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カナメノカナメ  作者: 花街ナズナ
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カナメノカナメ (6)

まるで誘うような初代の身振りと口振りに、巳咲のほうはかえってすっきりとした気分で剣を構え、分かりやすく臨戦態勢を取りながら言葉を返す。


それが、完全なる勘違いだと気づくまで。


「なるほどね……だとすりゃ、アタシも嫌いじゃない展開だ。つまり『欲しけりゃ力で奪え』ってことかい……」

『違います。思いっきり』

「……え、あれ? な、じゃ……じゃあこんなもん渡してどういう……」

『別に物騒なことをさせるために渡したわけじゃ……いえ、まあ物騒は物騒かも……』

「だから……そのいちいちフワッとした言い方、なんとかなんねえのかよ……」


せっかく整えた緊張感も萎える初代の調子へ悪態をつく巳咲だったが、同時に力尽くでないとしたら、初代は自分に何をさせようとしているのかと、軽い戸惑いも覚えた。


が、すぐに初代はそのことに関する説明を開始する。

少なくとも、巳咲を慮ってではなく。


『まあ、私に剣を向けるという道を選ぶのも貴女の自由ではありますが、とてもお勧めはできません。勝つことが始めから不可能と分かっているうえ、あまりにも無意味だからです』

「……無意味?」

『有り得ないことですから説明する必要も無いんですが、とりあえず参考までに話しておきましょう。もし、ほんとにもしですけど、貴女が私に勝てたとしてもそれは私と要、双方の死を意味します。要を助けたいと思っている貴女の目的からは外れてしまう』

「……」

『しかも私を倒せばヤライとサバキはまた自由の身。ヤライとサバキ以外、誰も得をしない道だということです』


静かに言われ、実際冷静に考えるとそれはそうだと巳咲も納得せざるを得なかった。


そして、その考え込んだ巳咲の様子を見ると、初代は何かの商品案内にも似た調子で再び話を進める。


『ただし選ぶ権利があるのに変わりはありません。もし、どうしてもというなら考慮するのは貴女の自由ですよ。けど、私的にはその他の道をお勧めします。例えばお勧めコース1』


言うや、初代は巳咲の背後にいる千華代と栖を順に指さした。


『操られていたとはいえ、ヤライによって現在の歪んだ八頼と守護三家を形成した罪を裁く意味と、今後の貴女や巳月さんの立場を安んじるため、憂いを断つため、千華代さんを斬るという道。こうすれば晴れて火伏の家は絶え、狗牙と犬神の二家だけが残る。これなら先々、実力で勝る巳月さんを擁している狗牙の家格が犬神と対等、もしくは上になる未来もあります。ちなみにオプション・プランとして栖さんも斬り、狗牙一家のみを残すというさっぱりした道もありますが、千華代さんとは違って幼馴染の栖さんを斬るのは実際、抵抗があると思いますので、これも慎重に考えて選ぶべき道でしょうね』

「なんか……思ってたより、胸クソの悪ぃ道ばっかだな……」

『この程度でそんな風に思っていたんでは、他の道はさらに酷ですよ? 例としてお勧めコース2。巳月……お姉さんを斬る道です』

「!」

『そう怒らないでください。これは選べる道の中にはそんなのもあるよと言っているだけで、そうしろと言ってるわけじゃありません。で、この道のメリットはとにかく騒ぎを最小限に抑えられる点です。すでに巳月さんの中にサバキがいないのは知っての通りですが、それでも都合の良い話を作るために犠牲が必要になるのも事実。ここで巳月さんを斬れば、貴女がサバキを倒したという作り話に信憑性を持たせられる。そうなれば事実を知らない人々は貴女を英雄扱いするでしょう。家格の変化までは無いでしょうが、狗牙の立場が今までよりマシになるのは確実です。まあ実のお姉さんを斬らねばならないことと、しかも貴女の実力で巳月さんは斬れないだろうというデメリット……というより、問題点はありますが……』

「問題どころじゃねえだろ! 人のことバカにしてんのかテメェッ!」


一方的に話を続ける初代のペースに気圧され、声を出すタイミングを見つけられずにいた巳咲も、さしものこの提案には直情的に怒鳴り声を挟み込んだ。


当たり前である。


始めは栖を斬れと持ちかけられ、次は実の姉。

常識的な感覚を持っているなら激昂して当然だろう。


しかし初代はあくまでペースを崩さない。


『繰り返しますけど、私が言ってるのは単にそういう道があるという話です。選ぶ選ばないは貴女の自由。決定権は貴女自身にある。これ以上、感情的になられて話の腰を折られても困るので、この部分は強調しておきますよ』

「……に、したって必要なのか? そんな不愉快なだけの話が……」

『そりゃあ私にだって貴女が「これは選ばないだろうなあ」くらいの察しはつきます。でも、重要なのはどういう道があるかを正確に知っておいてもらうことです。まず選ばないと分かっていても、後になって「そんな道があると知ってたら……」なんてなられたら困りますので』

「……」

『安心してください。恐らくもうこれで貴女が言うところの「胸クソ悪い」提案は終了です。というわけで最後のお勧めコースをご紹介しましょう』


そう言って、初代はまた指をさした。


ただ、今回は横。自身の横。

先ほど手品のように現した人の形をした炎を指し示す。


「なんだ……それが、どうかしたのか?」

『何故、私が大神の説明をする際にわざわざこんなものを出したか、不思議に思っていたかもしれませんね。確かに説明は図解入りのほうが分かりやすい。けどこんな大層なものを出す必要があるほど難解な説明だったか、と。実を言うとこれは説明の補助が目的で出したのではなく、貴女の選べる道のひとつを示すため出したものなんです』

