し始めた。
「はいはい。俺、彼氏と会う時はいつも茜ちゃんの服かりて女装してるんだよ。声がでない女の子っていう設定で。さすがに、声をだしたらバレるからね。」
「相手はノンケとか言わないよな?」
「同性愛者がそこら辺にごろごろしてるのはBL小説の中だけだよ。」
自分の弟妹が同性愛者なのは知っていたが、弟がノンケの男たぶらかしてるなんて全く知らなかった。
「葵君、彼と付き合う前から服の貸し合いしてたもんねー!」
女装癖まであったのかよ!
「手遅れか・・・」
「手遅れなんかじゃなーい!」
むきーっと葵が反論する。
「俺と彼の話聞く!?少女漫画も真っ青なくらいピュアッピュアッでラブッラブッな純愛物語だよ!」
「性別詐欺して、なにがピュアッピュアッだよ・・・」
俺は牛乳を飲みほし、立ち上がった。
弟新たな知りたくな一面を知ってしまった朝食の後、学校に行く準備を進めているとチャイムの音が家全体に鳴った。
とりあえず、一番玄関の近くに俺がいたので、ドアをあけた。そこには、おどおどとした様子のいかにも気が弱そうな少女、鈴鹿柚が立っていた。
「よう鈴鹿」
鈴鹿は上目づかいで俺を見上げてから小さく会釈してから控えめに尋ねた。
「おはようございます。あの、えっと、茜ちゃんいますか?」
彼女は茜の友人であり、ウチとは隣人でもある。地毛の薄茶の髪に人より少し白い肌のハーフのような外見をしている。
「あぁ、今呼んでくるよ」
俺はそう言ってから、もう一度鈴鹿の顔を見た。ハテナマークを出してゆっくり首を傾げた。
よくみると、顔色は白、というよりも青白いのかもしれない。先月から、かなりやせた気もする。
「あっ柚ちゃんだー!」
すると、俺が呼ぶ前に雷のような足音と供に長い髪をツインテールに結ってきた茜がスキップのような歩き方で玄関までやってきた。
「おはようございます」
旧知の仲であり、同い年の茜に対しても敬語なのは、本人曰く癖らしい。
あんなにうるさい妹とおとなしい鈴鹿だったからこそ、バランスがいいのかもいいのかもしれない
「おっはよー!!柚ちゃんは今日もかわいいねっっ!!!」
靴を履いて弾むように鈴鹿の隣にきた。
「そ、そんな事ないですよ!茜ちゃんだってかわいいです!」
鈴鹿はそういってはにかむ。あ、こいつはレズビアンじゃないからな。善意で言っているだけだ。
「もー本当柚ちゃんはいい子だね!かわいいかわいい!!」
そう言いながら鈴鹿の色素の薄い髪を撫でくりまわした。茜に会うまでは、疲れた表情でぴくりとも表情が動かなかった鈴鹿が幸せそうに笑っている。
「じゃ、行ってきまーす!!」
茜は大きく手を振って家を後にした。鈴鹿はぺこりと会釈をしてから二人仲良く家を出てった。朝からお熱い事だな。
「あ、茜ちゃん行っちゃったのー?」
今度は葵が上から下りてきた。ちゃんと学ランだ。セーラー服じゃなくてちょっと安心したぞ。
「今さっきだ。」
「俺もそろそろ行くかなー」
「おぉ、行けさっさと行け。」
変な沈黙がおきた。
「鈴鹿大丈夫そうだった?先月、お母さん自殺してから一か月たつけど・」
葵の言う通り、鈴鹿の母はビルから飛びおりて自殺をした。理由はわからない。シングルマザーだったため過労死だったという線が一番強いが、明確な理由もなく死なれてたまったもんじゃないのは鈴鹿の方だ。あの通り鈴鹿は気弱で、母への依存心もかなり強かったように思えるので、鈴鹿の調子は毎日気にしている。
「あぁ。表情は疲れてるが、茜がいるから大丈夫だろ。」
「そうだね。よかった!」
また、妙な沈黙がおきた。
「なぁ葵」
「何?」
「・・・今度、その、彼氏、紹介しろよ」
「・・・」
葵は俺をきょとんとした顔で見つめた。
それから「また今度ね」と小さく笑って、家を出ていった。
確かに、アイツなら女装しても似合うんじゃないかとちょっとだけ思った。