「……?」

『平たく言ってしまうと、これは具象化した私の眷属である大神の存在観念。総合した意味での大神そのものだと思ってください』

「悪い……アタシにゃあ全然その言い方は平たくない……」


巳咲は油断をすると知恵熱で頭から湯気でも出そうな気分を堪え、答えた。


対し、初代の反応はひどく落ち着いている。


わざとというわけでもないらしいが、どうやらこの巳咲の反応は想定内であったのだろう。


表面上の調子はまったく変えることなく、言葉を変えて話を続行する。


『そうですね……面倒なので大雑把にどうしたらどうなるかだけ言いますと、これを斬ると火伏、犬神、狗牙の人間に流れている大神の血が失われます。大神の存在、力、影響を完全に消し去ることが出来る。そんなところでしょうか』

「……それって、何かメリットあるのか?」

『ヤライとサバキが私の中にある今、三家に残された力はもう大神の血によるものだけです。後の処理は私だけで十分ですし、三家が存続しなければいけない理由も私が不死になったおかげで無くなりました。ここで思い切って大神の血も断ち、皆さん普通の女の子に戻るという道も悪くはないんじゃないかと考えたわけです』

「普通の……生活ね……」

『そう、皆さんが皆さん平等に無力になれば、それはそれで平和になるかもしれません。先々にまた何が起こるか分からないからなんていって、中途半端に力を持ってると逆に危険かもってことですよ』


お世辞にも利口でない巳咲も、この論には一応納得した。


ヤライもサバキも、乱暴に考えれば初代や大神も、つまりは力があるから厄介なのであって、力さえなければ無害なのは分かり切っている。


そういう点では、こうした考え方も間違っていない。


仮にこの道を選んだとしたなら、初代は勝手にどこかへ消え、残され力を失った八頼と守護三家は自然に消滅してゆくだろう。


それもいいかもしれない。敵と呼べるものがもはやいなくなった今となっては。


だが、


「言う通りだな……確かに、テメェの言ってることは正しいと思えるよ。バカなアタシでもそのくらいは分かる。けど……」

『何です?』

「いろいろとお勧めしてくれたのはありがてえとは思うが、アタシは他の道を切り開かせてもらう」


答え終えると、巳咲はひとつ覚悟を決めるように大きく深く深呼吸をし、手にしていた剣を構え直す。


初代はそんな巳咲の様子を何もせず見つめていたが、その次の瞬間、


巳咲は、


素早く握った剣を逆手に持ち替えるや、微塵の躊躇も無く自分自身の心臓へ目掛けて思い切り突き立てた。


途端、刺し傷の隙間から流れ出る血を見つめつつ、何か理解した風で初代は小さくうなずきながら声を漏らす。


『そう来ましたか……まあ確かに自殺もひとつの道ではありますね。でも、貴女ほどの人がまさかそんな月並みな逃げ道を選ぶとは思いも……』


言い止し、初代の言葉が途切れる。


読み取った巳咲の思考に、自分の予測を裏切られて。


同時、


心臓を貫いているにも関わらず、苦悶の表情ひとつ浮かべることなく平然と、巳咲は背後の巳月へ問いかけた。


「姉貴……確か言ってたよな……この八握剣は他の十種神宝とは比較にもならねぇほどの代物だって……ありゃ、マジか?」


すると、

巳月は満面の笑みを湛え、返答する。


「ワタシが巳咲チャンにウソなんてつくわけないじゃなあい♪」

「……どの口で言ってやがんだか……」

「ま、それはそれとしても巳咲チャン、ほんと無茶するわねえ……失敗してたら確実に死んでたわよ? よくそこまでするもんだと感心しちゃうわあ……」

「……アタシはバカだからな……無理とか、無茶とか、不可能とか……そう言われると余計に諦めたくなくなっちまうんだよ」


そう話す巳咲の背中を見つつ、巳月はなおも強い笑いに口元を歪めた。


八握剣は背中を貫通していないのを確認しながら。

巳咲の手は今も己が胸に剣を押し込み続けている。


なのに、どれほど深く剣が突き刺さり、肉の中を進もうと、その切っ先は背中から現れない。


すでにこの時点で、初代も千華代も栖も巳月も、巳咲が何をしたのかを理解していた。


剣は突き刺したのではない。

剣を自分に取り込んでいるのだ。


それを知り、初代はぽつりとこぼす。


『そういうことですか……油断とは違いますが、どうやら私は貴女の我の強さを甘く見ていたようです……』

「そんな上等なもんじゃねえよ。もう我慢する気がなくなっただけだ。イヤなことをイヤだって言えずに、抵抗せずに済ますのがさ」

『意思を伴う極めて純粋な欲望の為せる業……なのでしょう、ね……』

「難しいことは分からねえって言ってんだろ? 今のアタシはとにかく、ただ……」


そこで言葉を一旦切り、巳咲は左手を伸ばして初代の横に立つ大神の具象へ触れ、


「欲張るだけだっ!」


言った刹那、それもまた巳咲の中に取り込まれてゆく。


竜巻に吸い上げられる炎の如く、巳咲の左手へと。


その現象を見終えたところで、背後から巳月が叫んだ。


「やりなさい巳咲チャン! どうせワガママ通すんなら、とことんやっちゃいなさいなっ!」

「応っ!」


振臂一呼、答えつつ巳咲は変わって右手を正面の初代へと伸ばす。


戦うために振るう手ではない。

攻めるために振るう手ではない。


力は抜け、五指は開き、柔らかく開いた手のひら。それで、


ただ触れる。


初代の……要の……その頬へ。


瞬刻、


漆黒の闇に包まれていた世界は反転し、


眩く、眼を開くことすらできない強烈な光明がすべてを巻き込んで広がり、

一瞬と一瞬の狭間よりも早く、五人の姿を純白の光へ満たされた世界に掻き消した。

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